自由に生きられたら(お父様視点)
「披露目に出したくなかったわけが分かった。あれは狙われるな」
スタンがリアを見てそう言ったが、その言葉にいらだちが募る。
「すでにあちこちから婚約の申し入れが来ている。うちが淡紫を外に出すと思うのか、まったく」
「しかし優秀だと評判のルークがいてオールバンス家は安泰だからな。むしろ血を引くものが二人いては争うもとになると考える者もいる。それに、少しでも自分の血筋に淡紫の可能性を入れたいのであろうよ」
私は思わずちっと舌打ちをした。この国の者は、貴族に限らず一歳の誕生日を盛大に祝う。貴族だとそれが貴族社会へのひとまずの披露目となる。しかしリーリアの披露目はしなかった。なぜか。それは一歳になる間際の事件のせいだ。
我ら貴族は、生まれた時から魔力があるが、最初は小さいうえに安定せず、成長するにしたがって魔力も大きく、安定したものになっていく。
そのため、魔力の安定する10歳ころになるまで魔力を使いこなすことは難しいので、訓練も始めないことになっている。
しかし、私がついこの間城から戻ると、セバスが待ち構えていて、
「リーリア様が灯り用の魔石に魔力を入れてしまいました」
と報告してきた。
「リアは! 無事か!」
私は青くなってそう問いただした。灯り用の魔石は小さいとはいえ、それなりに魔力を吸い込む。魔力循環を習い始めの10歳児でさえ、半分ほど使用した灯り用の魔石を訓練に使うのだ。からっぽの魔石を使ったら倒れる者も出てくるほどだ。
「無事でございます。それに、これを」
セバスが差し出したのは、見事に魔力が充填された魔石だった。
「リアが一人でこれを?」
「はい。しかもあと2、3個はいけそうな勢いでした」
「とんでもない!」
あの愛らしさだけでなく、力の強さまで知られたら、危険を冒してでも欲しがるものも出てくるだろう。下級貴族では最近誘拐されるものがちらほらいるらしいとも聞いた。私は決めた。
「披露目はやめよう」
「それがよろしいかと。なるべく外部とは接しないほうが」
セバスも頷いた。大切な娘だ。見せる必要などないだろうと決めたのがリアが一歳になる直前だった。
それにしても、スタンの話は胸糞悪い。
「仮にリーリアを嫁にとり、淡紫が一族に出たとて何とする。地位と金の代わりに、一生強いられる奉仕と束縛だぞ。しかも貴族ならなぜ我ら高位の貴族に短命のモノが多いのか知らぬわけでもなかろう」
「自分たちのために、働いてくれるものが出ればいいということなんだろうよ」
「そのおこぼれにあずかるということか」
最初の妻がそうだった。お互い好きになれぬものを、家格が釣り合うからという理由だけで結婚して、ルークを産んだことで安定した地位を手に入れた。ろくに面倒を見もしない母親だとしてもだ。結局気が合わず離婚する羽目になった。それでも、この先一生困ることはない。
「ダイアナのことは忘れろよ。あれは誰と結婚してもうまくいくやつじゃねえよ」
「今の今まで思い出しもしなかったよ。それよりお前の父親の隠し子はどうなった」
スタンは首を振った。リスバーン家のスタンは学院からの数少ない親友の一人だが、こいつはこいつで厄介な家の事情を抱えている。
「死ぬ間際に言うんじゃねえって感じだろ」
そして面倒くさそうに肩をすくめた。二年ほど前、父親が亡くなる間際に、隠し子がいたこと、その子がリスバーンの夏青の瞳を持っていたことをやっと白状したのだ。
「まだ見つからない。もしかすると、これだけ探してもいないとなると、とっくにキングダムを出てるのかもしれないと思い始めた」
「まさか、辺境区にか!」
「ほかにどう考えようがある。辺境区と呼ばれてはいるが、いくつもの自治区に分かれているし、この国の数倍は人口があるんだぜ」
「だが」
「ああ、キングダムで育ったものが生きていくには厳しい国だと聞いている。だが、辺境がそうだからこそ魔石も産出するのだし、結界を維持できているともいえる」
言われなくてもわかっている。
この国は人族と普通の生き物の他に、虚族という実体のない生き物がいて、それが人族の繁栄を阻んでいた。虚族は普通の生き物のような姿かたちをしているが、人とは違う理で生きており、虚族以外の生き物の生気を吸い取ることで姿を維持しているらしい。
その体は切っても肉はなく、ただ特殊な金属でその身を切り裂くことができ、亡骸は魔石として収縮する。それは人の持っている魔力を注ぐとエネルギーを生じ、物を動かす動力となる。
人を殺しもし生活を便利にもする厄介な隣人として長年イヤイヤながらも共存してきた人族と虚族だが、ある時を境に虚族の数が少しずつ増え始め、人族にとって脅威になった。その時に開発されたのが虚族を寄せ付けない結界である。
その結界には虚族の亡骸である魔石を使う。何とも気持ちの悪い関係ではあったが、小さい結界の開発から100年ほどたち、人族はついに一国を覆うほどの結界を作ることに成功した。しかし、小さい結界を張るのにですら大きな魔力が必要となる。
「しかし、それには大量の魔力が必要。その魔力が大きいのが今の王家と四侯爵、そして貴族階級ということだな」
「改めてどうした」
「いや、結局その結界に入りきれないやつらは結界の外縁部で暮らすしかなく、また都市機能を維持するためにはやはり虚族を殺し続けるしかないという業のことをな」
終わらないせめぎ合い。結界を張るだけでなく、虚族の魔石は生活に浸透しすぎた。身を守るためだけでなく、生活のためにも虚族を殺す。その業の深さをだ。
「虚族が感情を持っているとか、社会を作っていると聞いたこともない。あれは単なる動く自然現象だ。そう割り切るべきだ」
「そうだな」
いずれにしろ、結界の中で暮らしている自分たちはその虚族というものを見たことさえないのだが。
結界の中には守るべき女子供や技術者などが入れられ、虚族を狩る力のあるものは外で戦う。それがいつの間にか結界を維持する力のあるものが特権階級になり、魔力のないものが外縁部へと追いやられるそんな世界に変わっていった。
「歴史は今のモノに都合よく解釈される。魔力があるから優遇されて当然と思うのもどうかと思うが、昔はよかったと思い込むのも同じくらいおろかだぞ、ディーン」
「わかっている」
わかってはいる。しかし結界を守るために王都へと縛り付けられている自分を幸せだと思うことはないだろう。
「できるならルークにもリアにも、自分のやりたいことを自由にやらせてやりたいものだが」
「この国が手放すわけがないだろうな。俺の弟も」
スタンは見えない結界に覆われているはずの空を見上げた。
「見つからないほうが幸せなんだろうな」
「孫のギルより幼い息子か。お前の親父は本当に女にはだらしなかったな」
「消息の分かっているものは全部息子の俺が保護して世話しているけどな。リスバーン家の瞳を継いだものだけ行方不明だ」
「賢い母親だったんだろう」
「ああ、そうかもしれないな。父から逃げたくらいだからな」
俺とスタンは、庭でリアと遊ぶそれぞれの息子を眺めた。侯爵家に生まれた以上、命に執着もなかったが、今はこの風景をいつまでも見ていたいと思う。