完全に黒(ディーン視点)
アンジェとブロードはまだ挨拶が残っているので、客人をフェリシアに紹介してもらってこいということになった。確かにフェリシアはしっかりしているが、この夫婦はフェリシアに頼りすぎではないのか。いや、四侯の跡継ぎなどそんなものか。誰もが幼いころから当主としての役割を果たすよう求められている。
「フェリシア」
スタンがこちらに気が付いていないフェリシアに声をかける。
「まあ。ようこそいらっしゃいました。スタンおじさま。ディーンおじさま」
「珍しい客人がいるというので、出向いてきたよ」
「そうなんです」
そう言ったフェリシアは微笑んではいたが、目は笑ってはいなかった。緊張しているのだろうか。フェリシアとはお互い名前を呼ぶ機会もなかったが、リアがきっかけでこうして名前を呼び合う関係になっている。そして、隣にいた金色の髪の若者を紹介してくれた。
「サイラス・イースター殿下です。こちらはスタン・リスバーン様とディーン・オールバンス様」
「こちらが四侯のお二方ですね。私のことはサイラスと呼んでください」
そう静かな声であいさつをする若者は、ごく普通の貴族の若者に見えた。いや、普通過ぎる。たいていの若者は、四侯と聞けば多少は怯むもの。あるいは好奇心が強く前に出ることもある。しかし目の前のその若者にはそれがない。
「私のことはスタンと。サイラス殿下」
「私もディーンと」
その時初めて正面から目が合った。王子の切れ長の目がほんの少しだけ見開き、口の端もほんの少し上がった。まるでなにかいいものでも見つけたかのように。私が金色の目を確認したように、王子も私の淡紫の目を確認したらしい。
「淡紫の目。久しぶりに見ました。ああ、唐突に失礼しました。お聞き及びかどうか、ディーン殿のご子息とお嬢様にはウェスターでお会いしたことがあるのです。もちろん、スタン殿のご子息ともですが」
ルークとリアの話によると、どちらとも気持ちのいい出会いではなかったはずだが、このさわやかな言いようは何だろう。あらかじめ話を聞いていなかったら、よほどいい出会いだったと思っていたところだ。
「子どもたちからは、幼子とはいえ、娘が失礼な態度であったと聞いております。寛大な対応に感謝いたします」
「いえ、そんな。何か機嫌を損ねられていたご様子でしたが。その強い意志と行動力には、ただ感銘を受けるばかりでした」
形ばかりの私の謝罪に、第三王子は何とでも解釈できそうな返事をした。そしてふと何かを思い出したかのように左肘を曲げ、何かをつかむような仕草をした。
「またお会いしたいものです。今度こそしっかりと、いえ、今度こそゆっくり、話をしてみたい」
「ルークは私が言うのもなんだが大人びた子ですからな。次の世代どうし、話が合うこともあるかもしれませんな」
おそらく王子の言っている相手はリアのことだろう。しかし、私はあえてルークへと話を振った。
「ルーク殿。そうですね、フェリシア殿ともお会いできたし、ギルバート殿ともリア殿とも、四侯の方々とはいずれはまたお会いしたいものです」
やはり今度こそと言ったのはリアのことだったか。
私は思わず王子から目をそらして、パーティーに集まった人々のほうを眺めた。そうでもなければ何か余計なことを言ってしまいそうだった。
この男は、黒だ。
悪人ともまた違う。話をしていても受け答えが微妙にすれ違っている感じ、同じ地平に立って話が出来ていない感じがして、気持ちが悪い。
そんななか、一服の清涼剤のような声が聞こえた。
「サイラスさま、リアがしつれいだったって、なんのこと?」
「クリス! 話に割り込んではいけません!」
フェリシアが慌ててクリスを止めている。
「失礼だったということはないよ。リア殿は今でもぬいぐるみを持って歩いているだろうか」
「ラグりゅうのぬいぐるみね! いつもではないけれど、たいせつそうにもってあるいているわよ」
「そうか。あのぬいぐるみを足にぶつけられたのだよ」
「まあ! リアがそんなことをするなんて」
クリスは驚いたように王子を見上げた。
「サイラスさま、リアになにかいじわるをしたのではなくて?」
「それは」
あまりにも意外なことを聞かれたのであろう、王子が返答に詰まっている。
意地悪をしたのではない、手荒な方法でさらおうとしただけですよとは言えまい、と、私は心の中で皮肉を言うにとどめた。そしてクリスに対する評価を一段上げた。
リアは機嫌を損ねたからといってぬいぐるみを意味もなくぶつけるような子ではない。それをわかっているクリスはさすがリアの友だちでいるだけのことはある。
その後、ハリーとブランという、聡明そうな子どもたちとも軽く会話を交わし、第三王子とも当たり障りのない会話をし、無事パーティーは終わった。
「無事終わったと思うのかよお前は、ディーン」
「それは」
今回は第三王子の見極め、それは無事済んだはずだが。いや、たとえ第三王子が警戒すべき人物ではないとしても、少なくとも今王都にはリアとルークはいない、それなら心配することもないはずだ。
「ルークとリアだけが無事ならそれでいいという問題ではないぞ。クリスの見合いも大事にならずに済んだとしか思っていないとしたら、ディーン、お前本当に」
スタンは私を見て、ため息をついた。
「フェリシアだ」
「フェリシア」
何のことだ。
「やっぱりか。第三王子に集中しすぎて、フェリシアの様子がおかしかったのに気が付かなかったんだろう。いつもまじめな子だが、とても緊張した様子だった。できるだけ第三王子から距離を取りたいと、なるべく親しくするまいとしていただろう」
「気が付かなかった」
私は愕然とした。
「アンジェか、ブロードか。今回のことを計画したのはどっちだ。おい、ディーン。今回の見合いは、クリスと見せかけてフェリシアと第三王子だぞ」
「まさか。フェリシアは四侯の次代だぞ」
スタンは右手でいらいらと前髪をかきあげた。
「そうだ。だからキングダムからは出られないはずなんだ。いったい何を考えている。イースターも、レミントンも」
そしてそれにリアがどう関係するのだ。どうやら無事に終わったではすみそうになかった。
次回からリアに戻ります!