大人げない
なんだかんだ言っても、夜ぐっすりと寝たニコと私は元気だったが、寒い中起きていた大人たちは、もちろん船の漕ぎ手も含めて疲れ果てていた。その日は屋敷に帰ってすぐに夜まで休みとなり、元気だった私とニコは護衛の手を煩わせないよう、室内で静かに遊んでいた。
コールター伯の家にも小さい子どものいた時代はあって、広い子ども用の部屋も用意されていたので、私とニコはおもちゃを使って楽しく過ごした。
いつもお城に行くときは、一応名目はお勉強相手なので、こうして一日中勉強をしなくていいというのは楽しいものである。
おうちの中でも体を動かせる遊びはあるので、木の床を湖に見立て、湖に落ちた人が負けの鬼ごっこをしたり、ソファによじ登って飛び降りたりと、ナタリーが思わず悲鳴を上げそうになるくらいには元気に遊んだと思う。
昨日命の危機にあったニコは案外平気で、時々ぼうっと何かを思い出すときもあったようだが、だいたいはいつも通り過ごしていた。
夕食の後、休んでいた大人たちはほぼ全員そろい、明日からの予定を立てようとしていた。
「とにかくニコの護衛はもう少ししっかりしてもらわないと。一瞬でも目を離すから昨日のようなことがおきるのだ」
アルバート殿下に改めて言われて、護衛の人はしっかりと頷いた。今朝の船での様子を見ると、相当気にしているのだろう。なにしろニコを連れ戻したのは、私の護衛であるハンスなのだから。
しかし、いくら賢いからと言って、何をするかわからない幼児を危険な場所に連れて来たのはアルバート殿下だ。私だけでなく、他の人も注意したはずなのに結局聞き入れず、結果ニコを危険な目に遭わせた。
まだ旅を始めてほんの数日だ。しかし、ご飯がちゃんと食べられなかったり、無理な日程を立てたり、危険なことをさせたり、わたしから見たら、とてもではないがニコを任せられない。ニコ殿下を、幼い子を連れて行くのなら、幼い子のペースに合わせなさいと強く言う人が誰もいないのが問題なのである。
「にいしゃま、おりりゅ」
「リア、トイレですか」
「ちがいましゅ」
失礼な。私は少しぷりぷりしながらアルバート殿下の前までやってきた。
「なんだ」
「かえりましゅ」
アルバート殿下は私が何を言っているかわからないという顔をした。
「にこといっしょに、かえりましゅ」
仕方がないので詳しく説明してあげた。どうよ。私は腕をくんでふんと顔を上げた。
「帰る」
「あい」
「どうやって」
「らぐりゅうで」
歩いて帰るとでも思っているのだろうか。
「リア、どうしたのですか、急に」
兄さまが慌てて立ち上がると私のもとにやってきてしゃがみこんだ。
「にこ、あぶない。おとな、ちゃんとみてない」
「それは、しかし」
兄さまは心当たりがあるかのように少し詰まった。だが、帰るとなると、護衛を二手に分けなければならず、危険が増す。当然、帰るべきとは言えないのはわかっている。
「しょせん幼児だな。嫌なことがあると逃げ帰るか」
アルバート殿下が私のことを見下げたようにそう言った。その幼児に何度助けられたと思うのだ。
「いやなことあるから?」
私は目の前にしゃがんでいる兄さまから一歩ずれてアル殿下に向き合った。
「ちがいましゅ。あるでんかが、だめだからでしゅ」
「やべえ、やめろ、リア様」
部屋の空気が凍り付き、絞り出したかのようなハンスの声が小さく響いた。
「その駄目な大人がいなくては帰れもしないくせに。もういい。黙れ」
「かえれましゅ」
「一人ではラグ竜にも乗れまい」
「のれましゅ」
「リア、もうよい」
私とアル殿下の子どもっぽい言い合いに、ニコが元気なく口を挟んだ。
「すべてはわたしのわがままがげんいんだ。ごえいがわるいのでも、おじうえがわるいのでもない」
三歳児にここまで言わせるとは、アル殿下は本当にどうしようもない。私はきっとアル殿下を睨んだ。
「これからはおとなしくおじうえについていくから、リア、しんぱいするな」
「そういうことだ」
なんでアル殿下は勝ち誇ったような顔をしているのか。
「なんのために」
「まだ言うか」
「にこを、なんのためにちゅれてきたの」
アル殿下は虚を突かれた顔をした。
「おとなちくしゅりゅためなら、こなくてよかった」
「それは」
「にことりあは、かえって、げんきにあしょびましゅ」
「しかし王都には危険が」
アル殿下はそう言いかけてはっと口を閉じた。そして、投げやりにこう言った。
「幼児だけで帰れるものか。帰れるものなら帰ってみるがいい」
「ごえいもいりましゅ」
「連れて行くがいい」
「にいしゃまもギルもいりましゅ」
「好きにしろ」
どうせできないと思っているのだろう。私は振り返ると、座っているニコのもとに戻って、その目をのぞきこんだ。
「リア」
「にこ、りあ、まかしぇて」
私の目に、自信を読み取ったのだろう。ニコは小さく頷いた。私はアル殿下の方に振り返った。
「あちた、かえりましゅ」
「できるものならばな」
「おとなげねえ」
まったくその通りである。
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