天子の使命
初めてのジュネの夜です。
食事室にカツラさんがやって来たので、その場で挨拶が始まった。
最初に深緑の髪に白いものが増えてきているおじいさんが立ち上がる。この人は歳のわりに身のこなしの軽い屈強な身体つきの人だ。声も大きくて張りがある。この人が王様なのかな?どっちかっていうと軍隊の司令官のように見える。
『最初に私から挨拶させてもらおう。エメンタル共和国諸州、ポッサム島の族長、オマーン・ポッサムだ。60歳を過ぎて、このような席に出ることになるとは思わなかった。しかし愛するタチアナと孫のミミのために重い腰をあげてここまで来た。よろしく頼む。』
側に控えていた通訳が、直ぐに翻訳してくれた。
あれ? ポッサム島っていったら大陸の一番南にある島だよね。昔は海賊が住んでたっていってた・・・ということはこのオマーン・ポッサムさんって、もと海賊の統領?!
思わず右頬にある傷跡をマジマジと見てしまった。
次に挨拶したのがオマーンさんの隣に座っていた小さな女の子だ。緑色の髪をツインテールにして花の飾りをつけている。白いレースで縁取られたオレンジ色のドレスがくるくると動く愛らしい瞳によく似あっている。
「私はミミ・チャクランといいます。10歳です。父は天樹国で外交大使をしています。よろしくお願いします。」
ミミちゃんは、日本語が話せるようだ。天樹国に住んでるのかな?
「あら、スーリ・チャクラン大使の娘さん?」
カツラさんがミミちゃんに声をかける。
「はい、そうです。父がお世話になっていますっ。」
「まぁ、こちらこそお世話になっているのよ。お父様によろしくお伝えくださいね。」
「はいっ。」
ミミちゃんは元気で可愛らしい子のようだ。はきはきと笑顔で応対できるなんて、なかなか度胸もある。やはり大使のお父さんがいると外交能力も高くなるのかしら。
ミミちゃんを温かい目で見ていたおばあさんが私たちに向き直って口を開いた。
『私はエメンタルの王宮に天子として呼ばれたタチアナ・ニコフと言います。もとはロシア人で、チャイナにバレエダンスの指導に来て、そこに住み着いちゃったの。この子は娘の子で、孫のソンブン。』
タチアナさんがソンブンくんの肩に手をかけてお孫さんをそっと押し出す。ソンブン君は会釈をして姿勢を正した。
「僕はキム・ソンブンと言います。ソンブンが名前です。どうぞソンブンと呼んでください。僕はバイオリンをやっているので、以前日本に講演旅行に行ったことがあります。それで日本語を覚えました。」
「講演旅行?! あなたは何歳なの?」
「未希さま、僕は12歳です。」
「え、同い年じゃない! 様呼びはやめてよー。未希って呼んで、ソンブン。」
「・・はい、わかりました。」
ソンブンは真面目君だね。大人しそうな感じがする。
へぇ~、おばあさんと孫の天子なのね。私たちと同じような人たちを想像してたからなんだか驚きだ。
エメンタル共和国諸州の皆さんの挨拶が済んで天樹国側も挨拶をすると、食事をするためにダイニングルームへ移動することになった。これはホスト側の人たちが私たちを案内してくれるので、私はソンブンの腕に手を添えて歩いて行った。同級生同士だけれど、私の方がソンブンより少し背が高い。ソンブンは翔吾くんぐらいの背のようだ。
「未希は何か趣味があるんですか?」
「私はピアノを弾いたり、本を読むのが趣味なの。ソンブンはバイオリンの曲では何が好きなの?」
「やはりセレナーデ系のものかな。美しいよね、旋律が。」
えー、12歳の言葉とは思えない。孝二に聞かせてやりたいねこの言葉。あいつは戦隊ものが好きだからなぁ。
長いテーブルに男性陣と女性陣に別れて席が作ってあった。私の左隣はタチアナさんで、右側にはミミちゃんが座っている。テーブルの正面にはソンブンがいた。
「えっと、ミミちゃん。未希と言います、未希って呼んでね。」
キリ君にエスコートされて右側に座ったミミちゃんに声をかけると、キョトンとした顔をされた。
「未希さんと呼ばせてください。先輩ですもの。未希さんは、いつ頃結婚されるんですか? 私と違って成人間近だからお話も進んでいるんでしょ。いいですねぇ。私も早くソンブンのお嫁さんになりたいんだけど・・・。おじいちゃまはひどいんですよ。『ミミはまだ小さいから結婚なんてダメだっ。』なんて言うんです。自分は秋の終わりにタチアナさんと再婚するクセに・・。『年寄りは老い先短いから急がなきゃならんのだ。』ですって。どー思います?この言い方。」
それだけを一気に言って、ミミちゃんは可愛いため息をついた。
私と言えばミミちゃんがしゃべりだした途端にその内容に目が点になってしまった。何これ、まるで天子と結婚することがあたりまえのように話してるんだけど・・・。
私がぼーぜんとミミちゃんを凝視したまま固まっているのに気づいたのか、お互いに話をしていたキリ君とソンブンが心配してこちらをチラチラ見ている。
私もハッとして、こんなことじゃいけないと思い直した。ごくりと唾を飲み込んで、ミミちゃんに小さな声で聴いてみた。
「ミミちゃん、ちょっと教えて欲しいんだけど。この世界の人って、天子と結婚するのが当たり前なの?それでその相手って・・・どうやって決まるの?」
「あれ? 未希さんはまだ読んでいないんですか?! 予言書に書いてあるじゃないですか。天樹国だったら天珠の森の大宮に予言書があるんでしょ? エメンタルの場合は王宮の地下の宝物庫に予言書があるんです。私の名前が書かれていたので、天子降臨の前にお母さまと天樹国を発ってエメンタルの伯父様のところに帰ったんです。」
「・・伯父様?」
「伯父様はお母さまのすぐ上のお兄さんで、この10年、共和国の国王をやっているんですよ。」
「・・・・・・・・・。」
海賊のオマールさんもミミちゃんも、二人共、国王の親戚なんだ。
『この世界で最も天子の血を濃く受け継ぐ 帝の権威を保つため・・・。』
聖心殿が言っていた言い伝えの内容を思い出す。
天子の使命というのは、帝の権威を保つためにその国の王族を助けることだと思っていたけれど、本当は王族と結婚するって言う事なの?!
もしかして【天子の血】というのがキーワードなのだろうか?
ミミはさりげなく爆弾発言でしたね。