西家の悲願
※ 今回は暴力的表現があります。十五歳以下の人、血などが苦手な方は読まないでください。
澄み切った川の水の上を赤とんぼが飛び交っている。ススキの穂が秋の風に銀色になびく中、私たちは西家の領地へと渡る橋の上にいた。ガタゴトと車輪の回る音がして、気持ちが徐々に高まって行くのがわかる。
昨夜遅く、ハヤテとコテキが斥候で出て行った。二人の後姿を信頼を込めて見送る。しかし今朝早くナギを先ぶれで送りだした時に、サラの心配そうな顔を見て、私が戦いを選んだのは間違っていたのではないかと急に不安になった。誰かが怪我をしたらどうしよう。命にかかわる事態になったら・・・。
どうか皆が無事にここを乗り切れますように。そんな祈るような気持で馬車に乗り込むと、キリ君が私をじっと見つめて力強く頷いてくれた。
わかってくれている。不安、祈り、顔を覗かせる後悔の念。・・・私が気弱になっていちゃいけない。皆で力を尽くして今日の日を乗り切るんだっ。
私がキリ君に向かって決意を込めて頷き返すと、にっこりと微笑んでくれた。
街道を一刻ほど進んだ時に、前方から一騎の騎馬兵が走って来た。遠目で見てみると先ぶれの近衛兵だ。
「伝令ー! 次の峠に敵影確認っ。両脇に別れて30人ずつ潜伏。使徒と近衛の先ぶれが別れて後方に回り込んでいますっ。」
ハヤテたちが敵がいることを確認し、コテキが後から来る先ぶれに紐の暗号で知らせたらしい。ナギは忍術の訓練を受けているので、その暗号が読めたようだ。
私たちは打ち合わせの通りに素早く馬車から降りる。私たちの代わりに近衛兵と護衛たちが馬車に乗って走って行った。町からついて来てくれた警備兵たちは、荷馬車三台を警護しながらもう少し先まで進んで、逃げて来た敵や負傷した味方の対応をすることになっている。私と叔父さん、カツラさんとキリ君は両側から後ろを回り込んで飛んで行き、戦闘地の先での対応を任されている。
山の木々に隠れながら飛んで行って峠の出口に着いた時に、キリ君達も反対側からやって来た。
「右後方は異状なし。」
「左側も大丈夫だったよ。」
「しっ、遠目と聞き耳だ。」
叔父さんに言われて、峠の中ほどに意識を集中する。藪を移動する音がして、そちらの方へ注意を向けると右側の山肌からだけ敵が襲撃をかけたのがわかった。片方だけの攻撃だと油断を誘うつもりなのだろう。
馬の嘶く声がして、馬車だけが暴走して来たのがわかる。私たちの近くまで走って来た馬車を呪縛をかけて止めていく。五台の馬車全部が逃げてこられたので、今度は私たちも攻撃に転ずる。
私とカツラさんは右側の後方支援へ、叔父さんとキリ君は遅れて動き出した左側の敵を叩くことになった。
「カツラさん、未希っ、支援だぞっ支援!」と言いながら叔父さんたちは心配そうに飛んで行ったが、私とカツラさんは顔を見合わせてニヤリと笑い合う。
「爆破を使わなきゃね。」
「そうですね。カツラさんは猟銃の感じでやってみてください。私はバズーカ砲をいっぺんやってみたかったんですよ。」
「バズーカ砲? なんか強そうな名前ね。」
強いんです。そしてレーダー付きをイメージしてやってみます。
囲い込んだと思い込んでいた敵を、私たちの方が囲い込んでいた。
カツラさんが敵の足元を爆破していくのを横目で見ながら、私は敵影のど真ん中に真上からバズーカ砲を打ち込んだ。ドガーンという途轍もない音がして、土煙が吹きあがったのがわかった。
敵の陣営が一気に崩れ、右往左往する者たちを護衛や近衛兵たちが次々と仕留めていく。
「ふふん。やったぜっ。」
あっという間に戦いが終わり、街道に呻き声を含んだ静寂が戻って来た。
穂刈町の警備兵たちと近衛兵の一隊がこの場の処理のために残ることになった。味方の者は軽傷の者が多く、傷口を水で洗って用意してきた包帯で応急処置をした。
叔父さんには見るなと言われたが、見ておかなければならないと思った。悲惨な戦いの後、足や手を吹き飛ばされた人、苦痛に呻いている人、目を覆う光景だ。こんなことはしたくはない。けれどやらなければ自分たちがこんな状態になるのだ。自分自身に言い聞かせる、生き抜くために。
しかし力を持つ者としての矜持を忘れてはならない。聖心殿の声が聞こえてくる。
『術に溺れると自己をも滅ぼします。』
その声を聞きながら、私は目の前の惨状を心に焼き付けていた。
皆で馬車の所まで行き、旅を続けようとした時に、叔父さんが戦いの勝利に湧く兵士たちに大声を上げる。
「気持ちを引き締めろっ。まだ旅は終わっていない。勝って兜の緒を締めよということわざがある。油断するな!」
叔父さんが言い終わった時に、一発の銃声がした。
「カツラさんっ!」
叔父さんが飛びついて横にいたカツラさんに覆いかぶさる。私もぼんやりしていたらキリ君に地面に倒されていた。
兵士たちが直ぐに反撃して、藪の中から一人の男を引きずり出してきた。
「一人だけだったようです。」
胸を撃たれて血まみれになった男はヒューヒューと息を漏らしながら「・・西・家・・の悲・・願。」と言いながら血を吐いてこと切れた。
カツラさんが男の顔を見て「・・・西峰俊也。」とポツリと言う。
西家の元当主、西峰修二の長男だったようだ。ここにいる者全員に重苦しい空気が流れた。私も目の前で人が死んだのを見たのは初めてだったので、怖くなって叔父さんの側に行ったのだが、地面に血溜まりが出来ている。
「え、どうゆうこと・・?」
きゅうにガクッと腰が抜けて立てなくなった。
叔父さんの腕からポタリポタリと地面に血が滴っているのだ。
「お、叔父さん。手がっ・・・。」
と言ったまま私は意識を手放した。
叔父さんっ!