懐かしい音
ラグ竜にももちろん子どもはいて、子どもは群れに大切に守られて伸び伸びと育っている。この牧場にも、預かっている竜同士で子供も生まれ、小さめの竜が何頭かいるが、それよりは大きいか。
「ちいしゃい」
「キーエ」
思わず漏らした私に、ラグ竜はふんと鼻息を噴き出した。小さいのはお前でしょって? 別に私は自分が小さくないとは言っていない。私は腕を組んで仁王立ちすると、ラグ竜とにらみ合った。
「キーーエ」
腕が組めていないって? 失礼な。ちゃんと組めているではないか。それより、そんな小さくて仕事ができるの?
「さっそく仲良しのようだな。本当にオールバンスの者は、ラグ竜と相性が良い」
「あい?」
「キーエ?」
おじいさまの言葉に私もラグ竜も思わず振り向いた。
「ほら、もう気が合っているではないか」
偶然だ。私はプイっと横を向いたら、ラグ竜もプイっと横を向いている。そのラグ竜をなだめるように大きなラグ竜が何頭も体を寄せている。小さい子は大事にしなさいって、ちょっと怒られているようだ。私のところにも何頭かやって来て、優しく鼻でつつかれた。仲良くしなさいって?
「小さめの竜で驚いたかもしれないが、そういう種類なのだよ。北のラグ竜はどちらかというと大きいのだが、数は少ないが小さめの種類もいてな。あまり重い荷物は運べないが、人懐っこくて小回りが利く。女性には人気のラグ竜なのだよ」
そういう訳だったか。小さいとか思って失礼だったかもしれない。私は腕組みを解いた。
「キーエ」
わかればいいのよって? まあ、ちょっと生意気だけどいいだろう。
「しかしおじいさま。リアにはまだ騎竜は早すぎます。ましてリアは他の子と比べても運動は苦手なのに」
なんだって! いつの間に他の子と比べられていたというのだろう。同世代は身の回りにいなかったはずだが。それに苦手と思われているかもしれないが、苦手だからどうだというのだ。体育などないこの世界で、評価など気にしても意味がない。動くのは好きだからまったく構わないのである。
「そこでこれが登場だ。さ、かごをつけよ!」
おじいさまが得意げに指示を出すと、荷運びに使われる振り分けかごがつけられた。辺境ではこれに乗せられたものだが、さて。少し形が違うようだ。
「本来は荷運び用のかごだが、きちんと椅子型になっていて、この背中の紐に入り込むと体が固定されるという優れものだ。ラグ竜が飛ばしてもかごから落ちることはない。しっかり訓練してあるから大丈夫だぞ」
「騎竜ではなく、かごですか。しかし左右のバランスはどうするのですか」
「バランスをとるよう、足元に置くおもりがいくつか用意してある。また、小さいラグ竜とはいえ、左右のかごに大人が一人ずつ乗っても余裕で運べるぞ」
「ということは」
「例えばルークとリアと二人で竜の散歩ができるというわけだ」
なんと! 兄さまはきらきらした目で私を見た。
「リア、これは」
「にいしゃま、これは」
「乗りましょう!」
「あい!」
「ちょっと待て」
お父様に止められて、ひとまずお父様とラグ竜の世話係が乗ってみることになった。ラグ竜は正直なところ嫌そうな顔をしていたが、それでも素直にかがんで人を乗せてくれた。
「進め!」
「キーエ」
ラグ竜はやる気のない声を出すと、それでもとっとっと牧場を走り始めた。お父様が右に左にと手で指示を出しながらあちこち歩かせている。やがて戻ってきた。竜はまったく疲れてはいないようだ。
「見事に訓練されていますね、お義父様」
「そうだろうそうだろう」
おじいさまは自慢そうだ。
「しかし、まだ二歳のリアを乗せるには……」
「キーエ」
馬鹿にしているのかとラグ竜が鼻息を吐く。しかしお父様の言うことももっともである。
「まじゅ、おとうしゃまとのりゅ」
