馬から落ちたら(竜だけど)
「いつもはお父様にぴったりと重なっていた魔力が、リアの魔力に押されて後ろに飛び出したように見えました」
「やはりそうか」
お父様は、そうかと言うように頷いた。私は自分の魔力を意識するので精いっぱいで、お父様が驚いたような顔をして倒れていく姿しか記憶に残っていない。
「ふえ、えっ」
思い出したらまた泣きそうになった。
「リア、大丈夫、本当に大丈夫だから」
「あ、あい」
私はお父様の膝に顔を押し付けた。お父様の手が私の頭をなでる。
「リアにはつらい思いをさせたな。そう、まるで平手で体を叩かれたような感じで、まず魔力が後ろにはじかれ、それにつられるように体が後ろへと倒れていった」
お父様は静かにそう分析した。
「痛くはなかった。しかし衝撃はあった。魔力を持っているものは、魔力への干渉に体も何らかの形で影響されるということがこれでわかったな」
そう言って私と兄さまをぽんぽんとした。そうしてこう言った。
「さて、リア、それではもう一度やってみようか」
私はガバリと顔を起こした。
「いやでしゅ! おとうしゃま、またたおれりゅ!」
「そうです! お父様だけでなく、リアにもつらいことなのですよ!」
兄さまも必死で止めた。
「いいや、リア。さっきリアは、魔力が届かないかもと不安に思い、私に魔力を強く叩きつけただろう」
「あい」
結界を作るより強く魔力を出したと思う。
「では、今度は前にではなく、結界を作るように、静かに小さく周りに魔力を出してごらん」
「それなら私が!」
「ルーク。もちろんルークも後でやろう。しかし今はリアだ。リア」
お父様は真剣に私の目を見た。
「今やらなければ、リアはこれから魔力を使うのが怖くなってしまうよ。ラグ竜の頭にもよじ登れたリアだ。できるな」
落馬したものは、すぐに馬に乗れ。そういうことだ。この世界では馬ではなく、竜だとしても。
自分に魔力があったことで、私は辺境でも生き延びることができた。これから魔力が役に立つ機会はなくても、あるものを捨て去るべきではない。怖くても逃げてはいけないのだ。私は顔を上げた。
「あい、やりましゅ」
「リア!」
私はお父様から少し離れ、さっきのようにお父様と向き合った。それを見て、兄さまがあきらめたように私の後ろに回り、そっと寄り掛からせてくれた。
「魔力をぶつけるのではなく、私のことも、魔力で包みこむと考えましょう」
「あい」
優しく、柔らかく、小さく。兄さまを包み込むようにふわっと魔力を出していく。
「なるほど、これは」
「ああ、優しく響くな、リア。もういいぞ」
私は怖くてつぶっていた目を開けた。
「いたい、ちなかった?」
お父様は優しい目をして頷いた。兄さまは頭をなでてくれている。
「大丈夫だ。リアはどうだった?」
「まりょく、あたって、ゆらゆらちた」
「父様も同じだ。私たちの魔力が近しいせいかもしれないが、魔力は互いに干渉しあうということが分かっただけでも、収穫だったな」
満足そうに頷いた。
「では次は私だ」
「ええ」
そうなると思ったよ、まったく。
お父様は、優しくしようと思っていたに違いないが、広がった魔力はやはり結構威力のあるものだった。私も兄さまも思わずのけぞったほどだ。
「ぱん、てちた」
「強い風が吹いたみたいでしたね!」
しかしこのくらいなら怖いこともない。兄さまの目もきらきらしている。
「おもちろーい」
「楽しいです! では次は私が!」
やはり兄さまは魔力の扱いが上手で、
「では指向性を持たせて、リアの腕だけとかどうでしょう」
「うひゃ! くしゅぐったい!」
こんなふうに最初の衝撃はともかく、楽しい一日となったのだった。しかし、そろそろ私は寝る時間だ。思わずあくびをしている私を見て、お父様が慌てたように言った。
「おっと遊びすぎたな。リアはそろそろ寝る時間だ」
「あい」
無理して夜更かしするより、たくさん寝て明日も元気に遊ぶ方がいい。
「きのぼり」
「明日よさそうな木をさがしてみましょうね」
「あい……」
一気に眠くなった私を兄さまが部屋に運んでくれた。
「おやしゅみなしゃい」
「はい、おやすみなさい」
兄さまのとんとんを数える間もなく、スーっと寝てしまった私だった。
★お父さま視点
「また私たちは余計なことをしてしまったな」
「面白いなと思ったら、ついやってしまうのがよくないと思います」
「我ら三人のうち、誰か一人がやめようと言えばよいのだが」
「誰も言わないんですよね」
何事にもたいして興味のない自分だと思っていた。ルークもどちらかと言うと自分からあれこれやりたいというほうではなかった。だからこそ、リアが来てからあれこれやってみたいと興味を持つ自分たちに驚いている。
「とにかく、リアを泣かせたのはまずかった」
「もう一度やらせる必要はあったのでしょうか」
ルークの言葉に静かに目をつぶる。
「つらいことの何もない、普通の幼児生活を送らせるなら、むしろこのまま魔力のことなど忘れさせてもよいのだ」
ルークという、優秀な跡取りがいる以上、リーリアには魔力がなくてもまったく構わないのだから。
「しかし、結果的には魔力があり、それを使いこなす意欲と好奇心があったからこそ、辺境で生き延びたのだ、リアは」
「そうですね」
ルークも頷いた。
「どんなことであれ萎縮してしまえば、屋敷に戻ってきたばかりのリアに戻ってしまうであろう。恐れ、好奇心を失ったリアはリアではない」
「どんなリアでもリアですよ。でも、いつものリアのほうが本人だって楽しいに決まっている」
下ばかり向いて、お利口にしているリアなどリアではない。何よりオールバンスではない。
「しかしこれ以上、王家に面白がって利用されるのは困る。ランバート殿下には、私が直接魔力を流す経験をさせよう」
「お手柔らかにですよ。ランバート殿下はともかく、ニコラス殿下のおかげでリアは元気になったのですから」
あいつには少々きつくてもいいのではないかと思う。しかし、それどころではなく、そろそろ考えなければならないことがある。
「そう言えば、今年のルークの12歳の誕生日と、リアの2歳の誕生日をまとめてやろうと思うのだが、どうだろうか」
一歳のお披露目をしなかったことが裏目に出たように思う。ここで、オールバンスにかわいい娘ありと、貴族社会にお披露目をしておいた方がいいだろう。
「かまいませんよ。リアの可愛らしさと、オールバンスがいかにリアを大事にしているかを見せる必要があると思います」
ルークも分かっている。辺境でリアをさらおうとしたものの正体は見当が付いた。しかし、それと王都での誘拐を結びつける証拠も理由もない。未だに犯人は分からないままだ。
「またさらうという理由はないはずだが、そもそもなぜさらわれたのかもわかっておらぬ。しかし、王家と近しい子どもをさらったら、今回は国をあげての大騒ぎになる。隠すより、前に出す」
「本当はうちだけのリアでいて欲しいのですが」
その通りだ。それでも王子の遊び相手を受けた時から、もう隠すという選択肢は消えた。オールバンスの1人として、認識させる。それが当座の目標となるのだ。
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