星空の告白
とうとう公領の端まで来ました。
葉陰村を出てから八日ほど馬車を走らせた9月の終わり、私たちは公領の端にある穂刈の町にやって来た。穂刈町には西側に川が流れており、この川を超えると西家の土地になるという。西家と南家の領地の間には山脈がそびえているらしく川の上流の方には高い山々が見えていた。領地の境に位置しているために古くからこの穂刈町は西南の家領を監視する役目を持っていたそうだ。町の西南の角には御所が管理する西南監視番の詰め所が置かれていた。
詰め所近くの宿屋に着くと、西南監視番の番長である穂村圭介が私たちを迎えてくれた。
スリムだが強靭なバネのように見える身体つきで、目つきも鋭い。そんな穂村が、私たちが部屋へ落ち着くとすぐに話があると言ってきた。
「お疲れのところすみません。この度ジュネへ向かわれるとのことで、私たちも街道沿いの警戒を強めてきたのですが、先日、西家の元本家の領地を見回って来た者が、不穏な動きがあると報告して来たのです。」
また西家・・・。しかしあれだけ年月をかけて計画してきていた陰謀だ。トップの二人の投獄だけでは終わらないのかもしれない。
「そうですか。西峰の一族は、まだ諦めきれないのですね。」
カツラさんは溜息をつきながら、残念そうに顔を歪めた。
「そういうこともありまして、西家の土地を通るほうが道としてはいいのですが、日にちがかかっても南家を通ってジュネへと向かわれたほうが良いのではないかと思っているのです。」
しかしカツラさんは、顔を上げたまま穂村をじっと見て静かに告げる。
「帝が自国で国民から逃げてどうするのです。」
うわー、カツラさんカッコイイ。
そうだよね。ここで西峰の一族をそのままにしておくよりもとことん戦ったほうがいいのかも。
カツラさんと私の意見をキリ君とカズマが止めたけど、叔父さんも私たちに賛成したので西家の本家筋がある街道を通ってジュネに向かうことになった。
しかしそうなると対策も立てなければならない。
番長の穂村から西家の詳しい状態を聞き、ハヤテや近衛隊の指揮官が対策会議をする。先ぶれよりも前にハヤテとコテキが二人で様子を探りに行くという案も出た。私たちも聞き耳や遠目を使って出来るだけ敵の様子を探るつもりだ。この町からも西家の本家筋の土地を抜けるまで予備の兵隊を出してくれるそうだ。
ただ私たちはずっと旅をしてきて疲れがたまっている。敵に対峙するためには万全の態勢で臨みたいので、明日一日この町でゆっくり過ごして皆の体調を整えることになった。
叔父さんはカツラさんとお酒を飲みながらまだ夕食を食べていたが、私は先に食事を終えて、夕涼みがてら使徒の皆と一緒に町へ散歩に出かけた。気持ちのいい宵だったので町の住民も家の外に出したベンチで歓談をしている。すれ違う人に「こんばんは。」と挨拶をして歩く習慣も天樹国ならではだ。サキチが「ちわぁーす。」と大声で挨拶をすると、すれ違った女の子が二人クスクスと笑った。
「未希さま、あちらに屋台が出てますよ。」
町の中心部には祭りとまではいかないが、チラホラと食事のできる屋台や射的の屋台が出ていた。サラが教えてくれたのは、べっこう飴の屋台だ。黄金色の飴の塊がいろんな形に細工されている。篝火にキラキラと光る飴は何とも美味しそうだ。夕食を食べたばかりだったが、明日のおやつにしようとカツラさんやキリ君達の分まで買って帰ることにした。
「君たちも散歩か?」
射的をしていた団体から声をかけて来たのはキリ君だった。
「あらキリ君達も来てたのね。さっきはカツラさんに賛成しちゃってごめんね。」
「二人共、こうと決めたら頑固だからな。・・でも、姉さまの言う事にも一理ある。膿は出し尽くしたほうがいいのかもしれないな。」
私たちは、旅で出会った色々な話をしながら薄暗い河原の土手を歩いていた。二週間以上一緒に旅をしてきたので、キリ君とも兄妹のように親しくなっている。護衛や従者たちも私たちから少し離れて声が聞こえないように遠巻きに見守ってくれていた。
「未希、来年になったら本当に帰るつもりなのか? ずっとこの国で一緒に暮らしてはもらえないか?」
リーンリーンと鳴いていた虫の音がぴたっと止まった気がした。
「・・・キリ・・く・ん。」
「聖心があんなことを言った時には、あり得ない話だと思った。いくら天子が帝の箔付けになろうと結婚など考えられるわけがないと思っていた。けれど君たち二人と事件を解決したり旅をしていく間に、この心強い関係を維持していきたいと願うようになった。そして、未希、知らないうちに君のことを好きになっていることに気付いたんだ。」
暗闇だけど、キリ君の真っすぐな気持ちが伝わって来る。ドキドキと心臓が音をたてているのもわかる。
でも・・・でも。
「・・ありがと。私も最初の頃よりキリ君のことは嫌いじゃなくなってる。好き・・なのかもしれない。でも、結婚とかは考えられないよ。カツラさんから聞いてないの? 私たちが8月22日に向こうの世界へ帰ることが予言書に書いてあったって言う事。」
「聞いた。嵐の日に一緒に泊まった村で。一旦帰ってもいいじゃないか。また来ればいいんだから。」
「またっ?! そんなことって、できるの?! いや・・ダメダメ。こっちの世界で暮らすっていうことは、家族や友達とも会えなくなるんだよっ。キリ君は、ここを、この天樹国を捨てられるの?!私たちが自分の国を捨てなきゃいけないってこと、わかって言ってる?」
私がそう言うと、キリ君も黙ってしまった。
二人で何も言わずにしばらく歩いていく。リリリリと聞こえてくる虫の音と同じくらい小さな声で、キリ君が「ごめん。」と言ったのがわかった。
その声を聞いた時にギュッと胸が痛んだ。どうして胸が痛むのかわからない。自分が思っている通りになったのに。キリ君が諦めてくれたのに・・・。
息の詰まるような痛みをこらえて目をあげると、頭の上には降り注ぐような星空が静かに広がっていた。
それぞれの思い・・・。