半分こと半分こ(ルーク視点)
「フェリシア、子どもたちは放っておいて大丈夫ですよ」
「でも、クリスはやんちゃで何をするかわからないところがあるから」
クリスについて行こうとしたフェリシアをマークが優しく止めている。フェリシアとクリスティンは、私とリアのように、ちょうど10歳、いや、11歳ほど年の離れた姉妹だ。今まで全く興味がなかったので、顔見知り程度だったが、よく考えたらリアの遊び相手にちょうどいい年頃ではないか。
殿下の時と同じ、難しい子どもだと聞いていたが、今のところそれほど問題なく過ごしているし。しかし私は何もしていないのに、ギルにとがめられた。
「ルーク、お前もだ。護衛もたくさんついて行ったし、庭師も見てる。大丈夫だ」
「しかしリアがオレンジを採るという、そんなかわいい姿を見逃す手はありませんよ」
リアは自分で思っているよりかなりその、動けないので、採れなくて困っているに決まっている。そこで優しく、「兄さまが手伝いましょうか」と言って登場するのだ。しかしギルが止めてくる。
「それにお前、一応主人だからな。俺たちをもてなせ」
「もてなせって、ギル」
あきれる私にギルはにやりとした。
「ちびどもが戻ってきたら絶対おやつを寄こせと騒ぎ始めるだろ。準備しておこうぜ」
はっと部屋を見ると、ナタリーが筆頭で、軽食とおやつが用意され始めていた。
「パーティではあまり食べられなかったから、ゆっくり腰かけて何かいただこうかな。オールバンス家の料理人は有名だから」
マークの一声でみんなそれぞれ席に落ち着いた。私はそれでも少し温室を気にしていた。
「それにしても、オールバンスの溺愛ぶりは想像以上だな」
マークがくすくすと笑っている。
「あれほど愛らしい妹がいたら、かわいがらずにはいられませんよ」
「そういうことを言うのが一番照れくさい年頃だろうに」
「そんなこと言って遠ざけていたら、リアはあっという間に大きくなってしまいますからね」
くすくすと笑うマークに私は力説した。すでに半年以上離れて過ごしたのだ。これ以上無駄にしたくない。
「うちのお母様もそれに気が付いてくれればいいのだけれど。クリスはあっという間に大きくなってしまうわ」
フェリシアがその優しい顔を曇らせた。私達は何とも言えなかった。レミントンは四侯の瞳を持つフェリシアが生まれ、その瞳どおり大きな魔力を持つことがわかると、それで次代には何の憂いもなくなった。当代のアンジェ様のように、女性が当主でも、結界を維持できるだけの魔力が注げればそれでいいのだから。
しかしうちと同じく、二人目の子どもが生まれた。兄弟が何人生まれても四侯の瞳を持つものは普通一人しか出ない。だから、二人目の子どもが何色の目でもかまわないはずだった。むしろ翡翠の瞳が出たら跡目争いが起き、困ったことになっていたかもしれない。
生まれた子供の目は父親似だった。本来なら跡継ぎの重圧もなく愛を注がれるうらやましい立場である。しかしアンジェ様は、クリスの瞳の色が父親似だと知ると興味を失い、その子どもは放置されわがままに育っているという噂だ。
そういう意味では、アンジェ様はお父様に似ているのかもしれない。愛するお父様だが、幼いころにリアを放っておいて平気だったように、完璧な人ではない。むしろ何か欠けたところのある人だというのは最近わかってきた。だが私がリアの側にいるように、クリスの側にはフェリシアがいる。これは大きいことだ。
あれこれ思いめぐらせてはいたが、このように四侯の子どもが集まったのは初めてのことだ。案外気負いなく皆で談笑していると、小さい子どもたちが走って戻ってきた。
「にいしゃま! おれんじ!」
大きな果物を二つ両手で抱えてよちよち歩いてくるリアのなんと愛らしいことか。おっと、すたすた歩いているとも。
「ひとちゅはにいしゃまにー、ひとちゅはおとうしゃまにー」
そう言ってオレンジをひとつずつ手渡してくれる。
「それではリアのオレンジはありませんよ?」
それを聞いて、ニコ殿下とクリスがハッとして手元のオレンジを見たのがおかしい。みんな自分の分を考えていなかったようだ。
「にいしゃまのおれんじ、りあとはんぶんこ。なかよち」
「リアとはんぶんこ、いいですね」
「おとうしゃまのおれんじも、りあとはんぶんこ」
「それはまた……」
そうしたらリアだけ丸々一個分のオレンジを食べられるというわけである。食いしん坊のリアらしい、かわいい考え方だ。
「リア、おまえ、それはいいかんがえだな」
「なかなかやるわね」
ニコ殿下とクリスが感心している。しかし、部屋の他の面々はあるものはうつむき、あるものはお腹を押さえ、大変苦しそうである。リアが胸を張る。
「とうぜんでしゅ! りあがとりまちた」
「いや、りあはひろっただけ……」
すかさずニコ殿下が何かを言いかけるが、リアがさえぎった。
「おうえんちてまちた!」
なるほど、どうやってオレンジを採ったのか目に浮かぶようだ。珍しい果物ではあるが、温室を持つ家ならどこででも食べられる果物であり、町でも売っている。おそらく皆自分の家でもよく食べているだろうに、自分で採ったものは格別なのだろう。
「オレンジは後でお父様と一緒にいただきましょう。さ、ナタリーがおやつを用意してくれましたよ」
「おやちゅ! にこ! くりしゅ!」
リアの目の色が変わって、殿下とクリスを誘ってさっそく席についている。
「ねえ、ルーク」
「なんでしょう、フェリシア」
「リアはニコラス殿下の遊び相手だというけれど、実際のところどうなのかしら」
おしゃべりしながらおやつを食べている三人を見ながらフェリシアが私に聞いてきた。
「午前中は一緒にお勉強、昼は別々、午後は遊び相手、という感じですね。毎日楽しそうに城に通っていますよ」
「ちゃんと勉強しているのね」
気になっていたのはそこなのか。
「私とギルも週一回ですが、先生として通っています」
「通っているとは聞いたけれど、先生? 何を教えているの?」
「魔力操作です」
このくらいは言ってもいいだろう。
「そうなの。魔力操作」
何かそわそわしている。
「オールバンスは王家に取り入ったりする貴族ではないわ。むしろ距離を置いているくらい」
おっと、微妙な話題が出てしまった。大人たちの思惑は、私たちにはかかわりたくないことだ。
「王家に少し近づきたいのは、レミントンくらいですね」
マークが子どもたちに聞こえないようにさりげなくそう言った。お父様がいたら、
「レミントンは王家に近付いて何とするのだ。うっとうしいだけではないか」
と切り捨ててしまっただろう。
「お母様は、王家に近付きたがらなかったオールバンスが、娘を殿下の遊び相手として差し出したことに少し焦っているようなの」
「差し出してはおりません。しぶしぶとです。理由は、リアが一人屋敷にいるより楽しいだろうからという一点のみですよ」
一応静かに訂正しておいた。
「そこよ。お母様のその焦っている気持ちを利用して、クリスを殿下の遊び相手に押し込めないかと思って」
私とマーク、それにギルも驚いてフェリシアを見た。アンジェ様はともかく、野心などかけらもなさそうなフェリシアの言うことだとは思えなかったからだ。
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