猫の鈴の音
カツラさんと話をした翌朝。
私の眠気とは違って、翌朝は爽やかな秋晴れだった。
「どうした未希、顔がまだ寝てるぞ。眠れなかったのか? やっぱり旅に出たら俺と一緒の部屋がいいんだろう。カツラさんみたいに上品な美人と一緒だと緊張するよな。」
そう言ってワハハと笑う叔父さんに、私は残念な目を向ける。誰のせいで私が悩んでると思ってるのよっ。カツラさんもどこがいいんだろう、こんな鈍感男。叔父さんは中身が中学生止まりだからなぁ。カツラさんの思いにも気が付いてないのかも・・。
お供の人たちが出立の準備をしている時、私と叔父さんとカツラさんとキリ君の四人は歩いて勝俊さんの実家へやって来た。
宿の近くにあった大きな樹のすぐ側に神社のお社が建っている。日本にあるのと同じような拝殿があったので、そこに四人並んで二礼二拍手一礼をして神様にお参りをした。大きな樹がよく来たねと言っているように風に枝を揺らしていた。
「やっぱり、神社と言えばこういう感じだよね。」
「そうだな。神聖な感じがする。これは日本にある拝殿と同じ造りみたいだな。」
私と叔父さんがそんな話をしていると、カツラさんたちも興味深げに聞いていた。「どういう時に神社へ参るんだ?」とキリ君に聞かれたので「子どもが無事に育って氏子になる時やお正月かなぁ。」と言うと、こっちでもそれは一緒だと言われた。他には結婚式や葬式も神社で行うらしい。
「私たちの世界では、結婚式は教会や人前式が多くなってるし、葬式は仏教でする人が多い。」と言うと「教会はリグランド国にあるものだし、仏教はエメンタル共和国諸州の宗教だろ。何でよその国の宗教で大事な行事をするんだ? それに人前式って何だ?」と聞かれた。突き詰めて考えると、日本人って何がしたいんだろうね? 私たちもキリ君に明確な答えを返せなかった。
その後、神社の裏手にある勝俊さんの実家へお邪魔した。大宮のログハウス調の建物が意外だったので、分社も全部あんな感じかと思っていたら違ってたようだ。家の方は和洋折衷の天樹国風の建物になっていた。
「よくいらしてくださいました。」
出迎えてくれた人の声を聞いてびっくりした。聖心殿と同じ声だ。この人が聖心殿の弟の森心之丞という人らしい。低い深みのある声は一緒だが、聖心殿のようにピリピリした緊張感はない。穏やかな人柄のようだ。にこにこ笑いながら私たちを応接間に招いてくれた。
「天子さまは、もうこちらの国に馴染まれましたか?」
「ありがとうございます。皆様によくして頂いて、不足なく毎日を過ごしています。」
「それはよろしゅうございました。」
心之丞さんの顔を見ていると、ほっと安心する。勝俊さんの親だというのがよくわかる。真面目で信頼できる感じだね。
「皆さんは朝餉を召しあがったばかりでしょうから、ぶどうを用意しました。お口汚しでしょうがどうぞ。」
勝俊さんのお母さんが美味しそうなぶどうを持って来てくれたので、遠慮なく頂いた。
うーん、甘くておいしい。果汁が口の中で弾けて、まだぼんやりしていた私も目が覚めた。
「恵子は?」勝俊さんが尋ねると、お母さんが「多分また猫を見に行ったんじゃないかしら。」と言った。春の終わりに生まれた五匹の子猫たちがやんちゃ盛りらしい。勝俊さんの妹の恵子ちゃんは大宮のハルちゃんより一つ年下で今、5歳だそうだ。「毎日子猫を追いかけて遊んでいて困ったものです。」と言ってお父さんの心之丞さんも笑っている。
あ、こういう顔はハルちゃんを見ている時の聖心殿によく似ている。
