ep.08 其の男、独白
今回は静香の独白のみとなっております。
独白故文法や表現が可笑しな場合があります。
ご了承ください。
その後どうなったかと言えば端的に言って帰宅した。
別にキャパシティを超えたから逃走したのではない。
完全下校時間と言う絶対の理によって帰宅するという選択肢しかなかったのだ。
では帰り道に話そうかと思ったかと問われればそんなことはない。
僕は相原先輩にHPもMPも削られてしまったし、相原先輩自身渾身の自爆をして回復しきっていないだろう。
今こうしてある程度思考に沈むことができているのだから自分で言うのも変だが中々図太い神経をしているらしい。
さて課題は自宅に持ち帰る趣味はないので、歩幅を緩めながらゆっくりと帰路についている。
そして目下の問題と言えば最後の最後で投下されたあの爆弾だろう。
彼女の言を借りて話すならばどうやら僕に好意を抱いているらしい。
はてさてどうだろうか。
僕から見て相原先輩は実に尊敬できる人物だ。
性格は非常に数奇だが頭の回転は非常に速く、級友では首を傾げる話でも拾ってくれて非生産的な話を有意義に過ごさせてくれる。
今日は僕のメンタルを布切れにしてくれたが普段は周囲のことを考えて決して人が不愉快になるような発言はしない。
故に今日の言動は非常に理解し難いものだった。
これまでも様々な角度から揶揄ってくることは幾度となくあった。
そしてそれは仕方のない人だ、と思える程度には気にしなかった。
例えば今日の言が全て僕を揶揄うための謀略だったとすれば、僕は彼女の評価を少し下方修正しなければいけなくなる。
もし彼女が普段から口上で僕に対する好意というのを述べていれば、冗談だと一蹴できただろう。
しかし少なくとも僕の知っている相原縁という人物は机上の人物の心情を仮定するようなことはしても、実在の人物の心情を面白おかしく茶化すような人間でない。
ならば考えられる他の選択肢としては彼女が本当に僕に対して男女交際の要求を申し出てきた、ということだろう。
まぁ先輩も高校二年生という恋愛を意識しても可笑しくはない年齢になる。
先輩は軍記・戦記・戯曲・SF・古典・群像劇など多種の本に手に取ってきた様子だ。
もしかしたらたまたま気に入った作品が恋愛もので、ある程度会話と趣味の合う異性が同じ部活に所属しており手頃な所で済ませようと思ったのかもしれない。
或いは自分の未知の分野であり、より深い登場人物に対するトレースを求めてその行動をなぞらえてみたのかもしれない。
ふむ。
そう考えてみると先輩の今日行った行動の一貫性の無さにも納得がいく。
少なくともはっきりしているのは今日の行動は実に先輩らしくないということだ。
ある種、一定の行動をプログラムされたオートマタのような先輩が動作不良を起こしたとは考えにくい。
なるほど。
ならばこの一連の不規則な行動に対してある程度の納得できるロジカルな弁論が立つというものではないか。
さて。
正誤は脇に置いて明日以降に答え合わせをするとしても課題を終わらせたのだ。
歩幅を戻して早く帰宅しよう。
そう考えて足が止まった。
果たして本当にたった今決定づけた結論は正しいのだろうか。
言うなれば今僕が行った行為と言うのは答案を見てそこから途中式を導き出したものだ。
僕はそれを厚顔にも提出するということができるのだろうか。
いや、だが。
一定の労力を惜しまず出した結論なのだから例えそれが間違っていたとしても非難されることはないだろう。
僕は今自分に出来る最大の努力を行ったのだ。
仮にその答えが間違っていたとしても誰も僕のことを責めたてる筈がない。
これは言うなれば僕と先輩の問題であり、別の誰かが今の僕を責めることは筋違いなのだ。
つまり僕は導き出した答えに自信を持っていいはずなのだ。
そんなことを延々と考えているといつの間にか見慣れた玄関が目の前に合った。
僕は人生で初めて課題を家に持ち帰るという愚行を犯してしまったのだ。
次回は妹琴音が登場します。
ウジウジする兄が切り捨てられます。