チャイナドレス
本格的な社交が始まりました。
翌日もいい天気だった。今日はタチアナさんとミミがホステスになって、私たち女性陣をエメンタル地区へ招いてくれた。四頭立ての大き目の馬車なので、少し狭いが六人が座ることが出来る。
『今日は皆さんにエメンタルドレスを仕立てて頂きます。これは朝、生地を選んで採寸していただいたら夕方には出来上がりますから、今夜の夕食会はエメンタルドレスで南風のお食事を楽しみましょう。』
タチアナさんが英語でそう言うと、ミミが私たちに通訳してくれた。
エメンタルドレスって、どんなドレスなんだろう?
馬車が止まったのは、大きな洋服屋の前だった。ウィンドウのマネキンが着ている服を見て、私は思わずカツラさんの方を見てしまった。
いいのかなぁ。着物を着慣れてる人がこの身体の線が出るドレスを着ることが出来るのかしら?
それは、足元に深いスリットの入った大胆なチャイナドレスだったのだ。
「未希、心配しなくても大丈夫。私は・・やりますよ。」
何を決意しているのか、カツラさんは覚悟を決めているように前をキッと見つめている。凛とした姿が綺麗だ。昨日、叔父さんと何かあったのかしら。夕食の後、話を聞こうと思ったのに「疲れたから寝ます。」とさっさと寝室に引き上げて行ったので何も聞くことが出来なかった。
「皆さま、いらっしゃいませ。当店では早くて丁寧な仕事を心がけております。お一人ずつ採寸をされている間、他の方々はお好みの生地を選んでくださいませ。」
さすがにジュネの店だ。店員さんはみんな三ヵ国語が話せるようである。それぞれにアドバイスしている話を聞いていてもその人に似合うものを勧めているようだ。
タチアナさんは紫の光沢がある生地に銀色の刺繍が散りばめられたものを選んでいる。もとバレリーナだけあってスタイルがいいので、すっきりと上品な感じに仕上がりそうだ。
ローレルさんはくすんだグリーンをソテツの葉のようにパッチワークしてある光沢のある深い緑色の生地にしたようだ。豊満な身体を緑が優しく包んでいる。
「ねぇ未希さん、どっちがいいと思う?」
ミミはオレンジの生地に棕櫚の葉模様がついたものと黄色の生地にビーズ刺繍で小花を散らしたものを比べて迷っているようだ。
「黄色の方がいいんじゃない?ミミに似合ってると思うけど・・。」
「んーー、そんな気がするんだけど、子どもっぽくない?」
・・・ミミちゃん、あなたは子どもでしょうが。
「私、イエロー、勧める。オレンジ、大人の模様。」
隣で生地を選んでいたリリアンさんが私たちの会話に入って来た。
「リリアンさんは日本語じゃない、天樹国の言葉が話せるの?」
「イエス。少しだけね。未希、そのブルー、ベリーグッ。鏡、見る、プリーズ。」
大人しそうな人だと思ってたけど、昨日聞いたらエリックと同い年の15歳だって言ってた。年下の私たちの世話をしなくちゃと思ってくれているのかもしれない。
私は天樹国の空の碧のような深い青色の生地にした。足元と肩に風が吹いているような刺繍が入っている。リリアンさんは、昨日のドレスより濃い色の光沢のあるピンクを選んでいた。
そして、カツラさんが選んだのは、なんと真っ赤。
「これは情熱の赤です。男性の視線を釘付けにできますよっ。」
店員さんも自分が勧めたものを選んでくれたので嬉しかったのだろう。大きな声で話していたので皆の注目を浴びていた。
・・・カツラさんが赤?! それもスリット部分にスパンコールの刺繍がくるようになるらしい。
カツラさんなら薄い紫かピンクにする思っていた。それが、赤。
カツラさんに何があったのだろう?
いや叔父さん、いったい昨日何の話をしたの?
