先生も多すぎる(ルーク視点)
フェリシアは私たちの視線に気づくと、少し慌てたように首を横に振った。
「違うの。お母様はともかく、私も王家に近付いて何の意味があるのと思っているわ。四侯は四侯。それぞれがバラバラにいるからこそ、権力が集中しなくていいんだわ」
私は少しフェリシアを見直した。
「私ももうお母様について城に行くことも多くなってきて。そうすると、クリスがうちに一人になってしまうの。使用人の子どもとでは対等ではないし、クリスにはっきりと物を言える子なんて一人もいないのよ。ましてメイドや護衛は……」
それはそうだろうと思う。
「しかも、どちらかと言うと寂しい思いをしているし、私が城に来ている時だけでも、一緒に連れてこられないかしらと思って。そろそろクリスには淑女の作法を教えなければと思っていたし、私も先生として参加しては駄目かしら……」
フェリシアはひたすらクリスを心配している。
「そうすればお母様にも都合がいいし。そうね、お母様に提案してみましょう」
明るい顔になったフェリシアに、しかしマークが水を差すようなことを言う。
「リスバーンがオールバンスに追従していると見られているのはともかくとして、オールバンス、リスバーンに続き、レミントンまで王家と近しくなろうとしていると思われたら、他の貴族が不安に思うことは確かだろうね」
「それは考えすぎではないですか」
ギルがマークに考えすぎを指摘している。オールバンスに追従ということは否定しなくていいのだろうか。同格のモールゼイと言えど、使っていて気持ちのいい言葉ではない。しかしギルは、
「俺は、それに父様は、いいと思っているから、オールバンスのやることに賛成するのだし、反対だと思ったら止めている。止めたことは表には出ないから、追従などという言葉が出てくるのだと思うが、風評を恐れて、すべきこと、やりたいことをできないのはおかしいと俺は思います」
そう言い切った。
「リスバーンの次代は心が強いな」
「マーク、冗談にするには重い話ですよ」
ギルはこのようにまじめな時もあるのである。
「では、私もフェリシアの後押しをしようか」
何が「では」なのか。マークは突然そんなことを言いだして私たちを戸惑わせた。
「私も先生として参加しよう。何を教えたらいいかな」
首を傾げて子どもたちを眺めているが、先ほど、四侯が王家に近付くと貴族がどうとか言ってはいなかったか。
「マーク」
「ほかの貴族が不満に思うだろうねと言っただけで、不満に思わせてはいけないとは言っていないよ。不満に思いたいなら思うがいい」
とがめるようなギルに、マークは淡々と答えた。
「四侯の権力を削りたいなら削ればいいとさえ私は思っているよ。結界の魔石の補充、百歩譲ってそれは仕方ないだろう。しかし、内政、外政、そういったところまで私たちが中心でやる必要はあるだろうか。むしろそれは、我々から切り離すべきものではないのか」
これはとても難しい問題だと私は思う。政治にかかわっているからこそ、この国を大切に思い、捨てられないという気持ちが生じる。自分に権力があるということも気分の良いものだろう。歴代の四侯はそうして国に囲われてきたのだろう。
しかし、お父様のように自由になりたいと思う者もいる。レミントンのように、もう少し政治にかかわりたいと思う者もいる。
お父さまに代わってオールバンスの当主になるのはまだまだ先の話だけれど、四侯の跡取りはこうしてみんな悩んできたのだろうか。その結果がこんながんじがらめな世界では笑うに笑えないけれど。
「にいしゃま、ギル、おやちゅ」
物思いをリアの愛らしい声が破る。ふとテーブルを見るとだいぶ軽食や菓子が減っている。楽しくていつも以上に食べてしまい、慌てて私に声をかけたというわけだ。
「私たちは、リアたちがオレンジを採りに行っている間に少し食べたのですよ。気にせず食べていいですからね」
「あい! でも、もうおなかいっぱい」
お腹をなでるリアのなんとかわいらしいことか。今さわってみたらぽんぽんだろうなと思う。
「ではそろそろお披露目の会場に戻りますか」
私の声と共に、皆が立ち上がった。子どもたちも満足したようで、改めてオレンジを抱えなおしている。ちなみにリアは私に持たせたので自分は手ぶらである。ちゃっかりしている。
しかし、いつも以上に動いたのにお昼寝の時間を過ぎたリアは、歩いているうちに眠くてふらふらになり、ハンスが抱え上げたらことりと寝てしまった。
「あーあー、リア様、いつもより頑張ったほうだよな」
ハンスがリアをナタリーに手渡しながらそう言った。ハンスは護衛だから一応手を空けておかなければならないらしい。
「うむ。いつもならもっとはやくねむっている」
「私はもうおひるねなんてしないわ」
「クリスはごさいだからリアとくらべてもしかたがないぞ」
「なによ」
殿下とクリスは、リアがいなくてもなかなかうまくいっているようだ。フェリシアが安心したようにほっと息を吐いている。
リアは二歳だが、お披露目なんて主役がいないまま盛り上がって解散だ。もう一人の主役の私がうまく立ち回って、なかなか帰らない客を帰し、お披露目は終わった。
その時になってようやっとやってきたのがおじいさまだ。
「ルーク! 遅くなってすまない。12歳の誕生日おめでとう!」
「おじいさま! リアは待ちくたびれてお昼寝してしまいましたよ!」
「まあ、リアは起きたら会えるだろう」
本当はリアに会いたくて仕方がないのかもしれないけれど、血のつながっていない私もこうしてかわいがってくれる。私のことをぎゅっと強く抱きしめると、肩をつかんで顔を覗き込んだ。
「夏からこっち大きくなったなあ。しかしなんだ、この細い手は。少し剣をさぼっているのではないか」
なぜばれたのだろう。ギルに言われてからまじめに練習するようになったけれど、さぼっていたことがあるのは確かなので、思わずぎくりとした顔をすると、おじいさまは、
「せっかく新しい剣をプレゼントに持って来たのになあ」
ともったいぶる。北部はよい剣の産地なのである。
「ちょっとさぼってたけど、今はちゃんとやってます! 剣は! どこ?」
「ははは! ほうら」
「やった!」
供の者がこっそり隠していた剣を渡された。すぐに振ってみたいけれど、重さだけ楽しんで、私はおじいさまの手を引っ張った。
「さ、寝ているリアを見に行きましょう。寝ていてもかわいいから」
「そうなのか」
「そもそもどうして遅くなったのですか?」
「リア用にとラグ竜を連れて来たのだが、これが言うことを聞かなくてな」
それは危ない。
「リアはその、ちょっと動きが鈍いから、乱暴なラグ竜は危ないかもです」
「まあ、会わせてみれば相性もわかるだろう」
危なければだめだと思いながら、私は早く早くとおじいさまを二階にせかすのだった。早くリアに会わせたかったから。
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