準備はできている
2巻7月発売決定!
牧場までも竜車に乗っていかねばならないのが面倒なところだ。それでも、兄さま、ニコ、私という珍しい組み合わせで乗る竜車は楽しかった。
「そもそもな、わたしはしろからあまりでたことがないのだ」
「にこ、こないだりあのおひろめ、きまちた」
「うむ。ひさしぶりのとおでであった」
ニコが満足そうに頷いた。
「それがなかったら、つぎはいつ、しろのそとにいけたことか」
「でもニコ殿下、お城は広いではないですか」
兄さまが城を思い浮かべるような顔をした。
「うむ。こないだけっかいのまにいったりもしたが、ひろいからといってすきなところにいけるわけではないからな」
「確かにそうですね」
「りあも、おうちに、ちらないへや、ありましゅ」
そういえば私も、お屋敷のすべてを見た事はない。温室に続く部屋もこないだ知ったばかりだ。そもそも、お父さまと同じに城に行っているのでは、探検する時間もない。
よく考えたら、私は働きすぎではないのか。
「どうした、りあ、くちがとがっているぞ」
「とがってましぇん」
失礼な。私は腕を組んだ。異論は認めない。
「りあ、はたらきしゅぎかも」
「働きすぎ……ぐふっ」
「にいしゃま……」
お腹を抱えて笑っている兄さまを、私は冷たい目で見た。
ニコはふむと頷くと、重々しくこう言った。
「ふむ、はたらいてはいないが、わたしたちはもっとやすんでもいいのではないか」
「しょのとおり!」
私は組んでいた手をはずし、右手を上げた。賛成だ。
「ぷはっ」
「ルーク……」
ニコも兄さまを冷たい目で見た。
幼児二人に冷ややかに見られているのに、兄さまの笑いはしばらく止まらなかった。箸が転がってもおかしい年頃か。箸はないけれども。思春期だろうか。
そんな話をしているうちに、牧場に着いた。
私は竜車から走り降りたかったが、おとなしくハンスに降ろしてもらった。護衛の仕事を取ってはいけないからね。
それからニコと一緒に牧場の方に走り、柵のところで止まった。
「いまから、りあのりゅうをよびましゅ」
「おお! たのしみだ!」
私はもったいぶって柵の方に向き、大きな声で叫んだ。
「みにー!」
「キーエ」
「キーエ」
「キーエ」
私の前にはあっという間にラグ竜が集まってきた。もちろん、ミニーもいる。
「すごいなリア。こんなにミニーがたくさんいるとは」
ニコが感心したように私を眺めた。そんなわけないでしょ。
「ちがいましゅ。あの小さいやつでしゅ」
「お、おう。そうか」
「キーエ」
ラグ竜がニコを見て何か言っている。
「キーエ」
「キーエ」
「キーエ」
「ど、どうしたのだ」
鳴くついでに柵越しに匂いを嗅がれ、時に頭を押しつけられ、ニコが戸惑っている。小さい子の仲間かしら、増えたわね、健康かしらなどと言っているような気がする。
ニコはちょっと怖いけれど、逃げないように踏ん張っている。
「しょんなときは、こうちましゅ」
私は、私にも鼻や頭を押しつけてくる竜の頭を抱え込んでみせた。
「キーエ」
いい子ねと、鼻息をふんと吐いてそのラグ竜は去っていった。
「こうか」
ニコが思い切って竜の頭に両手を回す。
「キーエ」
「キーエ」
「キーエ」
合格よと、そう聞こえた気がした。
「りゅうとはあたたかいものだな」
「キーエ」
ニコをチェックして満足した竜たちが去ると、最後にミニーが残って、ため息をついた。
いい加減、ミニーが私のことだってみんな覚えてくれないかしらって?