お昼ご飯には近くの店のカレー専門店に行って、待望の南風カレーを食べた。これが辛いのにクセになる味だ。ナンとサラサラしたご飯、どちらにも合うルーだった。
「未希、この味よっ。久しぶりだわ。」
カツラさんも懐かしそうに食べている。私は緑色をした野菜カレーにしたけど、カツラさんはお肉がたっぷり入った黒色のカレーにしていた。本当に肉好きだよね。
ホテルに帰ると、男性陣はリグランド国の森まで狩猟に行って来たらしく、談話室で誰が何を仕留めただのと話に花を咲かせていた。
「叔父さん、狩猟なんてしたことがあるの?」
「あるかっそんなこと。」
「でも征四郎は爆破を使ってイノシシを仕留めてたよ。」
キリ君が面白そうに教えてくれる。
「・・・銃はな、使ったことがないから難しいんだよ。」
どうも皆の見ていない隙に、術を使ってしまったらしい。日本人だもんね、無理もない。
一番大物を仕留めたのはオマーンさんだそうだ。リグランド国の南方でお尋ね者になっていた手負いの熊を仕留めたら、村の人たちに感謝されたんだって。さすがもと海賊だね。
「でも数を獲ったのはチャールズとエリックだな。」
「リグランドでは、狩猟は貴族のスポーツだそうですから。」
「そういう桐人も鴨を撃ってたろ。あんな飛んでるものを撃てるなんてたいしたもんだよ。」
「ソンブンは?」
「あいつは駄目だ。皆から離れた所で森の音楽だと言って、変わった音を奏でてたな。」
「動物が逃げやしないかと思ってたけど、そうでもなかったですね。」
「ああ、音を聞いて集まって来てたのもいたな。リスとかさ。」
やっぱりバイオリンにはリスなんだね。
夕食の前に、女性陣だけがミミの部屋へ集まって支度をすることになった。
私がチャイナドレスを着ると、サラとマユが感心してくれた。
「素敵です、未希さま。」
「この花が合いそうですね。」
髪をいじるのが好きなマユがお団子にして結い上げた髪に青と白の大胆な花を挿してくれた。
カツラさんの赤いドレス姿が見物だった。胸元が深く切れ込んでいて、ふくよかな胸のまわりでキラキラとしたスパンコールが怪しく輝いている。陶器のような白くつややかな肌にスッと引かれた赤い口紅が艶っぽい。耳に揺れるイヤリングも大人の色気を演出している。
ボンキュッボンだよ、叔父さん。
わたしはサラやカツラさんは身体の線を際立たせる服が似合うと思っていたけど、やっぱり思った通りだった。なんともなまめかしい姿だ。これは男性陣を悩殺かも・・・。
『カツラがラストを飾った方がいいわ。私たちが目立たなくなるもの。』
ローレルさんの言葉にみんな頷いた。私たちは一列になって、一人ずつモデルのように食事室に入って行く。最初にタチアナさんが入って行ったが、中から男の人たちのどよめきが聞こえて来た。
クスクス笑っていたミミが続く。「可愛いなっ。」という叔父さんの声がする。
ローレルさんが入って行くとチャールズさんが「Oh!」と声を上げたのがわかった。
リリアンさんが戸口の側で恥ずかしがっていたら、エリックがニコニコしながらエスコートに現れた。
『なんてことだ! 綺麗だよ、リリアン。』
やっぱり外人はそつがないね。私も二人に続いて部屋に入ると、叔父さんとキリ君が驚いているのが見えた。キリ君はポカンと口を開けている。
「どう? この色似合う?」
「・・・・・うん。」
それだけ? もう、口数が少ないんだから。
最後にカツラさんが入って来ると男性陣がみんな棒立ちになった。
わかるよ。破壊力があるよね。
食事の間中、チャイナドレスの話題で盛り上がった。しかし、叔父さんは食事が進むにつれて機嫌が悪くなっていく。エリックがカツラさんのドレスの話をしていた時などは、食事の手を止めて睨んでいた。カツラさんも叔父さんの機嫌の悪さに戸惑っている。
これは嫉妬してるね。日本人の反応って、どうしてこうめんどくさいんだろう。
叔父さんがカツラさんに本気になっちゃった。
・・・私たちって、帰れるのかな?・・・どうしたらいいんだろう。
私は湧きだしてくる不安な気持ちを抱えて、叔父さんとカツラさんを眺めていた。
悩む展開になって来ましたね。