新事業
ハンカチとティッシュケースは・・。
「天子印のお出かけセット」の売れ行きは凄かったらしい。私がタエさんたちにチラッと話をした匂いちり紙もすぐに作れたようだ。そのため前回に次ぐ第二弾ということで、刺繍の入ったハンカチと匂いちり紙のセット「特別な日のお出かけセット」も売り出した。これも高級品のわりによく売れているそうだ。
服の方も「動きやすい天子ルック」として流行っているらしい。今日は9月に入って初めて町へ買い物に出て来たのだが、外を見ると道を歩いている人たちの3割ぐらいの人が洋服を着ている。着物を着ている人も興味深そうに洋服の人たちを見ているので、これからも洋服を着る人が増えるかもね。
「ずいぶん町の様子が様変わりしましたね。」
サラも天子ルックを見ながら感慨深そうだ。サラは職工組合のタエさんたちとの連絡係や調整役として奔走してくれたので、余計に思うところがあるのかもしれない。
馬車は都の中でも人の行き来の多い大通り沿いを走って行き、大きな店が並ぶ一角に止まった。何軒か先には食料雑貨の店が軒を連ねている。お客さんを呼び込む威勢のいい声や商店街のくじ引きに当たった時のようなカランカランという鐘の音も聞こえてくる。
「なんか大晦日の歳の市みたい。」
「まあ未希さま、歳の市はもっと人出が多いですよ。歳の市の時にはこんなところまで馬車で入れません。」
サラによると、こちらの世界にも日本と同じような歳の市があるそうだが、同じ年末の行事であるクリスマスの事を聞いたら「何ですかそれ?」と言われた。そう言えばクリスマスって、宗教行事だったっけ。世界が違うと神様も違うのかな。
「ねえ、神様という言葉は聞くけど、天樹国の神様ってどんな人なの?」
「・・・未希さまがそれを仰ってはいけませんよ。大神様は最初の天子さまです。」
「ああ、この国の創世者ということね。そう言えば聖心殿がそんなことを言ってたな。」
「少しは知っておられたのですね。安心しました。その天子さまが植えられた天樹がこの国を守っているのです。この天樹も神様ですね。大宮に祀られている天珠は天子さまの御心と言われています。この国にはあちこちに天樹の子孫が植えられています。そこに森家の分社がありその周りに、町や村が出来ているのです。今度の旅行でもそういう町や村を辿ってジュネに向かうことになると思いますよ。」
天子集会が開かれるという国境の町のジュネには馬車で三週間以上かかるらしく、私たちも三日後には都を出発しなければならない。その旅行用の荷を整えるために、今日は買い物に来たのである。
使徒だけで用意できると言われたのだが、どんなものを買うのか興味があったのでサラに無理を言ってついてきた。
最初に行ったのが陶器を扱っている店で、そこで他の国に降臨した天子へのお土産を買うらしい。
店に入ると壁際の棚や台の上に、壺や皿や茶碗が所狭しと並べてあった。土の風合いを生かしたものから絵付けがされたものまで色んな種類の陶器が揃っている。
こういう所へ来ると、自分が何かをガシャンと壊してしまうことを想像してしまう。注意して歩かないとね。なんせ天子さまだから。
サラとアサギリが金銀の入った綺麗に絵付けがされた壺を買っているのを邪魔しないように、一人で棚を眺めていたら、灰色がかったピンクと水色の品のいい夫婦湯飲みを見つけた。
これ、カツラさんとキリ君にいいかもね。大宮の聖心殿とカヤさんが好きそうな渋い土の風合いの湯飲みも見つけた。・・マー君とハルちゃんの顔も浮かんでくるが、あの二人には別のものがいいかな。
私が余計な買い物をしていると、サラに「馬車に入る物だけにしてくださいね。」と釘を刺された。
そうか、この世界には宅急便はないんだね。
天樹国の特産品でもある木で作ったサラダボールやスプーンとフォークのセット、宝石を埋め込んだ首飾りやキーホルダーのような根付も買って、御所に帰って来た。
夕食の時「宅急便があったらもっとたくさん買い物が出来るのにね。」と言うと、叔父さんが目を輝かせた。
「未希、これは商売になるぞ。宅配だけじゃなくて運輸や郵便も請け負ったらいいな。これは私でするより公的に整備して国家事業にしたほうがいいかも。そして利益を医療補助なんかに使って国民に還元したらどうだろう。ね、カツラさん。」