「リアと父様か。それならまあ」
「お父様! それはずるいです!」
「しかしルークも一人で乗れるようになったのは去年の夏だしなあ」
兄さまは悔しそうだが、そう言われてあきらめたようだ。
「ではお父様が乗って、大丈夫と思ったら私とリアで乗せてください」
「さて、どうしたものか」
私はお父様をじっと見上げた。
「うっ」
さらに一歩近づいてじっと見た。もう一押し。
「おとうしゃま……」
「わかった。とりあえず、一度乗ってみるか」
「あい!」
お父さまは、世話係に、ラグ竜に乗ってそばを走るように指示を出すと、ひもの位置を組み変えてまず私を固定した。今は固定してもらったが、紐の位置さえ最初から固定されてあれば、私はここに体を通すだけでいい。最初から椅子に仕立ててあるかごは、椅子がクッションになっており乗り心地もいい。隣にお父様が乗りこむ気配がすると、ラグ竜の背越しにお父様と目が合った。案外近い。そして楽しい。
「ゆっくり進め」
「キーーエ」
ラグ竜はゆっくりと進み始めた。この感覚は辺境で旅をしていた時と同じだ。竜はとっとっと進み、隣にはたいていミルがいて、前にはアリスターがいた。
「ありしゅた」
元気にしているだろうか。お父様はちらりと私を見ると、ラグ竜に声をかけた。
「走れ」
ラグ竜がぐん、と速くなる。牧場の端があっという間に近づいてくる。柵に沿って大きく曲がる。横に重力がかかる。こんなの辺境でも経験したことがない。
「しゅごーい!」
私はキャッキャッと笑った。風がおでこの毛を後ろに流す。冬の寒い空気が、何もかも吹き飛ばしていく。
ラグ竜はお父様が何も言わなくても、みんなの前に来て静かに止まった。
「お父様!」
「うむ。大丈夫そうだ。ルークと乗るときは、駆け足は禁止だが、普通に乗る分には大丈夫だろう」
「やった!」
兄さまのほうが喜んで飛び上がっている。そして兄さまと乗る竜は楽しかった。おしゃべりもできるのだ。しかし、真冬は寒い。体が冷えすぎないように、これでおしまいになった。あとは名づけだろう。
「にいしゃまのりゅう、おなまえは?」
「私の竜ですか? 特にありませんが」
ええ? 一応誰かの専用の竜というのはあっても、群れで意識を共有するので、個体にあまり意味はないのだそうだ。だから名前も付けない。そういえばトレントフォースでも個人で竜を持っている人は見たことがなかった。
「どうやってよぶ?」
「竜の世話人に頼めばよい。しかし、おじいさまのプレゼントに合わせて父様が素敵なものを用意したぞ」
「にゃに?」
おっと、油断するとまだ言葉が片言になってしまう。
「なあに? おとうしゃま」
「言い直さなくてもいいのに。まあいい。ほら」
お父様が手のひらに乗せて差し出したものは、細い金の鎖のついた、小さな笛だった。
「これ……」
「辺境で吹いていただろう。奇妙な音のする、草の笛を」
私はそっとそれを受け取ると、口に当ててみた。
「ふー」
音が出ない。
「もっと強く吹くのだ」
「あい」
そうだ。草の笛だって遠慮していたら音は出ない。私は強く息を吹き込んだ。
「プー」
「キーエ」
「プー、プー、」
「キーエ、キーエ」
笛に合わせてラグ竜が鳴く。
「うぇしゅたーのおとがしゅる」
風が吹きわたる。仲間の笑い声がする。
「忘れなくてもいいのだぞ。忘れてもいいが」
お父様が、余計なことまで付け加えて、笛の鎖を首にかけてくれた。
「さみしくないぞ。ラグ竜は、いつでも我らの仲間なのだからな」
「おじいしゃま」
おじいさまも満足そうだ。こうして友達と竜が増えたお披露目は無事終わったのだった。
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