流行
今日は御所で・・。
部屋の机に座って唸っていると、サラが私を呼びに来た。
「未希さま、今朝は何をなさってるんですか?」
「夏休みの宿題よ。帰るまで一年あるけど、やっとかないとするのを忘れそうだから。」
「えっと、お客様が来られているんですけど大丈夫でしょうか?」
「いいよ。誰?」
宿題はいつでもできる。私にお客さんだなんて珍しいな。
「『ポムの店』のチエコさんと仰ってました。商品の試作を見て欲しいそうです。」
「ああ、この間行った雑貨屋のおばさんね。」
えらく早いなぁ。まだ三日ぐらいしか経ってないよね。ハンカチは簡単そうだけど、もうティッシュケースが出来たのかしら。
私は見本のために、自分が持って来ていた三セットのハンカチとティッシュケースを持って、チエコさんが待っている来賓棟に歩いて行った。
「お待たせしました。」
私とサラが部屋へ入って行くと、この間のおばさんと他にも知らない男性と女性が立ち上がって私にお辞儀をした。
「天子さま、お忙しい所を申し訳ありません。こちらは商工会の会長のテツジさんと職工組合のタエさんです。私は先日お会いした雑貨屋のチエコと申します。」
皆さん、一人一人丁寧に挨拶をしてくれる。商工会?職工組合? なんか大事になっているんですけど。ちょっとした手芸の集まりって感じじゃなさそう。
「突然、大勢で押しかけて来てしまったのには訳があるんです。実は8月1日の天子さまのパレードからこっち、都では未希さまと征四郎さまのお召しになっている服が話題になっていまして、似たような服を売っていないのか問い合わせが殺到しているんです。」
「はぁ。西風・・リグランド国の服はこういうのではないんですか?」
エメンタル共和国諸州の大使はインド人のような服を着ていた。リグランド国の人は英語を喋るってカールが言っていたから、なんとなくアメリカの人が着ているジーパンやTシャツを想像していた。違うのだろうか。
「リグランド人はこういう服を着ます。」と言いながら職工組合のタエさんが持っていたスケッチブックのようなものにサラサラッと男女の服を書いてくれた。それはタケノヅカの舞台女優さんが着ているようなお姫様と王子様の服だった。・・・なるほど、全然違うね。
「出来たら私どもは天子さまの服を見せて頂いて、それをもとに新しい服を売りだしたいと思っているんです。けれどそちらは時間がかかりそうだ。だがチエコさんが今回試作したようなものは、すぐに数を揃えて売り出すことが出来ます。それの販売許可を頂けたらと思って、今回お邪魔させて頂きました。ええっとそのハンカチとティ・・ケス?」
「ティッシュケースですね。でも言いにくかったら『チリ紙入れ』でいいと思います。」
商工会のテツジさんは、威厳のある顔を真っ赤にして困っている。こういう女性が好む小物には親しみがないのに違いない。その上この場には女ばかりだ。身の置き場がないんだろうな。
「いえ、異国風の響きがいいですからケースという言葉は入れたいですわ。『ちり紙ケース』でもよろしいですか?」
チエコさんがすかさず私に問いかける。
「え? 私は何でもいいです。皆様のいいようにして売ってください。」
うーん、なんだ?これ。別にハンカチやティッシュケースを私が考えたわけじゃないんだから、私に確認しなくてもいいんだけど・・。
「テツジさん、販売権のことについてはアサギリという者が対応しますので、外務省に行ってアサギリを呼び出して話をしてください。」
側で聞いていたサラが口をはさむ。
「あ、そうですか。それでは私はそちらの方へ行かせて頂きます。それでは天子さま、失礼いたします。」
テツジさんは喜んで席を立ってそそくさと出て行った。
販売権? 私がサラの方を見ると「後で。」と声を出さずに言われた。・・任せとけばいいか。
それからのチエコさんとタエさんのテンションはすごかった。私が持っていた三種類のハンカチやティッシュケースを見て狂喜乱舞していた。タエさんは細かい模様もスケッチしている。
使い古しのハンカチをそんなにじっくり見られると恥ずかしいんですけど・・・。
私がこの世界に持って来たのは、キャラクターデザインのついた普通のハンカチとタオルハンカチ。そして四隅を刺繍してカッティングされているオシャレハンカチだ。
この素材のどれもが難しい技術で出来ているらしく、完璧に再現することは出来ないので、天樹国に今ある布でどのように作ったらいいか検討してみますと言っていた。
私はチエコさんが作ってきていた試作品でもいいと思ったが、そういう訳にはいかないらしい。
ティッシュケースのほうも、ティッシュのビニール包装を見て固まっていた。
「これは布なのですか?紙なのですか?」
「・・・ビニールというものです。布でも紙でもないです。ええっと、この世界にはないものなので別に無くても良いと思います。」
以前、使徒たちに説明した時にも困ったけどビニールって何で出来てるんだっけ。石油だったかなぁ?勉強しないといけないね。ろくな説明が出来ないや。
次に驚かれたのがティッシュの折り方だ。そう言えばこの折り方は特許を取っているってお父さんが言ってたな。身の回りに何となくあるものでも突き詰めれば多くの人たちの知恵と努力の結晶なんだね。
チエコさんとタエさんが帰った後で、販売権のことをサラに聞いてみた。
「新しい商品を作ったら、商工会に登録するんですよ。その商品を売りたかったら、商工会と商品を考えた人にいくらかお金を払って権利を買わなければなりません。その手続きをちゃんとしていないと罰せられます。これも秩序を保つために必要なんでしょうね。」
アサギリに任せとけば難しい手続きは全部してくれますと言うので、そうすることにした。私じゃあ難しすぎてよくわからない。
ところが叔父さんはアサギリやテツジさんと話をして、これは商機と見て取ったのか自分たちの服装のデザインを売ることも含めて、商工会と有利な契約を結んでいた。
このことが後に叔父さんと私に莫大な富をもたらす最初のきっかけになったのだった。
どうなっていくんでしょう。