外務大臣
エメンタル共和国諸州の大使は・・。
エメンタル共和国諸州のスーリ・チャクラン大使は、手のひらを合わせ私たちに向かって頭を下げた。
『天樹国が激動の時を迎えている今、このような申し出をすることをお許しください。実は、古より伝わる資料によりますと、今回の天子集会の準備は我が国が請け負うことになっているようなのです。外務大臣の西峰修二さんには詳しくお伝えしたのですが、その事をお聞き及びでしょうか?』
大使が話したことを通訳の人が私たちに伝えると、カツラさんは顔を赤くしてキリ君は憮然とした表情になった。どうも西峰修二はこの事を報告していなかったらしい。そうだよね、自分が亡き者にしようとした相手にそんなことは伝えないよね。
「申し訳ありません。すぐに資料を揃えてこちらも準備を整えます。そちらに座って簡単に概要を教えていただけませんか?」
キリ君の言葉に頷いて、大使と通訳者は説明する資料を取り出した。
『外務大臣が捕えられたと聞いて、この資料が必要なのではないかと思い、急ぎお持ちしたのです。』
渡された資料をキリ君が確かめる。
「ジュネでするのですね。」
『はい。三ヵ国の国境のある町がお互いの首都からも等距離なのではないかと思いまして。船が使えないのが不便ではありますが「三ヵ国同盟」を結んだ地でもありますし天子集会を催すのにふさわしいのではないかということになりました。』
キリ君とカツラさんが顔を見合わせて頷き合う。
「そうですか。こちらには異存はありません。開催日の10月5日までにあまり日がありませんね・・。」
「10月5日?!」
私は驚いて飛び上がった。
あー、やっぱり8月22日までには帰れないんだー。力なくボテッと椅子に座り大きなため息をつく。
夏休みの1か月の異世界旅行じゃなかった。1年かぁーー。長いなぁ。
『あ、あの。天子さまはご都合が悪いのでしょうか?』
私の様子にスーリ・チャクラン大使が慌てる。
『いえいえお気になさらずに。何でもありませんから。』
叔父さんが中国語でそう言うと、大使も通訳の人も驚いた。
『こちらの天子さまはエメンタル語が話せるんですね。』
『少しだけです。』
カツラさんの叔父さんを見る目がキラリと光った。惚れたの?と思ったが違った。
チャクラン大使が簡単に天子集会の説明をして帰ると、カツラさんが背筋を正して叔父さんに向き直った。
「征四郎さん、折り入ってお願いしたいことがございます。」
「は、はいっ。何でしょう。」
「天樹国の外務大臣に就任していただけませんか?」
「はぁあ?!!」
叔父さんが目を丸くしてカツラさんを凝視する。
私もびっくりしてカツラさんとキリ君を交互に見た。叔父さんが大臣?!どういうこと?
「西峰修二が外務大臣だったのはご存知だと思います。この度の騒動でその役が空いてしまいました。しかし、もともとが西家で固められてきた外務省です。大臣を他の三家の一人がすることになると力の均衡が崩れてしまうのです。桐人とはその事で悩んでいました。それでしばらくの間、征四郎さんに外務大臣をやって頂きたいのです。そしてできれば西家の傍流の人間から次の当主にふさわしい人間を選出して頂きたい。それならば他の三家との兼ね合いも取れます。」
「ふーむ。一時的措置の調整役か。それだったらいいですよ。お受けしましょう。」
受けちゃったよ、叔父さん。のんびり暮らしたいと言ってたのに大丈夫なのかなぁ。
事件のため延期になっていた国会が五日後に開かれたのだが、そこで叔父さんは正式に外務大臣に就任することになった。
内務省は東家の東海林造、教育・産業省は謹慎処分の解けた北家の北樹和臣、公安庁は南家の南枝辰雄といった具合にすべての大臣が変わり、上層部も大移動だ。こうやって上層部の顔ぶれを移動していくことで、省庁の一家専横を無くしていく計画らしい。
日本でもころころ大臣が変わるなぁと思っていたけど、そんな思惑もあるのかな?
叔父さんが西家の次期当主を選出するまでは、西家の土地も帝の公領として一時預かりの処置が取られることになった。そのため御所に雇う人員は大幅に増員されることになったのだ。厨房で料理人を雇った時に多めに雇っていて良かったと責任者の西岡さんにも言われた。
新しく御所に雇われた人たちも落ち着いたので、使徒の皆もまた私たちの所に戻って来た。アサギリやユタカ、ナギは叔父さんが率いる外務省の仕事で忙しくしている。
私は暇になったので、マユとサキチを連れて馬車で買い物に出かけることにした。護衛は忍者のハヤテとマユの婚約者のケヤキだ。
最初に行ったのはカツラさんに教えてもらった雑貨屋さんだ。以前行ったことのある学校の近くにそのお店はあった。建物は統一されている二階建てのレンガ造りのビルだが、店の入り口に花の鉢や壺などが飾られており、ショーウィンドウを見るとセンスのいい西風のかっぽう着や台所雑貨、女性が使う小物類などが来店を誘うように置かれていた。
「『ポムの部屋』ね。店の名前もオシャレな感じ。」
私とマユはワクワクして店の中に足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ。どうぞゆっくりと見て回ってください。」
店の奥に立っていた優しそうなおばさんが、私たちに声をかけてくれる。私たちはそちらに向かって頷いて入り口近くにあった袋類から見せてもらうことにした。
私が最初に手に取ったのは草木染の手提げ袋だ。オレンジと茶色のぼかしの入った袋はうちのお母さんの好みだと思う。これを買い物籠代わりにして、袋の中に南ちゃんと佳菜ちゃんの為に選んだ小袋や櫛を入れていく。自分の為には天樹の木彫りの置物と南ちゃん達とおそろいの櫛を入れ、家族へのお土産として木のスプーンを買うことにした。お父さんや晴信にはまた違う店で何か探すつもりだ。孝二と翔吾君へも何か用意するべきかな。ま、お金が余ったら考えるか。
マユとケヤキは新生活で使うための大皿を一枚買っていた。・・・ラブラブなんですけど。ハヤテは奥さんに手拭いを一枚買っている。ハヤテって結婚してたのね。奥さんはくノ一なのかしら?皆の買い物の様子をサキチは居心地悪そうに眺めている。ごめんねー、男の人向けのものは売ってないね。今度はそういう店にも行かなくちゃ。
お金を払っている時に、店主のおばさんに疑問に思ったことを聞いてみた。
「ハンカチやティッシュケースはないんですか?」
南ちゃん達へのお土産にしようと考えていたので、何気なく聞いたのだ。
「ハンカ・・?それはいったい、どのようなものなのですか?」
あれ?外来語だったっけ?
私がこういうものだと説明すると、おばさんは私の手を握って目を輝かせだした。
「今説明してくださったものを試作してみますので、確認して頂けませんか?!」
これが後に「天子印のお出かけセット」という名前で大流行になるのだが、その時の私は新たな商品を産み出したということも知らず、帰り道で見つけたお茶屋さんで美味しいお団子をのんびりと食べていたのだった。
呑気な未希ちゃん。