こんなはずでは
宿題は・・。
学校でこんなに脱力したことはかつてあっただろうか?いや、ない。六年間宿題をやってきてこんな肝心なところでコケるとは・・・。
なんか予言書に勝ちを譲ったみたいで気分が悪い。
「まあまあ、そう気を落とさずに。ククッ。」
「そうよ。宿題をやる場所は間違えてたけど、答えはパーフェクトだったって先生も言ってたし。プッ。」
南ちゃんと佳菜ちゃんが慰めてくれるけど、顔が笑ってるんだもの。
「我慢してないで笑えば?もー。」
私が投げやりに言うと、二人とも遠慮せずにゲラゲラ笑いだした。
そうなのだ。あんなに気合を入れて宿題をしたというのに、やった箇所が10ページずれていたのである。
「あー、お腹が痛い。ふぅ。でも習っていないところができるなんてさすが未希だよね。」
「そうそう。あんな予言書なんてなくても予知能力があるんじゃないの?」
「違うよ。あれはたまたま塾でやってたとこだっただけ。だから勘違いしたんだよねー、塾でやったばかりだったから疑問に思わずに宿題に出たって思いこんだのよ。思い込みは良くないなー。」
南ちゃんが急に真面目な顔になって私たちに質問する。
「ところでさ。あの予言書がことごとく当たるっていうことが証明されちゃったわけだけど、これからどうする?あんな重要なものを基地に置いたままでいいのかな?」
「うーん。でも未希ちゃん以外の人が見たらただの重たいノートでしょ。なんにも書いてないんだし・・。重要な物とは誰も思わないんじゃないかな。」
「じゃあ佳菜ちゃんはあそこに置いたままでいいってこと?」
「う・・ん。そうだね。未希ちゃんが触るのが怖いって言ってたのもわかるよ。何であそこにあったのか得体が知れないんだもの。」
「私も今のままでいいと思う。誰かが持って行ってくれたら、かえってせいせいするかも。あれをどうするか悩まなくていいし。正直、あんまり関わりたくない感じ。未来に振り回されるのはこりごりだよ。」
私も正直な自分の気持ちを言った。
「お前ら、なんか面白そうな話をしてんな。なんだよ、その予言書って。」
周りには誰もいないと思ってたのに・・・孝二。
「ったく。今日も休めばよかったのにっ。」
「ひでぇな。腹痛がやっと治ったんだぜ。・・それで、予言書って何?基地っていうことは神社の洞窟にあるのか?俺たちにも見せろよ。」
孝二の後ろに翔吾くんもいた。大人びた態度で孝二が話しているのを見守っている。
私達は三人で顔を見合わせた。南ちゃんがしょうがないって感じで、孝二に話す。
「見せてもいいけど、何も書いていないように見えるただの本だよ。未希ちゃんだけが読めるの。」
「はぁー?!なんだそれ。」
「そう。なんだそれっていう代物。面白くないからお勧めしないよ。」
「でも、ことごとく当たるんだろ。未来が予言できるのなんて面白れぇじゃん。」
「あんた、耳ざといね。どこまでコソコソ聞いてたの。」
私がそう言うと、翔吾くんが始めて口を開いた。
「そこの窓の下を歩いてたらまる聞こえだったよ。」
外か・・・盲点だったな。
結局、口止め料として孝二と翔吾くんにも予言書を見せることになってしまった。
放課後、五人で神社の裏山の秘密基地に向かう。洞窟の中に入ると、男たちが声を上げた。
「へぇー、俺たちの所よりいい生活してるじゃん。」
「僕たちの基地にも机を拾って来ようよ、孝二。」
男たちは、お寺の防空壕跡地を基地にしている。ここよりも広いが家具などは置いていないらしい。
「これか?」
孝二が予言書をテーブルの上へ引っ張り出す。
「思ったより重てぇな。」
「未来は重いんだよきっと。・・・本当だ、何にも書いてない。成瀬さんには書いてあるように見えるんだ。ちょっと、読んでみてくれない?」
翔吾くんのこんなワクワクした顔は初めて見た。普段は冷静で、孝二が暴れてる横で突っ立ってるイメージしかなかったけど、こういうことは好きなのかな?
