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未来予言書を拾った女の子  作者: 秋野 木星
第五章 帰路
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南家領へ

天子集会が終わって・・。

 天子集会が終わりジュネを出立した私たちは、国境管理棟を出た所で二つのグループに分かれた。

ここから天樹国の知橋町(ちはしまち)へ行く道と、南家領の利伊里町(りいりちょう)に行く道が分かれるのだ。

叔父さんとカツラさんは、私たちが行きに通って来た道を通って先に都に帰ることになっている。

「未希、桐人の言う事をよく聞いて無理をするんじゃないぞ。」

ずっと一緒にいたので、叔父さんは私と離れるのが心配なようだ。ホテルを出てから同じことばかり言ってる。

「叔父さんこそ仕事をし過ぎて倒れないでよ。帰り道は、カツラさんのことを守ってあげてね。」

「おうっ、任せとけっ。南家の土産(みやげ)を忘れるなよ。」

「わかってる。地ビールでも探してみるよ。」

私がそう言うと、叔父さんはニヤリと笑った。ハイタッチしてそれぞれの馬車に戻る。

ちょっと寂しいけど、お互い仕事だからしょうがない。


叔父さんたちの馬車が出て行くのを見送って、私とキリ君も馬車の中に乗り込んだ。

「別れるというのは寂しいな。」

キリ君は馬車の席に落ち着くと、いつものように私の方に長い足を伸ばしてきた。

「しみじみしてるね、キリ君。」

「うん。他の国の人たちとも仲良くなったからなー。」

「賑やかないい集まりだったね。また会えたらいいけど、来年の夏までに会うのは難しそうだね。なんせ遠いもん。ジュネに来るのにもほとんど一か月かかるし。」

「・・そうだな。三ヵ国を結ぶ鉄道が出来たらもっと頻繁に会えるようになるだろうけど。」


それ以上はキリ君も言わなかった。鉄道網が敷かれる頃には叔父さんと私はもういない。その事をハッキリさせたくなかったんだろう。

南家領へ抜ける道は、西家領の道と比べてあまり整備されていなかった。一昨日降った雨がまだ少し水溜まりになって残っている。湿った重たい音をたてながら車輪が回る。馬の荒い息が秋の野道に響いていた。


途中の小川で休憩を入れて、南家の利伊里町(りいりちょう)に入った時にはお昼の時間を過ぎていた。

「ここは何が美味しいのかしら。」

私が何気なく言った一言に、キリ君の従者のカズマが勢い込んで教えてくれた。

「未希さま、ここは山菜そばを食べて下さい。そばの風味が強くて鼻を抜けるそばの香りが何とも言えないんですっ。」

「まあ、カズマはいやに詳しいのね。」

「私はこの利伊里町(りいりちょう)の隣の村の出身なんです。」

「そうだったのか。食事が済んだら馬を借りて、実家に帰ってきていいぞ。」

キリ君の申し出にカズマは微笑みながら頭を振った。

「ありがとうございます。でも、私の実家は今は遠縁の者が継いでいます。両親はだいぶ前に亡くなりましたし、この街道沿いの風景を見られるだけで充分です。」


カズマはまだ四十代なのにご両親がもう亡くなられているのか。天子集会で、アメリカ人のローレルさんが言っていたことを思い出す。医療は発達したほうがいいよね。何とかならないのかな・・・。

窓の外を見ながらそんなことをぼんやりと考えていたら、馬車は大きな暖簾(のれん)のかかったお蕎麦屋さんの前に着いた。


 「あー、お腹空いたっ。」

暖簾をくぐると「いらっしゃいっ!」という威勢のいい声がかかった。見ると、そば打ちをしている店主のおじさんは、汗を流して作業をしながら戸口の気配だけを感じて声を出しているようだ。顔は下を向いて懸命にそば粉を練っている。

わー、よく見える。気持ちがいいくらい綺麗な形にそば粉がまとまっていく。


もっと見ていたかったので、おじさんの姿が見える所に座ることにした。すぐに日に焼けた優しそうなおばさんが、水とお手拭きを持って来てくれた。

「ようこそいらっしゃいました。お疲れでしょう。すぐにそばを用意しますからね。何にいたしましょう。」

「私はお勧めの山菜そばにしようかな。それにおにぎりが欲しいけどありますか?」

「ございますよ。山菜の炊き込みご飯もあります。」

「炊き込みご飯か、ひさしぶりー。じゃあ、それをください。」

「僕は天ぷらそばにしようかな。稲荷ずしを五個つけて。」

「・・・殿下。田舎の稲荷寿司は、一つが大きいんです。まずはお一つ食べてみてください。足らなかったらすぐにお出ししますから。」


おばさんがそう言うのも無理はなかった。出て来た稲荷ずしを見てびっくりした。キリ君の手のひらより大きい三角の油揚げに、具だくさんのすし飯がパンパンに詰まっていたのだ。

「・・これは、一個でいいかも。」

「ふふふふ、これを五個って言ったらおばさんが驚くはずだね。」

そのお稲荷さんのアゲがしっとりとあめ色に煮てあって、あまりにも美味しそうだったので、私も端っこをひと切れ貰って食べた。噛むとジュワッと味が染み出してきて、具だくさんのすし飯とよく合う。

結局おやつのおつまみ用に、その稲荷ずしを何個か買って帰ることになった。


お腹が落ち着いて、午後の西日に向かって馬車を走らせていると、町の家並みを抜けたとたんに一面の稲が風に揺れている場所に出た。稲の香ばしい匂いと、爽やかな秋の風が開け放した窓から入って来る。

スズメたちの鳴き声だけでなく、秋の空の高い所でトンビがゆっくりと廻っているのが見える。

「サラ、稲荷ずしを取られないようにね。」

「まあ、トンビはここまで降りて来やしませんよ。」

「あれ?こっちには『トンビに油揚げをさらわれる。』ということわざはないの?」

キリ君もカズマもサラも顔を見合わせて、わからない顔をしている。

・・・異世界ジョークは通じないね。

天子集会で、天子あるあるに絞って漫才をしたのは良かったかも。


カズマが「この村が私の故郷です。」と教えてくれた時に、「どうどうっ。」とあちこちで声がして馬車が止まってしまった。近衛兵の伝令の人が馬で私たちの馬車に近づいて来る。

何があったのだろう。

「殿下、この村の村長が話があると言ってきているのですが・・。」

「そうか。話を聞こう。」

「はっ。手はずを整えてまいりますので、このまま少々お待ちください。」


どうやら何か問題があるようだ。

いったい何の話なんだろう。

秋の旅はいいですね。

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