どの口が言うのか
「すごいいきおいでらぐりゅうがくる。もしやとうぞくか」
ニコは後ろを振り返ると、少しわくわくしたようにそう言った。なぜわくわくしているのだ。
「ちがいましゅ。にいしゃまたちをみて」
ラグ竜を含め、誰もかれもが落ち着いている。
「ふむ。とうぞくではなかったか」
「とうぞくこわいでしゅよ……」
かわいそうなのは盗賊扱いされたニコの叔父上だが、私はそれを教えてあげるほど親切ではなかった。心なしかさらにゆっくりになった私達一行のもとに、土ぼこりと共にラグ竜の一団が駆け込んできた。
「キーエ」
ミニーは小さく鳴くと足を止め、それに合わせて他のラグ竜も皆止まった。
「ニコ!」
「おじうえ?」
一頭のラグ竜から飛び下りたのはアルバート殿下だった。かごの中のニコを覗き込むが、ニコはベルトで固定されていて動けない。既にラグ竜から下りて様子をうかがっていたハンスが素早く近寄り、ニコのベルトを外す。
反対側に来てついでに私のベルトも外す。有能である。
コールター伯の屋敷を出てくるときは、いかにも自分たちでラグ竜に乗れるようなふりをしてはったりをかましたが、実際はベルトの固定にも、乗り降りにも、まだ大人の手伝いがいる。竜車に乗るのでさえ、階段の段々を安全に登るのはまだ難しいのだから。
子どもだけでラグ竜に乗れるなど、幻想である。残されたほうの大人たちは見事に騙されて慌ててくれたけれど。
せめて兄さまやアリスターくらいの年になって、騎竜できないと、ちゃんと竜に乗れるとは言えないのである。
アルバート殿下は、ベルトを外されて自由になったニコをかごから抱え上げると、ぎゅっと抱きしめた。
合格だ。私はかごの中でうむと頷いた。そして兄さまを見た。兄さまは急いで側に来てくれたが、かごから私を抱え上げるには少し背が足りない。ギルがよいしょとかごから私を持ち上げて、兄さまに手渡してくれた。野菜の収穫みたい。
「リア様、芋の収穫みたいだな」
ハンスが同じことを考えていたのが若干腹立たしい。しかも芋とはなんだ。
「リアはおいもが好きですから、よかったですねえ」
「あい!」
よくはない。お芋が好きなのと自分が芋扱いされるのはまったく別物である。それでも兄さまがお芋でよいと思うのなら、お芋でもよいのである。私は兄さまの首に手を回してぎゅっと抱き着いた。
「おじうえ、とうぞくはいないらしいから、しんぱいはいらないぞ」
「そうではない。そうではないのだ」
アルバート殿下は、ニコをぎゅうぎゅうと抱きしめている。苦しくはないか。
「ニコ、まだ帰るな。ちゃんとニコに合わせて、無理はさせないから」
「おじうえ。わたしはだいじょうぶだから、わたしよりちいさいリアにあわせてやってくれないか」
「ニコ、お前は!」
アル殿下だけでなく、皆がニコの言葉にほろりとなったのではないか。私? 虚族に手を出しそうになったのは誰ですかと問いたいくらいなので、ほろりとはならなかった。
「リアも大事かもしれないが、私のことも少しは見てくれ」
ついに言った。私はほっとした。正直が一番である。もっとも、私は特にニコに大事にされているとは思っていないのだが。どこをどう見ればそうなるのだろう。
「なにをいう、おじうえ。リアはともだちだが、おじうえはおじうえだ。ちちうえとおなじくらいだいすきだ」
「ニコ!」
私だって兄さまが大好きだ。
「リアはまいにちのようにあうが、おじうえはたまにしかあえぬ。かえってきていっしょにいられるのがいつもたのしみなのだ」
「私もニコの顔が見たくて王都に帰ってくるのだ。今度もニコと一緒にいられて嬉しかったのだが、つい無理をさせた」
「わたしはかまわぬ。だが、リアがしんぱいする」
どの口が私はかまわぬとか言っているのか。近くにいたらニコのほっぺを両側から引っ張って伸ばしていたところだ。私はぷりぷりした。まったく、どの二人のせいで私が苦労しているのか。
「リア、リアは怒っていてもかわいいですねえ」
「にいしゃま、だいしゅき」
「キーエ」
なぜだかついでにラグ竜が返事をした。その声でアル殿下が私にも気が付いた。
そしてニコを抱えたまま、私に近付いてきた。やるのか。私は心の中でしゅっしゅっと拳を振った。
「リーリア、その」
殿下が少し口ごもる。私は返事をせずに、兄さまの胸に頭をもたれさせた。
「リア、ちょっとお前」
なぜそこでギルが笑うのか。
「私はこんな幼児に対抗していったい何を……」
アル殿下がぶつぶつ言っている。
「リア、降りましょうか」
「おじうえ、わたしもおりる」
子供二人は下におろされてしまった。
「アルバート殿下。リアはちょっと変わった子です」
「にいしゃま……」
なんとひどいことを言うのだ。しかし兄さまは残念そうに私をちらりとみて、頭の上にそっと手をのせぽふぽふと弾ませると、また殿下のほうを向いた。
「それでもこの子はかわいい子ですから、かわいいかわいいと思っていればそれでいいのだと私は思います。でも、中身は賢い子です。ニコ殿下は私から見てもまれにみる賢さですが、リアはそれに勝るとも劣らぬほど賢いです」
アル殿下が、疑わしそうに私を見た。中身は大人だぞ。たぶん。最近やや自信がなくなって来てはいるが。
「見かけのかわいらしさに惑わされて、本質を見失わないでほしいと思います。まだ出発して数日、私達はリアに何度助けられたことでしょう」
アル殿下は口を開けて何か言おうとして、また閉じた。ニコに無理をさせて、私に助けられたりたしなめられたりしたことを思い出したのだろう。
「私たちはニコラス殿下のついでに来た添え物です。アルバート殿下は、私達を気にせず、気負わず、ニコ殿下を心ゆくまで大事にしたらよいのです」
兄さまは私達と言ったが、正確には「リアを気にせずに」だろう。変な対抗意識を持つから悪いのだ。
「申し訳ないことではありますが、私達は私達で、勝手にこの旅から学び、この旅を楽しむつもりでおります。もちろん、ニコラス殿下のことはちゃんと気にかけますが」
もちろん、今までだってちゃんと気にかけてきた。私はふんと胸を張った。私を見たアル殿下の口の端が引きつっている。
「殿下はお見合いのことと、ニコ殿下のことだけを考えてくださればよいのです」
「わかった」
不承不承という感じで頷いた殿下だったが、
「意地を張ってすまなかった。ニコのことはちゃんと見るから、帰るなどと言うな」
ときちんと謝った。何という進歩か。
「ちかたないでしゅね」
「リア」
ちょっといばったら兄さまにたしなめられた。私は組んでいた腕をもとに戻した。
「にこといっしょにもどりましゅ」
「そうしてくれ」
こうしてアルバート殿下が少し素直になって一件落着だ。ただ、
「とうぞくはほんとうにいないのか」
「いましぇん」
これを誰かが解決してくれないものか。なぜ二歳児が盗賊のことを知っていると思うのだ。王族って面倒くさいと思う私であった。