勝俊さんの仕事ぶりやら、都での今回の騒動などを話した後で、お暇をすることになった。家の外に出た所で、チリチリと忙しく鳴る鈴の音と猫の鳴き声や子どもの叫び声が聞こえて来た。どうしたのかと思って鈴の音を辿って見てみると、田んぼの向こうで野良犬が鈴をつけた親猫を攻撃している。それを小さな女の子が「だめっ!」と防いでいるのだ。
「恵子!」と叫んで走り出そうとした勝俊さんを止めて、キリ君は「飛翔。」と呟くと、直ぐに恵子ちゃんを助けに行った。
ところがその時、他の猫たちから離れた所にいた子猫を大きな鷲が足で捕まえると空高く舞い上がっていった。子猫のか細い鳴き声が見る間に遠く消えていく。
「わっ、これはいかん!」
叔父さんが飛翔を使って飛んで行ったので、私も後を追いかける。私たちがやっと鷲の近くまで飛んで行って子猫に手を伸ばした時に、鷲は危険を感じたのか掴んでいた足を広げて、ミャーミャー鳴く子猫を空中に落とした。
「やだっ!」
ヒューと落ちていく子猫が何かに掴まろうと手足を動かすが、私たちも鷲のスピードに合わせて飛んでいた勢いで直ぐに方向転換ができない。もうだめだと諦めかけたその時、カツラさんがものすごいスピードで飛んできて空中で子猫をキャッチしてくれた。
はぁーーー、やれやれ助かった。さすがカツラさん、いい判断だ。
「ナイスキャッチッ!」
叔父さんが大きな声でカツラさんを讃えているけど、その言葉は通じないかもよ、叔父さん。カツラさんは懐に子猫を優しく抱き留めている。子猫のほうも震える声で鳴きながら、カツラさんの着物の衿を、尖った爪でしっかりと掴んでいた。
私たちが子猫と一緒に地上に降りると、今度は心之丞さんの雷が待っていた。
「姫巫女様、殿下、天子さま。『神使いの術』をみだりに使ってはなりませんっ! 空を飛んでいる時に何かあったらどうするんですかっ。あなた方に何かあったらこの国はどうなるのですか。ご自覚が足りませんっ。」
私は神妙な顔をして怒られながら、心之丞さんって怒ったらもっと聖心殿に似てる。やっぱり兄弟だなぁ。なんていうことをぼんやり考えていた。
その後、恵子ちゃんに「ミャー5(ご)を助けてくれてありがとう!」と抱きつかれた。どうも子猫は生まれた順にミャー1、ミャー2と数字で呼ばれているらしい。ミャー5は身体が小さくて怖がりなんだそうだ。助かって良かったね。子猫の頭を撫でたらゴツゴツした感触を感じた。大きくなるんだよ、ミャー5。
あまりの可愛さに後ろ髪を引かれながら、宿屋の前で私たちを待っていた馬車に乗った。恵子ちゃんはミャー5の手を持って、手を振って送ってくれた。
猪野町を出発した馬車の中で、私があくびをしているとキリ君にどうしたのか聞かれた。馬車には勝俊さんとマユも乗っているし、昨夜カツラさんと話したことをここで言う訳にも行かない。「ちょっと、寝不足なのー。ミャー5が助かって安心したから気が抜けちゃった。」とだけ言っておいた。馬車の適度な揺れで眠たくなった私は、昼食だと言われて起こされるまで午前中のほとんどを眠って過ごした。
昼食は、呂乃町の食堂で蕎麦を食べた。
変な態勢で寝ていたので首が凝っている。私が蕎麦を食べながら首を揉んでいると、食べ終わってお茶を飲んでいた叔父さんが首筋を揉んでくれた。
「あー、いい気持ち。そこそこっ。」
「うげっ、お前は小学生だろ。うちの母さんと同じ言い方をするなよっ。」
「だって血が繋がってるんだもん、しょーがないでしょ。」
私たちにとってはいつものじゃれ合いだったが、離れた所でカツラさんが私たちの方をじっと見ていたことには気づいていなかった。
あら・・。