帰還
元の世界へ帰ります。
天子の森の洞窟までは半日もかからなかった。でも御所に寄って来たので、日差しはもう西に傾いている。秋の薄日が洞窟の入り口をぼんやりと照らしていた。
洞窟の入り口近くの岩棚には、いつかのようにホウがとまって待っていてくれた。
「先に来てたのね、ホウ。」
「ホウ!」
ホウは私たちを見ると羽をばたつかせて、案内するように洞窟の中に入って行く。
「大きな洞窟だね。」
キリ君は恐る恐る中を覗き込んでいる。少し怖いのかもしれない。
「天珠の森で使う移動呪文があるでしょ。あれを使うのよ。」
「あの【マカオノラ ホクホケイ ラルート】だね。」
「そう、それっ。たぶん転移しやすい位置があるんだと思う。ホウの行った方へ行こうか、キリ君。」
「おう。」
ホウが地面に降りて私たちを待っていたので抱き上げると、フクロウの姿からあっという間に予言書の形に変身した。
「わわっ、なんだ?!このフクロウはこんなことが出来たのかっ。」
「初めて見ると驚くよねー。」
キリ君の驚いている姿が、いつかの叔父さんの姿と重なった。後ろ髪を引かれる思いとはこういうことを言うんだね。
「この予言書の両端を持って呪文を唱えるの。手も繋いでおく?」
「うん。なんかあったら困るからな。」
叔父さんとここに来た時にしていたように、キリ君と手を繋いで予言書を持って、お互いに目を見合わせて頷き合った。
「せーのっ!「【マカオノラ ホクホケイ ラルート】」」
あの花の香りがだんだんと濃くなってきて、目もくらむような眩しい光に包まれたかと思うと、次の瞬間には、むわっとしたかび臭くて埃っぽい空気に包まれた。
目を開けてみる。何だか暗い。しばらくすると暗闇に目が慣れて来た。
「・・・あれ?テーブルや三段ボックスがない。」
違う場所に転移してしまったのだろうか? でも洞窟の大きさは秘密基地を思わせる。
「洞窟の入り口が板で塞がれてるよ。」
キリ君に言われて見てみると、三か月前にはなかった板が立て掛けられている。押してみたけれど動かない。
「どうしよう。閉じ込められちゃった。」
二人で相談して、爆破を使ってみることにした。まだ使えたらいいんだけど・・・。
「【爆破!】」
ドッガーン!
キリ君が神使いの術を使うと、入り口をふさいでいた重そうな板が木っ端みじんになって外へ吹っ飛んでいった。
明るくなった洞窟や外の様子を見ると、もとの世界に戻って来た事がわかる。たった三か月だけど懐かしい景色だ。
でも、どうして板で塞がれたのかしら? 南ちゃんたちは私たちが帰って来るのがわかっているハズなのに・・・。
外に出ると夏の午後の強い日差しが木漏れ日を通してチラチラしている。秋の異世界から、夏の元の世界に戻って来たんだなぁということがよくわかる。
でも今は8月になったばかり? 1年後が8月22日ということは、ええっと三か月向こうで過ごしたんだから、こっちの日付に換算すると7.9日だから・・・あらまだ7月28日か29日ぐらいなのかな?
なんか変な感じ。まあ、夏休みの宿題も全部できてないから、余裕があるのは嬉しいことか。
私はキリ君を案内して、家までぶらぶら歩いて行った。キリ君は帽子を持って来ていなかったので、手拭いを頭に引っ掛けている。ちょっと怪しいお兄さんだ。これが天樹国の桐人殿下だと思うと笑えてくる。
家の玄関の扉を開けて、中に向かって「ただいまー。」と声をかけた。
するとものすごい足音がして、座敷から10人以上の人が飛び出してきた。
「どーしたの? 親戚中で集まって。今日なんかあったっけ?」
ええっーと、7月30日だったらおばあちゃんの誕生日なんだけどなぁ・・・。と私が考えていたら、大きい叔父さんに頭の上から怒鳴られた。
「ばっ、馬鹿野郎!!未希っ、いったいどこへ行ってたんだっ。皆をこんなに心配させてっ。征四郎はどこだ? あいつめ、目にもの見せてくれるっ。」
・・・もう8月22日に帰って来るって言っておいたのに、お母さんったら親戚中に触れ回ったのね。征四郎叔父さん、ここにいなくて良かったかも。大きい叔父さんは体育会系だから、声が大きいのよねー。
私は首をすくめながら、しぶしぶ答えた。
「征四郎叔父さんはあっちに残るっていうから、私とキリ君とで帰って来たの。あ、キリ君入って。」
玄関を入りかけたところで叔父さんに怒鳴られたので、キリ君もびっくりして扉を支えたままで固まっていた。キリ君が私の隣に来たので、私もみんなに紹介する。
「この人は天樹国の桐人殿下。こっちの世界で言うと皇太子様っていう感じかな。征四郎叔父さんの代わりにこっちに一緒に来てくれたの。よろしくお願いします。」
「桐人と申します。よろしくお願いします。」
キリ君も頭にかぶっていた手拭いを取って、私と一緒に深々と頭を下げた。
そんな私たち二人を皆は口をあんぐりと開けて見ていた。最初に我に返ったのがうちのお父さんだった。
「未希、それに・・桐人くん? まぁ、家にあがりなさい。どうも説明してもらわなければ理解できそうにない。座って話そう。ね、雄一郎さんたちも皆も。」
お父さんがそう言って皆を座敷に促したので、私とキリ君も皆に続いて座敷に入って行った。するとおばあちゃんが手を合わせて拝んでいて、その側に歩いて行ったお母さんがおばあちゃんに抱きついて声をあげて泣いていた。
・・・なんかものすごく心配かけてたみたい。
申し訳なくて、美佐子伯母ちゃんが持って来てくれた座布団にキリ君と二人でちんまりと座る。
キョロキョロと見廻してみると、法事のように親戚中が集まっているのがわかった。
お母さんのすぐ下の弟の雄一郎叔父さん夫婦、その子どもで従兄弟の達也と智也。次男の恒次叔父さん夫婦、その子ども達3人。お父さんの姉の美佐子伯母ちゃん夫婦。と総勢15人だ。
泣き止んだお母さんをお父さんが私たちの所へ連れて来た。弟の晴信も後ろをついて来ている。
お母さんが今度は私に抱きついてきたので、しばらくお母さんの背中をさする。私の目にも涙が湧いてきた。
「お母さん、ごめんね。こんなに皆に心配かけてるとは思ってなかったの。夏休みのちょっとした冒険のつもりだったし。まだこっちでは1週間しか経ってないから、ここまで大事になってるなんて思ってもみなかったよ。」
私が泣き泣きそう言うと、お父さんがびっくりしたように私に尋ねる。
「未希、いま1週間って言ったか?! いったいお前は今日が何日だと思ってるんだ?」
あれ?計算ミスしてたかな?
「うーんと、暗算が違ってた? 7月28日ぐらいじゃないの?」
「未希が言いたいのは、2014年の7月28日か?」
「え、違うの?」
「はぁ~。今日は2017年の8月22日だ。お前たちは3年間行方不明だったんだよ。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・?
「えええっーーーーーーーーーっ!! 何それーーーーっ?!」
なんかとんでもないことになっていた。
でも理解が追い付かない。???一体どういうことなんだろう?
なんか想像していたのと違ってましたね。
私も計算が・・・。
32日÷12か月×3か月=7.9999日だと思っていたけど・・・。まる3年経ってた。(驚)