桂樹姫巫女様の提案
猪野町の宿屋です。
私たちはそれぞれの部屋へ通されたのだが、田舎町に大人数で泊まるため私とカツラさんは相部屋になった。天樹国によくある畳部屋の旅館だ。叔父さんと泊まった時のように部屋に入ってすぐに寝転ぶわけにはいかないが、女同志なので服を着変えたりするのは遠慮がなくていい。
カツラさんは、着ていた着物をサッと脱ぎ棄てて部屋着兼パジャマにもなる甚平さんを着た。姫巫女様でも甚平を着るんだね。サラやマユが着ている木綿の甚平とは違って、シルクの光沢のある高級そうな甚平だけど、やっぱり甚平は甚平だ。なんとなく夏の日にビールを飲んでるお父さんを連想してしまう。カツラさんのイメージだと乙姫様が着ているような薄衣を着るのかと思ってた。
それにさっきチラッと見えちゃったけど、カツラさんも細そうに見えて出るとこは出ているみたい。やっぱり着物は身体の線が出ないよね。もったいない。
「未希の着ているものは変わってますね。」
「これはスエットパンツというものです。触ってみます?」
サラが前に興味深く触っていたので勧めてみると、カツラさんも触りながら「今まで見たことがない布ですね。」と言っていた。これはたぶん織り方が違うんだろうね。・・・これも今後の勉強案件だ。
「・・その、天子さまにこんなことを聞いても良いのかとは思いますが、未希は身体の発育がいいでしょう?あちらの世界に許嫁はいるのですか?」
カツラさんは何を急に言い出すのだろう。
「私たちの世界では普通18歳を過ぎてから結婚するんです。女性の適齢期は22歳から30歳ぐらいかな。だから私は結婚なんて考えたこともないし、まだまだ子どもなんですよ。」
「・・・・・まあ、そうなのですか。それなら未希たちの世界の基準で言うと私もまだ適齢期になっていないということなのかしら?」
「そうですね。何十年も前なら20歳で結婚する人も多かったと思いますが、今は女性でも四年制の大学へ行く人が多いから22歳以降に結婚する人が増えてます。これが少子化というか子どもが少なくなってきて社会に活力がなくなる問題の原因の一つになってるみたい。」
「あら、そんな問題があるのなら女性が大学とやらへ行く年齢を早くしたらいいんじゃないのかしら?」
「そうなんですよね。議員さんたちは検討しますしか言わないの。うちのお母さんが学生だった頃から検討してるみたいだけど何にも変わらないみたい。」
「問題を解決できない議員は必要ないと思うけど。征四郎さんに言われて参議院を作ってみたけれど、そんな風に機能しないのなら撤廃することも考えないといけないわね。」
あら・・叔父さん、私言わなくてもいいことを言っちゃったかしら。
カツラさんは座敷の座卓の前に胡坐を組んで座った。・・・やっぱり胡坐なんですね。私も促されてカツラさんの正面へ座る。カツラさんは私の目を見て率直に語った。
「未希に許嫁がいないのなら、桐人のことを真剣に考えてくれないかしら。」
えー、その話ですか? それはもうナシになったんじゃ・・・。
「でもキリ君は聖心殿の意見に反対でしたよね。」
「あの時とは状況も変わってきています。北家に続き西家も国家に反逆した今、四家の中から花嫁を探すのは難しくなってきていると思うのです。私も征四郎さんとのことを前向きに考え始めているところなんです。」
凛とした声でカツラさんが言い切る。
「えっ、ちょっと待ってください。マジですか?!」
「マジってなんですか? 真面目ということなら、マジです。」
カツラさんの目が本気だ。これはちゃんと反論しておかないと駄目だな。
「ええっと、まずは予言書のことです。以前叔父さんも話したと思いますが、私たちは8月22日に二人で元の世界へ帰れるって書いてありました。だから、こっちの世界へ留まるということはありえません。ということは結婚も無理だとハッキリ予言されているということなんじゃありませんか?」
「・・・そんな風に予言書に書いてあったのですか・・。」
カツラさんはため息をついてがっくりと意気消沈したみたいだ。前も伝えていたけれど、その時はそこまで気にしていなかったのかな。今回は、さすがにその予言が身に染みたみたいだ。
もともとが大人しい人なので私にこの話を持ち掛けるのにだいぶ気を張っていたようだ。叔父さんが細い身体で頑張っているのを見ると庇護欲をそそると言っていたけれど、こんなにがっかりしているとついつい手助けしたくなっちゃうんだろうな。
でも、この事だけは譲れない。一か月が一年に伸びたけど家には帰るよっ、絶対。
予言書のお告げと言うのは、この世界では効力が大きいようで、それ以上はカツラさんも何も言わなかった。カツラさんはしばらく落ち込んでいたけれど「天子さまに無理なお願いをしてごめんなさいね。」と言うと気持ちを切り替えて、流行の天子ルックの事や好きな食べ物の話をしてくれた。
こういうところはやはり帝なんだなと思う。可憐に見えるけれど芯は強くて、状況を判断して切り替えが出来る。
サラと琴音さんが夕食を運んできてくれた。今日は豚肉の南風角煮を中心に豚汁、野菜のうま煮などコクのある美味しい料理だった。この猪野町は養豚が盛んなようで、豚肉料理が美味しいらしい。
カツラさんは細いわりに肉料理をしっかり食べている。
「カツラさんはさっき肉が好きって言ってたけど、本当に好きなんだね。」
「ええ、野菜も好きですけど、肉はもっと好きなんです。この角煮は美味しいですね。帰ったら西岡に言っておこうかしら。」
角煮がお気に入りのようだったので、私のお皿のものもひとつ分けてあげた。カツラさんはお返しにと、私に梨をひと切れくれた。
梨を食べると秋が来たことを感じる。私はシャクシャクと梨を食べながら、カツラさんの政治改革の話を聞いていた。
「征四郎さんは本当に仕事が出来る人ですね。あの難しい外務省の人間が征四郎さんに振り回されているんですよ。今まででは考えられない事です。」
「叔父さんは入社して一年で外国に派遣された人なんで、仕事は出来たんでしょうね。うちに来た時なんかは私たちと同じレベルで遊んでたから、ああいう面があるなんて私も知らなかったけど・・。」
私たちは笑いながら叔父さんの話をしていた。カツラさんの笑顔がちょっと寂しそうだったのには気づいたけれど、見なかったことにした。カツラさん、私が思っていたより叔父さんに本気だった?
でも・・・こればっかりはしょうがないよね。でしょう?
明日は勝俊さんの実家へ挨拶してからここを出発するらしい。
大宮の分社というのはどうなっているんだろう。隣に寝ているカツラさんの寝息を聞きながら、私は色んなことを考えて寝付かれないでいた。
世の中どうしようもないことはあります。