「・・えっ?ええ。」
叔父さんの勢いにカツラさんも圧倒されている。
キリ君が頭が痛いというように手を額に当てて、叔父さんに注意を促す。
「征四郎、あなたはこれ以上手を広げるつもりなのか? 今でも新商品開発と外務省の仕事で手いっぱいだろう。研究所の人間が『石鹸』というものが出来たと言って来ていたぞ。これの生産もしていくんだろ。」
「ああ石鹸の方は信頼できる人間に任すつもりです。この事業から出る利益の一部は研究所で使えるようにします。そうすると新しい産業も研究開発していけますからね。運輸事業は天子集会から帰って、外務省の仕事を西家の小西裕典に譲ってからにしますよ。」
ケロリとした叔父さんの言葉に、カツラさんがハッとした顔をした。
「小西裕典?聞いたことがない名前ですけど。西家の当主をその男にするつもりなのですか?」
「ええ。御所の厨房責任者の西岡健作という男がいるでしょう。彼の奥さんの実家の跡取りです。若いけれど人心を掌握する力がある。人柄も清廉潔白です。」
私は西岡さんという人を知っているので、その親戚筋の人ならなんとなく安心できる気がした。キリ君も西岡の親戚なら妥当な人事だなと言っている。
「まあ心配しないでください。今度の天子集会へも連れて行きますし、そこで外交の経験を積んでもらう予定です。」
叔父さんは天樹国の発展に力を貸せるのが面白いようだ。いろいろとアイデアを出して精力的に動き回っている。私は今まで、休みの日の、のんべんだらり・・こほん、リラックスした叔父さんしか見たことがなかったので、毎日の報告を兼ねた夕食会で今やっている仕事のことなんかを聞いて驚いている。こういう一面もあったんだね、叔父さん。
天子集会への旅立ちは五台の馬車と三台の荷馬車、護衛の近衛兵や使徒たちの騎馬隊を合わせると総勢70人を超える大部隊となった。
先ぶれということで近衛兵の二人と使徒が一人、私たちよりも一刻早く出発している。それとは別にハヤテが斥候で出て行った。
「これから外国へ行くのかと思うとドキドキするね。」
馬車の外で出立の準備をしている人たちを見ていたキリ君が車内に目を戻して、興奮している私を面白そうに眺める。
「未希は外国へ行ったことがないのか?」
「うん。この異世界へ来たのが外国と言えば外国だけど・・。言葉が変わらないからあんまり外国って感じがしないかも。昔の日本に来たみたいで、どっちかっていうとタイムスリップした感じかな。」
「タイムスリップか。征四郎もそんなことを言ってたな。征四郎も未希もときどきわからない言葉を使うけど、それはリグランド語なのか?」
「うーん、そうとも言うしそうでないとも言える。私たちの世界では横文字って言って外国語を基に作った言葉がたくさんあるの。状況を長く説明しなくてもいいようにするアダナみたいなものかな。」
私が一生懸命話しているのをキリ君はまた面白そうな顔をして眺めていた。最近よくキリ君にこんな顔で眺められてるなぁ。
私とサラが進行方向に向かって座っていて、キリ君とキリ君の従者のカズマが向かいに座っている。向かいに座られると、顔が良く見える。
最初に出会った時には冷たい目をしたいけ好かないハンサムっていう印象しかなかったけれど、最近は目つきが優しくなった。こういう顔が本にも書いてある眉目秀麗という顔なんだろうな。眉がキリっとしていて涼し気な目元が優しく細められている。鼻筋はスッと通っていて品のいい口元をしている。髪は黒々とつやがあり、マー君のくせ毛とは違って柔らかそうな髪だ。肌は抜けるように白くしっとりとしている。キリ君はオデキとか出来そうにないね。
足も長くて背も高く、堂々としている。こういうのが王子様っていうんだろうな。
「俺の顔に何かついてるか?」
「うん、ついてるよ。」
「えっ?どこだっ?!」
「ついてる。目と鼻と口が。」
「・・・・なんだそれ。」
ふふ、こういう小学生会話を知らないんだね。私はクスクス笑いながらキリ君の顔を観察していた。
馬車が、ガタッと音をたてて動き出した。
いよいよ新たなる旅の始まりだ。今度はどんな旅になるんだろうな。
いってらっしゃい。