傷跡
温泉に入りましょう。
大浴場はごつごつした岩を削って作られていた。自然に湧き出してくるお湯を外の露店風呂で温度を調節して室内の大浴場に供給しているようだ。露天風呂に面した窓は少し歪みのあるガラスで作られていたが、私がこの世界に来て見た窓の中では一番大きかった。
「綺麗だねぇ。森の木々がガラスに映って自然の中でお風呂に浸かってるみたい。」
「ここら辺りは高山帯ですからもうすぐ紅葉が始まりますよ。」
サラの説明に紅葉になった外の景色を想像する。天子集会の後は南家の領地を通って東家の端にある港まで出て、船で天開港まで帰る予定になっている。そうなるとここ辺野町の温泉の紅葉は観られないことになる。
ちょっと、残念だなぁ。
私がそんなことを思って外の景色を眺めていたら、露天風呂に繋がるドアから一人の裸の女の人が入って来た。色白の肌が温度の高い露天風呂のお湯で温められて、ほかほかと桃色に火照っている。
「カツラさんっ!」
「あら未希も来ていたのね。」
黙っていたサラが心配そうにカツラさんに声をかける。
「姫巫女様、お供の方は? もしかしてお一人で来られたのですか?」
「心配しなくても琴音が外で控えてるわ。」
「でも・・。」
「危険は承知しています。けれどたまには一人になりたい時もあるの。」
帝であるカツラさんにそこまでキッパリと言われたら、サラもそれ以上は口をはさめなかったようだ。
カツラさんも私たちが入っていた浴槽に入って来たので、私は奥の方の少し浅い所に腰を掛けて火照った身体の熱を冷ます。
「まぁ、未希は来年が成人だというのに胸がだいぶ大きいのね。」
「そうなんですっ、姫巫女様。未希さまはマユの倍はありますわ。背も私と変わらないし本当に発育が良くて。」
サラが母親のようにおかしな自慢をしている。しかし、そんな二人の胸の方が私より何倍も大きいのだ。私はBカップだが、カツラさんはD、サラはEはあると思う。
「あの・・ちょっと聞いてもいい? 胸の中に塊がある感じで痛いんだけど、カツラさんもサラもそんなことあった?」
「ああ、それは胸が成長期だからよ。」
「そうですね。育ち終わると痛くなくなります。14歳から18歳頃には落ち着くと思いますよ。」
「・・サラはもう痛くないの?」
「そうですね。結婚してしばらくしたらほぐれてきました。ナギが揉んでくれたのが良かったんでしょうかねぇ。」
「「・・・・・・・・・。」」
そんなことをケロリと言われても、独身のカツラさんと私には赤面ものの答えにくい問いかけだ。
私たちが黙ったのに気づいて、サラも顔を赤くした。
「すみません。村の女たちと話している感じになっていました。」
「村の・・皆はそんな風に話しているのね。」
カツラさんも興味があるのか、おずおずとサラに問いかける。
「ええ、みんな知り合いなので開けっぴろげです。嵐の夜にすることがなかったから大勢同級生ができちゃったとか。フフッ。」
・・・なるほど。この話はテレビで観たのと同じだな。ニューヨークの大雪の大停電の時と同じ原理だね。
それからも興味深過ぎる話をしていてゆだってしまいそうだったので、そろそろお風呂から出ようということになった。カツラさんが背を向けて湯船から出た時に、背中に斜めに走った傷跡が目に入った。
「カツラさんっ、それ・・・。」
「ああ、これは昔の傷よ。先日、国会で暴漢がいろいろ暴露してくれたでしょう。それでやっとはっきり元凶がわかったのだけれど、西峰の一族にも困ったものよね。しつこいったらありゃしない。私と桐人が死ぬまで諦めないのでしょうね、あの男は。うちの母様にフラれた恨みというか猛執ね。」
・・・そんな背景もあったんだ。まさか先の帝が病気がちで弱かったというのも西峰修二が関わっていたのかしら?
温泉で温もっていた身体に鳥肌がたった。
部屋に帰ると叔父さんがのほほんとした顔でご飯を食べていた。
「未希~、長風呂だったな。やっと頭痛が落ち着いたよ。腹が減ってたから先に食べてるぞ。この残してたフライ、貰ってもいいか?」
・・・叔父さんって、癒し系だよね。
なんか、いろいろ考えてたのが一気にどっかに行っちゃった。脱力だよ、叔父さん。
「どーぞどーぞ。私はそこの果物だけ残しといて。」
「梨か。お前、梨が好きだよな。」
「うん。こっちの梨は甘いから余計に美味しい。」
頭を拭いたタオルを縁側の手拭い掛けにかけると、叔父さんの分の梨もつまんで食べた。
「おいっ、一切れは残しとけよっ。」
「わかってる。そこまで意地汚くはないよ。」
「・・そうかぁ?」
失礼しちゃう。そんなこと言ってると全部食べちゃうよ。
平和な一夜が明けた後、翌日も部屋でゴロゴロしたリ温泉に入ったりしながらゆっくりと過ごしていた。一応本家筋の土地は抜けたとはいえ、まだ西家の領地だったので散歩をするのも許されなかった。
そんな私たちの下に、穂刈町から伝令の早馬がやって来た。西南監視番の穂村圭介からの伝言らしい。
『西家の騒動の後始末は着々と進んでいます。手伝ってくれていた近衛隊も先程後を追って出発したので、一両日中には本隊へ合流できると思います。ただ、皆さんが出発された後に伝書鳩がやってきました。首相の東海林造さんからです。対処願います。』という手紙と共に伝書鳩が持って来た手紙も入っていた。
『北家の騒動の後始末は完了した。本家の娘も元気になったようなので、未希さまにもご安心願いたい。しかし、外務省の親玉が二人留守をしているので、統制がとれなくなっている。儂も新しい首相の仕事で手いっぱいだ。集会の後、南家の視察を兼ねて帰られることを聞いてはいたが、帝と外務大臣には最短距離を通って帰都して欲しい。視察は未希さまと桐人殿下にお願いしてはどうだろうか。申し訳ないがよろしく頼む。』
・・・なんか東海さん、困っているみたいだね。
手紙を読んだカツラさんも「これはしょうがないですね。事件の後、まだ日が浅いですからまだ職員全員の意識が切り替わってないのでしょう。」と頷いていた。
都に帰った時に、この東海さんの手紙はこれでも穏便に書いてあったことを知るのだが、それはこの時の私たちはまだわかっていなかった。
その日の夕方、穂刈町で街道襲撃事件を処理してくれていた近衛隊の分隊が私たちに合流したので、翌朝再びジュネに向かって出発することになった。
空は抜ける様な青空で、秋の風が辺野町の町を爽やかに吹き渡っていた。
再び、ジュネに向けて・・。