沼田村の談判
馬車が止められましたが・・。
村の公会堂へ通されて、キリ君と私たちは村長さんの話を聞くことになった。村長さんの側には村の長老と若い逞しい男が控えている。
「旅の途中にお呼びたてして申し訳ありやせん。わたしゃあ沼田村の村長をしておりますヒロシといいます。そこにいるカズマの従兄弟です。」
へー、この人がカズマの親戚なのか。あんまり似てないね。
「そうですか。それで話しとはいったい何でしょう。」
キリ君も淡々と話を進めていく。
「そのう、都のほうで鉄道をここいらに通すっちゅう話があるそうだけんど。」
「ああ、ちょうど沼田村の東の地区を通る予定だ。」
「そりゃあ、もう決まったことかね? できたらそのう、止めて欲しいんだけんど。」
村長は遠慮がちではあるが、側に座っている二人に勇気づけられながら、キリ君に向かってハッキリ言った。
「ヒロシ兄さん、これはもう決まったことだろう。南家の方から今年の米の収穫後には工事に着工する予定だと聞いてるぞ。」
あまりに唐突な話だったので、カズマがみかねて口を出した。
「待て、カズマ。村長、どういう理由で工事に反対するのか教えてくれないか?土地の買い上げには充分な金も支払う予定だと聞いているが・・。」
村長さんたちは三人で顔を見合わせて、それでも言うことに決めたらしい。
「金は・・一時的なもんだ。土地があればずっと食っていける。百姓にとっては土地がすべてだ。他のもんにゃあ変えられねぇ。今度の事でも南家の当主様からの一方的なお達しで、わしらの意見は一度も聞いてもらえなんだ。どうか、どうか、桐人殿下のお力で当主様に鉄道なんてぇ事業は止めてもらえるように言ってもらえねえだか?」
南家の南枝さん、これ根回しが全然できてないじゃないの・・・。
キリ君とカズマも困って顔を見合わせている。
「これは南家と天樹国だけの話じゃないんだ。エメンタル共和国諸州との条約にも関わってくる。ヒロシ兄さんたちにはわからないかも知れないが、この鉄道工事が上手くいかないと国際問題にもなるんだ。」
カズマにいきなり国際問題と言われても、村長さんたちにはピンとこないようだ。
私も口を挟むのは余計な事かもしれないとは思ったけれど、思わず聞いてしまった。
「あのう、ちょっと聞いてもいい?ここら辺りで一番近い駅はどこになるの?」
「沼田村に駅が出来る予定だよ。この街道と交わる場所だからね。」
キリ君の話に安心した。
「なあんだ。そんないい条件なら、鉄道を通してもらったほうがいいですよ。」
公会堂に座っていた全員が、私が何を言い出したのかと見ている。
「私の世界の歴史では、鉄道が通った時に一番栄えたのは駅の周りです。駅には人が大勢集まります。宿屋や食堂やいろいろな店なんかもそんな人の流れに合わせて出来るんです。ここに駅が出来たら、いずれ利伊里町よりここの村の方が大きくなるでしょうね。村の中でも食べ物の消費量が増えるでしょうが、農作物も鉄道に運んでもらうことで、新鮮なものが遠くまで届けられるようになります。米だけではなくて野菜も売れるようになるでしょうね。」
私がそんなことを次々に話していると、若い村の衆が私に尋ねて来た。
「天子さま、そんな夢みてぇな話があるんでしょうか。」
「もし鉄道が通ったら、夢じゃなくて現実になると思うわよ。ただ、ここの村の人たちが考え方を変えられないって言うんなら、他の村に線路をずらしてもらったらいいんじゃない?その方が他の村の人たちも喜ぶかもしれないし・・。隣村にずらしてもらえばそんなに距離も変わらないんじゃない?」
「ちょ、ちょっと待ってくだせぇ。後で村のもんと話し合ってもう一度どうするかお伝えしますんで。」
村長さんが慌てて私の話を遮った。
「話し合いをするのなら、南家の人間を後でここに寄越すようにする。後は南家と話し合ってみてくれ。」
キリ君は村長にそう言うと、腰をあげてさっさと公会堂を出て行った。
私たちもキリ君に続いて馬車に乗る。
馬車が動き出すとキリ君とカズマが溜息をついた。
「はぁ~、助かったよ未希。思いついたことを言ってくれて。」
「本当に、さすが天子さまです。機転の利いたお話しでした。」
「ちょっとちょっと二人ともっ。私の話はホラでもなんでもない本当の話なのよっ。」
これって小学生でもわかる経済学なんだけど。私以外の人たちは眉唾物と思っているみたいだ。
やっぱり異世界だね。ジョークやことわざだけじゃなくて常識も通じないよ。
憮然とした私の頭をキリ君がポンポンと叩いてくれる。
「そうすねるな。未希のお陰で皆助かったんだ。南家にはちゃんと動いてもらわないと困るな。こっちに視察に来ることにして良かったよ。」
キリ君は満足そうだったが、私としてはなんか消化不良の気分だった。ここに叔父さんがいてくれたらなぁ。私よりよっぽど口がたつのに。
途中で寄り道をしてしまったので、遅れがちだった行程が完璧に遅れてしまったようだ。もう一つ先の町に泊まる予定だったが、今夜は留萌町に泊まることになってしまった。
カズマが言うには、この町の周りでは野菜を作っている農家が多いらしい。
「今の時期でしたら秋ナスが美味しいかもしれません。」
「やったっ!秋ナス食べたいっ。丸焼きにしてやわらかぁーくなった剥きナスにお醤油を垂らして、鰹節をパラパラっとふって、熱々を食べるの。」
あー、考えてたらよだれが出て来た。
「未希は食べることが好きだな。」
「ムッ、キリ君の方が私よりよく食べるじゃないっ。」
「身体の大きさが違うだろっ。」
「私は育ちざかりなんですっ。」
私たちの言い合いを、サラがやれやれと言って首を振って見ている。
でもこの言い合いもリクリエーションなのよ。キリ君も私もわかってて言ってるところがある。なんか楽しいんだよね。イキイキするっていうか。
そんな私たちの馬車は、天樹国風の旅館に着いた。
旅館の畳部屋で寝るのは久しぶりだな。ジュネではずっとベッドだったし。
旅館の玄関に馬車が止まると、着物を着たシャキンとしたおかみさんが頭を下げて迎えてくれた。
何かここは、いい感じがする。長い間旅をしているとアタリの宿がわかるようになってきた。
ふふんちょっと、料理が楽しみだな。
うちにも採れたての秋ナスが・・。