先生乱入
そうして案外あっさりと、クリスは王子の勉強相手として来ることが決まった。
ただし、フェリシアが城に来る日だけだ。フェリシアは正確にはまだ政務に携わっているわけではない。当主のアンジェリークについて、政務の仕方を学び始めたところだ。また、学院の最終学年なので、三月の卒業に向けてまだ学院でしなければいけないことも残っているという。
そのため、フェリシアが来ない日もある。そんな日はクリスも来ない。
それならお父様と同じようにレミントンの当主が連れてくればいいとも思うが、どうやら行き帰りと昼が面倒という、なんともいえない理由で連れてこないらしい。
では、幼稚園や保育園のように昼は子どもで、と一瞬思ったが、ニコにしろ、私にしろ、家族がお昼を一緒に食べるのを楽しみにしているのだから、それも大事にするべきだろうと思う。
そんなに忙しくてもフェリシアは週一回は礼儀作法の先生として来るのだと、クリスを送ってくるたびに意気込んでいたが、週の半ば、朝からやってきたのは違う人だった。
私もニコも思わずポカンと口を開けていたと思う。
「飴玉でも放り入れようか」
「マーカス殿、幼児に飴玉は危険です」
冷静にオッズ先生が指摘したところで、私は開いていた口を閉じた。
「マークにいしゃ……、マーク」
「リアだったね。マーク兄さまでもいいのに」
私はちょっと困った。だって兄さまが知ったらきっと大騒ぎするからだ。
「きっとルークが兄さまは私だけでいいのですとか何とか教え込んでいるに違いない」
マークはおかしそうに口の端を上げた。
「マーカスどの」
「ニコラス殿下、リアのお披露目ぶりですね」
ニコも驚きから立ち直ってちゃんと挨拶できた。
「きょうはフェリシアがくるかとおもっていたが」
「りあも」
礼儀作法の勉強とは何か気になっていたのだが。そういえば、今日はクリスが来ていないのだから、フェリシアも城に来ていないということになる。
「ああ、フェリシアも来ますが、私も毎週来ることになったのですよ。聞いていませんか」
聞いていない。私とニコはオッズ先生を見た。
「お話はあったのですが、いつからとか、何を教えるとかの連絡はいただいていなかったのでちゃんと決まってからお話しようと思っていました」
オッズ先生も困ったように言っているから、話はあったとしても正式なものではなく、本人の気まぐれでやってきたんだろう。
まったく困ったものだ。
だが大歓迎である。
「にゃにを、あ、なにをしゅるの?」
私はぴょんぴょんと跳ねた。
「リア、おちつくのだ。なにかきっとおもしろいことにちがいないのだからな」
私を落ち着かせようとしながらニコがプレッシャーをかけている。無意識だとは思うが。
「おやおや、これは期待が重いな。なぜ私が朝から来ていると思う?」
そう言えば、兄さまはお昼を食べてから来るので、割とすぐ寝てしまうのが悩みの種だった。朝からという言葉に私たちの期待は膨らんだ。
マークは、嬉しそうな私たちと対照的に、少し困った、そして難しい顔をしているオッズ先生の方を向いた。
「心配するな。ランバート殿下からの許可は取ってある。もっとも先ほど取ったばかりだから、私が直接来た方が早いと思ってな」
「しかし、学びもですが、安全のことも考えないと」
「護衛も連れて行くし、城の中だ」
それでオッズ先生は引き下がった。マークはこちらを向いて、いたずらな顔で微笑んだ。
「今日は城の見学につれていくよ」
私達はまたポカンと口を開けた。城の見学? そう言えば、いつもニコのところに直接来るので、城の中を見たのは長い通路を一回きりだ。ニコの目も輝いている。
「いく!」
「いきましゅ!」
これは遠足だ。
「なたりー!」
「リア様、よかったですね」
「おやちゅはありゅ?」
「おやつ? ああ、念のためにと持ってきたこれでよいでしょうか」
ナタリーは荷物からごそごそと小さい包みを出してくれた。この匂いは私の好きなカステラだ。私はニコのほうをちらりと見た。
「もちろん、多めに入っておりますよ」
「ありがと、なたりー」
私はほっとして包みをポシェットに入れてもらった。ニコの分もあってよかった。私がお守りのように持っていたラグ竜のぬいぐるみは、今は私の枕の横で、睡眠のお供として活躍している。だから違うポシェットだ。
「あい。いきましゅ」
「リア、おまえ」
「ま、まあいいんじゃないか。さすがというか……」
マークはまた口の端を上げている。
「メイドはいらない。オッズ殿もだ。護衛だけでいい」
四侯の跡継ぎに言われたら、それは従うしかない。オッズ先生もナタリーも、渋々従った。私に一人、ニコに一人護衛が付いた。もちろんハンスだ。
「ちょっと遠いからがんばろうか」
図書室から一階に下り、城につながる廊下から城の中に入る。来るときに来たのとは別の廊下だ。そこから城の内側に入る広い通路があり、そこを曲がっていく。通路の壁にはところどころ美しい絵が飾られているが、私は複雑な壁の模様が面白くてあちこちきょろきょろしながら歩いていたら、マークにひょいと抱き上げられた。
「これから毎週一度、城の見学に来るから、今は先をいそごうか」
「まいしゅうしろのけんがくなのか?」
ニコの目がきらきらしている。
「ああ、そうだよ。住んでる城のこと、知っておいて悪いこともないと思うんだよ。だいたい、勉強は学院ででもできるのに、なぜ二歳児と三歳児に毎日勉強を詰め込むのか私にはわからないね」
私はマークのお父さまを思い出した。ハルおじさまと呼んでくれと言った優しいおじさまは、しかし厳しい顔だちをしていたし、しつけも厳しそうだと思うので、マークがこんなこと言うのは不思議な気がした。
「まーく、ちいしゃいころ、おべんきょう、ちた?」
「それはね、ちょっとはしたよ。でも、それはほんのちょっとのことで、五歳くらいまではただ庭を走り回るだけの生活だったよ」
「はちるのはしゅき」
私は神妙に頷いた。
「リアははしってないがな」
「はちってましゅ!」
もっとも抱かれていては説得力に欠けるのだが。いくつか入り組んだ通路を右に行き左に行きしていると、だんだんどこにいるかわからなくなってきた。
「あんがいとおいのだな」
「この城は広いからねえ」
マークはのんびりとそう言うと、
「ああ、ここだ」
と言ってドアを開けようとした。
「マーカス殿」
しかし、ここでハンスの静かな声がした。マーカスはそれを無視してドアノブに手を当てた。しかしハンスの強い声がその手を止めた。
「マーカス殿!」
「なんだ」
「リア様をどこに連れて行くおつもりですか」
おや、ニコが抜けていますが。
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