おなかがすいた
食事が終わったら私は用済みだ。兄さまたちは残るらしい。兄さまにごめんねと合図されるが、私にはナタリーもハンスもいるから大丈夫。私はさっきの給仕の人を捕まえるとそっと頼みごとをし、先に部屋に戻った。
「俺はリア様付きで助かったぜ。ルーク様もまだ12歳だっていうのに、四侯も王族もめんどくせえな」
「ハンス、思っていることをどこででも口にするものではありません」
ぶつぶつ言うハンスをナタリーが静かにたしなめていて面白い。私たちがゆっくりと部屋に戻って寝る準備をしていると、ドアが叩かれた。
「言いつけの物を届けにまいりました」
やってきたのはワゴンを押したメイドだった。かごを二つ上下に分けて乗せている。
「何も頼んでないはずだが」
ハンスが警戒して厳しい声を出した。
「りあがたのみまちた。ありがと」
「リア様ですか。言っといてくださいよ」
「ごめんなしゃい」
確かに、部屋に届け物など怪しすぎるではないか。それでもナタリーがかごを受け取っておいてくれた。
「では、これからおでかけでしゅ」
「おでかけ? 何言ってんですか、リア様。お休みの時間ですよ」
屋敷ではハンスは夜はお休みなのだが、旅行中はほぼ一日ついているので若干口うるさい。
「にこのとこ、いきましゅ」
「ニコ殿下ですか。さすがにそろそろお戻りでしょうが、なんでまた」
私は黙ってハンスを見た。ハンスは頭をガシガシとかきむしった。
「わかりましたって。でも、用を済ませたらすぐ戻りますよ」
「あい。なたりー、おおきなかご」
「こちらを持つんですね」
ナタリーはすぐに察してかごを持ってくれた。ハンスは手が空いていなくてはならないので、ハンスに持たせるわけにはいかないのだ。
ドアの外には護衛の他には警戒するようなものは何もなく、ハンスが迷わずニコの部屋に連れて行ってくれた。
「正確にはアルバート殿下とニコ殿下の部屋ですがね」
私の部屋だって兄さまと私の部屋なのである。
「ハンス殿、こんな時間にリーリア様を連れて、一体何があった」
部屋の前の護衛がハンスに問いかけた。むしろ私に聞くべきではないか。
「あー、リーリア様が何だかニコラス殿下に用があるみたいなんだよ」
「確かに殿下もたった今お戻りになったばかりだが、今はちょっと……」
護衛が口を濁すが、私にはわかっていた。
「にこ!」
扉越しに少し大きな声で呼びかけると、バタバタした気配と共にドアがバンと開いた。
「リアか! はいるがよい!」
「殿下、しかし」
「うるさい! わたしはリアとすごしたいのだ!」
護衛に噛みつくニコは、会ったばかりの頃のようだった。
「おじゃまちましゅ」
そう言って入った部屋は、さすがに私たちの部屋よりも豪華だった。そもそも、ベッドが見えないということは、居間付きの客間である。別にうらやましくはないが。しかし、部屋には服が脱ぎ散らかされ、ニコについてきたメイドの人がおろおろしていた。私は端的に指摘した。
「にこ、きょう、まりょくおおい」
「なんだと。くるまえにませきにまりょくはそそいできたのだが」
「いちゅもとちがうこと、ちたから?」
「そうだろうか」
首を傾げるニコをソファに座らせ、私も隣によじ登った。ソファは大好きだが、幼児には少し高すぎるのである。そしてポケットから魔石を取り出した。
「リア様、持って歩いてんですか」
「たまたまでしゅ」
面倒くさいからそう説明したが、ニコのようすを夕ご飯の時に見て、さっきわざわざポケットに入れてきたのだ。昼に見た時には感じなかったのだが、夕食の時には明らかに魔力が余っていた。普段なら兄さまも気が付くのだろうが、今日は大きい人たちは皆社交に引っ張り出され、それどころではなかったと思う。
「これに、まりょくを」
「うむ」
このところ兄さまが授業に来るたびにやっているから、ニコも慣れたものである。ゆっくりと魔力を注ぎ終える頃には、はみ出した魔力も落ち着き、ニコの気持ちも落ち着いたようだった。
ぐー。
「うむ。なんだかおなかのあたりがへんである」
ニコがお腹のあたりを押さえて首を傾げている。時々いるのだ。自分がお腹がすいているということを自覚していない人が。大人でもいるくらいだから、子どもではましてそうだろう。特にニコは、食べるものに困ったことはないだろうし。
「にこ、おなかがしゅいてまちゅ」
「おなかがすく?」
「ごはん、たりなかった」
なぜ私がニコのお腹の具合をニコに説明しなくてはならないのか。
「にこ、おはなちたくしゃん。たべりゅまえに、おしゃらなくなってた」
「たしかに、たべようとおもっていたのにいつのまにかさらがかたづけられていたな」
ニコはお腹を片手でさすさすとさすっている。
「おなかがすくというのはせつないものだ」
「そうでしゅ」
私は大きく頷いた。さらわれた時、熱が出た時、お腹がすいても食べられないことがあった私は、その切なさを知っている。でも、その前からお腹がすく切なさは知っていたので、我ながら単なるくいしんぼかもしれないのだった。
「リア様、他の人の皿まで見てたんですか。くいしんぼだよなあ」
自分でくいしんぼかもしれないと自覚するのと、他の人に言われるのとでは意味が違う。後で兄さまに言いつけようと思う私だった。
「なたりー、かごを」
「はい、リア様」
ナタリーは持った感じとにおいでちゃんとわかっていたのだろう。テーブルの上にかごを乗せると、そっと蓋を開いた。
途端に部屋にはいい香りが漂った。
「これは……」
「おいちかったごはん、ちゅめてもらいまちた」
私はふふんと胸を張った。くいしんぼにも利点はあるのだ。
「おしゅしゅめは、くりのけーき」
「けーきか。けーきはあとでたべよう」
「りあもたべましゅ」
見てたらまた食べたくなってきた。ハンスが何か言いたそうに私を見たが、ナタリーが何も言うなとハンスを止めていた。
本当は寝る前に食べてはいけないのだが、お腹がすいて悲しい気持ちで寝るのはよくない。お魚をおいしそうに食べるニコから、少しケーキを分けてもらって食べる頃にはだいぶ眠くなっていて、気がついたら朝だった。
「リア、おかげで飢えずにすみました」
隣でにこにこした兄さまがおはようの挨拶をすると、すぐにそう言ってくれた。小さいかごも役に立ったようだ。
「ぎるは?」
ギルには何も用意していなかったので、一応聞いてみると、
「ギルは話しかけてくる者をものともせず、しっかりとお代わりをしてご飯を食べていたので大丈夫です」
さすがギルである。一人くらい神経の太いものがいたほうがいい。それにきっと成長期なのだ。
それにしても、このペースでニコが生活するのでは、旅の間に体調を崩してしまう。せっかく日程を緩やかにしているのに、これでは意味がないではないか。私はベッドの上で腕を組んで、難しい顔をした。
「リア様、お着替えしましょうね」
「あい。ごはん!」
着替えたらご飯の時間だ。ご飯を食べてからまた考えよう。
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