皆覚えていてわざとやっているような気もするのだが……。
ところでいつも思うのだが、ニコの護衛は何をやっているのか。私が疑問に思い振り返ると、手を伸ばした姿勢のまま固まっている。
「あんたら何やってるんだ」
ハンスにまであきれられているではないか。
「いや、ニコラス様とリア様が一緒だと、何が起きるか予想もつかなくて」
「言い訳はいい。気合いを入れ直せ」
「はい」
おや、ハンスがかっこいいぞ。
「リア様、俺だからこそリア様の護衛が勤まってるって、わかってませんね」
ただの笑いすぎの人かと思っていた。
しかし、その間にも兄さまから指示が出て、ミニーの背にかごが付けられている。兄さまは、ニコの護衛にこう説明した。
「このラグ竜が安全かどうかは、私とリアが、何回も乗って試している。ハンス」
「はい、ルーク様。このかごをリア様やルーク様が使う時には、必ず俺か騎竜のうまいものが付き添いますが、事故が起こるどころか起きそうだったことさえありません」
「ルーク様とハンス殿がそう言われるのであれば」
護衛はニコをかごに乗せるのを納得してくれた。竜車ではなく、かごに乗る。私にとって、初めてのかごはいい思い出ばかりではないけれど、初めてかごに乗せられたニコにはよいものとなるようにと思う。
紐でしっかり固定されていても、目の前が全部見渡せる。
「おお! すごいな! ミニー、かっこいいぞ!」
「キーーエ」
わかってるじゃない、と鳴いたミニーは私をちらりと見た。
「みにー、もちろん、かっこいいでしゅ」
「キーエ」
まあね。ミニーはふんと頭を上げると合図を待った。
「あい。ミニー、しゅしゅめ!」
「キーエ」
ミニーは気取って進み始めた。
「おお!!たかいな! リア」
「あい。かじぇがきもちいい」
兄さまが自分の竜に乗ると、隣に楽しそうに並び、護衛が少し離れて着いてくる。
そして他の竜も一緒に進む。
「みにー、はちれ!」
「キーエ」
走れと言ってもとっとっと早足になるだけだが、それでもぐんとスピードが上がる。
「はやいぞ! ははは!」
柵沿いにゆったりと走るミニーは、広い牧場の途中から勝手に折り返してくると、始めの場所に戻ってきて止まった。疲れすぎないように、何も言わなくてもいつものコースを走ってくれるのだ。
ミニーと私たちが戻ってきたところで竜たちは満足したようで、勝手に解散して牧場のあちこちに散っていく。
「すごかったな」
「きもちいいでしゅ」
かごからいったん降ろしてもらいはしゃぐ私たちを見ながら、ニコの護衛がまだ寒い季節だというのに汗をぬぐっている。
「こんな経験初めてです。竜は群れるものだとは知っていましたが、まるでリア様とニコラス様を守るように、遊ぶようにひとまとまりになって」
「驚いただろう」
ハンスが護衛の肩を叩いた。
「どうやらお二人を守っているのだろうとわかるまでは何が起きているのかわからず、焦りました」
竜が何かを攻撃することはないのだという。それでも、体が大きいから踏まれたりぶつかられたりしたら大きな怪我になるし、群れになると巻き込まれたらとハラハラする。護衛も落ち着かないことだろう。
「リア様、護衛も大変だと思うのなら少しはおとなしくしててくださるといいのですが」
「りあ、いちゅもしじゅか」
よちよちしかできない幼児に向かって何を言うのやら。もちろん、よちよちしているというのは比喩であって事実ではない。
「リア様がいらしてから、ある意味ただの護衛より緊張しますよ」
ただの護衛もそうでない護衛もあるものか。
「もういっかい! もういっかいのりたい」
「ちかたないでしゅねえ」
私はちょっともったいぶると、ニコと一緒にいそいそともう一度かごに乗せてもらった。
「あの二人もルークも、ファーランドに行く準備はできているようですな。さすが私の孫だ」
遅れて牧場にやってきた大人たちが、それを遠くから見学していたことも、おじいさまが満足そうに頷いたことも、その時の私たちは気がつきもしなかった。
「転生幼女はあきらめない」2巻、7月発売決定です! 15日前後になろうかと思われます。
今回、書き下ろしもあり、スピード感のある仕上がりになっています!
いろいろ企画もありますので、詳しくは活動報告の直近の二つを見てみてくださいね!