天子降臨
二日目の朝・・。
昨日は寝るのが早かったのでまだ暗いうちに目が覚めてしまった。叔父さんも起きていたのでボソボソと二人で話をしていたら、テントの向こうが薄っすらと明るくなっていくのがわかった。
「日が昇って来たな。起きるか。」
「うん。叔父さん、そう言えば時間って地球と一緒なの?」
「ああ。時計を見る限りあんまり違わないと思うけど・・。何日かしてみないとまだはっきりとはわからないな。」
「ふぅん。一緒だと計算がめんどくさくなくていいね。」
二人で湖まで行って顔を洗う。まだ日に照らされていない水は冷たくて一気に目が覚めた。白い樹に止まっているホウを見上げると、まだ目を閉じて眠っているようだった。
湖の向こうが朝焼けに染まっている。太陽が顔を出したばかりの清涼な空気が私たちを包んでいた。思わず深呼吸をしてラジオ体操をするみたいに身体をストレッチする。
「気持ちいいね。」
「ああ。こういう気分は久しぶりだな。」
交代でテントに入り服を着替えて朝の支度をする。
私が昨日仕掛けたパン種を分割、整形していると、叔父さんはお湯を沸かしてくれた。
「ちょっとベンチタイムでパン種を休めてるから、この布をめくらないでね。」
「わかった。」
私がサラミやジャムを取ってこようと腰を上げたところで、ホウが大きな鳴き声をあげた。
私と叔父さんが顔をあげると、そこには一人の青年が立っていた。薄水色の神主さんのような着物を着ている。髪は濃紺でポニーテールのようにまとめて紐で縛ってある。手には蔦で編んだような籠をぶら下げていた。
いつの間に来たんだろう。
「御心深き天子さま、朝のご挨拶を申し上げます。」
朗々と響く声でその青年は日本語を話した。
「・・・日本語だね。」
「ああ。」
「おはようございます。朝餉の材料を持ってまいりました。どうかこれをお使いください。」
その青年は持っていた籠を捧げ持って近づいて来ると、私達の前へ片膝をついた。
「あ、ありがと。」
勢いに押されて籠を受け取って中を見る。卵やクッキングシートのようなつるつるした紙に挟まれたソーセージ、それにトマト、レタスが入っていた。
「未希、ちょっと待て。えーと、君は誰なんだい?どうして僕たちがここにいることを知ってるの?それにさっき言ったテンシって何?」
「失礼しました。我が名はアサギリ。昨夜、湖の対岸に灯火の瞬きを見て、天子さまの降臨を知りました。千年の時を経て再び天子さまのお世話をさせて頂く喜びに使徒の村は湧きたっています。」
「・・・・・・・・。」
「天使って、私たちの事?でも羽なんかないよ。ほらっ。」
私がアサギリさんに背中を見せる。アサギリさんは戸惑ったようだったが漢字の違いを教えてくれた。
「私が申しましたのは、天の子で天子です。天の使いの天使ではありません。」
「うーん。なんか突っ込みどころ満載の話だな。もっと詳しく話を聞きたいんだけど・・。天子の降臨とか千年とか使徒の村とか、訳がわからん。」
「朝餉の後で村長の家に案内させて頂きます。そちらで詳しいことをお尋ねください。」
アサギリさんはそう言うと「御前失礼します。」と立ち上がって去って行った。
「なんだありゃあ。」
「まぁいいじゃん。後で教えてくれるって言ってたし。それよりこれだけあったら豪華朝ごはんが作れるよ。」
私たちはアサギリさんの持って来たもので洋食の朝ごはんプレートを作った。叔父さんがインスタントのコーンスープとお茶を用意してくれて、私がフライパンでパンを焼いたので家で食べるのと変わらない朝食を食べることが出来た。
「早く起きてお腹が空いてたから美味しいね。」
「ああ。しかしあの男の物の言い方は時代錯誤な感じなのに、持って来たものは現代風の食材だろ。それに天子とは・・・。なんか違和感ありまくりだよな。」
朝ごはんの片付けをして、テントをたたんでいるとアサギリさんがまたやって来た。今度は一人ではない。後ろに同じ濃紺の髪の女性を伴っていた。その女性は薄ピンク色の巫女さんのような着物姿だった。
「先程は失礼しました。私と同じ天子さまの従者に選出されております妹のサラでございます。どうぞお見知りおきください。」
アサギリさんが後方にいた女性を前に押し出す。
「サラと申します。未希さま付きのお世話をさせて頂きます。よろしくお願いします。」
「よ・・ろしく・・あれ?どうして名前を知ってるんですか?」
「予言がありました。」
「はぁ・・・。」
アサギリさんが「征四郎さま、未希さま。とにかく参りましょう。」と言うのでリュックサックを背負おうとしたら「それは私どもがっ。」と言って二人に荷物を取り上げられてしまった。
叔父さんと顔を見合わせたが、もうなるようにしかならないと腹をくくることにした。
着物を着た二人がリュックサックを背負っているのは何だか合わない感じがしたけれど、二人ともちょっと嬉しそうな顔をしていたので何も言わなかった。
湖を回って対岸へ歩いて行く道々、叔父さんが二人に詳しい話を聞こうとしたが「村長が話しますから。」と言って何も答えてはもらえなかった。ホウは案内人がいることで安心したのか、私たちより先に湖の上を対岸の方へ飛んで行ってしまった。
「ホウが何も言わないってことは、これは予定の範囲のことなんじゃない?」
「そうだな。流れに身を任せるしかないな。ケ・セラ・セラだ。」
「あ、それお母さんがよく言う言葉だね。」
「ケ・セラ・セラ、なるようになるさだろ。これはうちの母さんの口癖だからな。」
「そうか、おばあちゃんから来てるのか。フフッ、筋金入りだ。家訓なのかな?」
私たちは、どうでもいいことを話しながらアサギリさんとサラさんの後をついて行った。
使徒の村、どんなところなんでしょう。