私は嫌々ページをめくって七月五日と書いてあると思った左ページに目をやる。
「・・・何も書いてない。あれ?昨日のところまでは書いてあるけど、今日のページは真っ白だよっ。やった!これ、予言書じゃなくなっちゃったんだ。やれやれ、良かったっ。」
「おい、未希。なぁーにがよかっただ。お前、俺たちに内緒にするつもりだな。」
「何言ってんのよ。言いがかりをつけないでっ。ほら、何にも書いてないでしょっ。」
私が孝二に向かって左のページを指さして反論すると、佳菜ちゃんに申し訳なさそうに言われた。
「未希ちゃん、私達どこに何が書いてあるのか見えないんだからさ・・・。」
あっ、そうか。私にははっきり見えているので忘れてた。
「ふーん。どうやら書いてないのは本当らしいな。・・・じゃあさ。俺たちでここに書いたらそれが本物の未来になるかもしれないぞっ。」
「・・孝二、あんたがそんな想像力豊かなお子さんだったなんて、先生は嬉しいわ。ウルウル。」
南ちゃんがいつものように孝二をからかう。
「バカ南、なにが先生だ。実験だよ実験。翔吾、カバン取ってっ。」
孝二は椅子に座ると、翔吾くんに取ってもらったランドセルから筆箱を取り出した。私に「今日はこのページなんだな。」と確認して、左のページに鉛筆で文章を書いていく。
『七月五日 孝二は今日、ドリブンヘッドのプラモを買ってもらう。夕食はハンバーグステーキだ。』
・・・乱暴者の孝二が思ったより綺麗な字を書くことは意外だったが、書いた内容が残念過ぎる。こいつは幼稚園児かっ。
「翔吾は何にする?」と孝二に聞かれて翔吾くんが戸惑っていた時に、本のページがピカッと光って孝二が「わわっ!」と大声を上げて仰け反ったのが見えた。
「何っ?」「どうしたの?!」「光ったよねっ。本がっ」その場が騒然となったところへ、翔吾くんの声が響く。
「孝二っ!顔に字が書いてあるっ!」
皆で孝二の顔を見ると、孝二が予言書に書いた言葉がそのまんま顔中に書かれていた。本を見ると、真っ白なページに戻っている。
「ええーーーーっ。」
佳菜ちゃんが顔を歪めて震えだした。それを南ちゃんが支えている。
孝二が「この野郎っ!」と予言書を放り投げると、同時に孝二の身体が宙に舞った。
ドスッと孝二が落ちる音がした途端、私たちは叫び声をあげて逃げ出した。
「「「わぁーーーーっ!!!」」」
私達が神社の社務所の方まで走って逃げていたら、孝二と翔吾くんも後から逃げて来た。
「はぁはぁ、やっべー。あの本ヤバいよ。」
「あれは孝二も悪いんだよ。どうもやられたぶんだけやり返すタイプの本なんじゃないか?」
翔吾くんが冷静に分析する。
「タイプって、なによっ。本がそんなことするなんて誰も思わないじゃないっ。」
佳菜ちゃんが半泣きになりながら翔吾くんに抗議をしたが、翔吾くんは皆をぐるりと見廻して大きく深呼吸ををして言った。
「ちょっと、みんな落ち着こう。」
みんなの息が落ち着いてきたところで、おもむろに話し始めた。
「僕は、ことごとく当たる予言書って聞いた時にこの世のものとは思わなかった。宇宙人か異世界人かが関与してると思ったよ。この世界にもシックスセンスが発達している魔女とか魔法使いと言われている人たちもいるよ。予言者や霊能力者もね。でもそんな人たちでも100パーセントの確率では予言できない。いくら未希さんが勉強が出来ても、急に完全に未来を予言できるようになるわけがない。」
南ちゃんが頷いて言った。
「翔吾くんが言いたいことはわかるよ。・・・でも、宇宙人?異世界人?本当にそんなものがいるのかなぁ。」
「僕もあの予言書を見るまでは半信半疑だったよ。特に、未希さんが今日は何も書いてないって言った時は全疑だった。でも、さっき起こった事はこの五人でしっかり見ただろ。僕は・・いるって断言できるね。」
「いるとしてもだな。なんでこんな田舎に関わろうとするんだ?」
「田舎っていうより、成瀬未希さんが選ばれたんじゃないかな。」
皆が私の方を見た。
「えっ?私?」
「そう。何かの理由か運命かで、それは逃れられないものなんだよ。」
・・・未希。