御所の改革
カツラさんたちの報告は・・。
カツラさんが感心していたのは使徒の連携と影響力だ。
「アサギリたちの働きには本当に感謝しています。この一日でほとんどの敵対勢力がいなくなったんですもの。」
「しかし、あそこまでの人数がこの長い年月で御所の中枢に入り込んでたとはな。」
キリ君は、その数の多さに背筋が冷えたそうだ。
西家の陰謀に関わっていた人間は極刑に処せられるという噂を使徒たちが御所中にばら撒くと、御所で働いている二割の人が姿をくらましたらしい。
「『天子さまがこの世に降臨されたことによって、桂樹姫巫女さまも桐人殿下も力を得られたのです。悪事を働いた者はすべてわかっていらっしゃるようです。』なんてもっともらしくアサギリが言ったものだから、関係者が蜘蛛の子を散らすように逃げていった。こっちは関係者全員の名前を把握できたし、安心して暮らせるようになったからありがたいが、秘書や受付、政務官もいなくなってね。申し訳ないがアサギリたちを臨時に使わせてもらってるよ。」
「殿下、それはいいですけど人員の募集が急務ですね。」
「そうなんだ。今日募集の告知をしたんだが、三日後に面接をするまでに僕たちである程度の選抜をしときたいと思う。人事に任せきりにしたらこれまでの二の舞になるからね。応募して来た者を順次、遠目と聞き耳でふるいにかけていきたいんだが、すまないけれど協力してくれないか?」
「ああ、そのくらいのことはお安い御用です。なっ、未希。」
叔父さんは神使いの術が使えるので嬉しそうだ。
「私もいいですよ。でもこれは仕事でしょ。少しでもいいですのでお給料を頂けたらお店でお土産を買えるんだけど・・。」
「ああ、そんなことなら直ぐに手配するよ。」
キリ君が約束してくれたので、私はニンマリと笑った。使徒の用意してくれたお金で家族や友だちへのお土産は買いにくい。自分たちで働いたお金なら堂々と買い物ができる。やった、四日市で見たような雑貨屋さんに行きたいな。
大宮に二日泊めてもらって元気が回復した私と叔父さんは、翌朝キリ君達と一緒に御所に帰った。なぜかマー君もついてきたのだが、私たちの手伝いをしてくれるのかと思えばそうではない。先日、会えなかったサキチに会いたかったらしい。・・・森家は政治に関わらないというが、マー君が言うと違う意味に感じられる。時代の見届け人と言えばカッコイイが、ただの風来坊とも言える。でも性格的には合ってるのかもね。
部屋で、サキチに話を聞いて大笑いしているマー君は放っといて、私たちは執務室にやって来た。いなくなったナナさんの代わりにマユが受付に座っていたので驚いた。
「未希さま、お元気そうで良かったです。こちらにご記入ください。」
手馴れた感じで来客名簿の紙を渡されたので、叔父さんと二人で記入する。
「本当に皆で手伝ってたのね。」
「ええ。ハヤテとコテキは交代で警備の穴を埋めています。アサギリさんとナギさんは政務官をしてますし、ユタカさんとサラさんは秘書をしてます。ケヤキたちは事務仕事に行ってるんですけど、こっちは苦戦しているようです。」
「ケヤキは護衛だもんねー。脳筋の人たちには事務仕事は大変だ。」
「ふふ、でも今日からアサギリさんの従兄弟で都の会社に勤めていた人が二人、御所に入ってくれるそうです。」
ああ、それなら安心だ。こういう時に信頼できる身内が多いと助かるね。
私たちは午前と午後に分けて、前と同じように2チームに分かれて作業をすることになった。午前中は私とキリ君が仕事に応募してきた人を見に行って、叔父さんとカツラさんは御所で仕事だ。
叔父さんに羨ましそうな目で見られたけど、後で交代するんだからいいじゃない。叔父さんは営業マンだから外に仕事に行く方が好きなのかもね。
「最初は、大木商会から二人だな。一人は事務仕事、もう一人は秘書の仕事を希望している。」
キリ君が書類を見ながら教えてくれる。私たちは馬車に乗って大木商会へ向かうことになった。
馬車が都の大通りを走って行く。道の両側には二階建てのレンガ造りのビルが多く、天樹国の田舎によくある木組みの建物が少ない。パレードの時には沿道の大勢の人に気を取られてあんまり建物のことを見ていなかった。
「キリ君、西風の建物が多いんだね。天珠離宮みたいに三階建てじゃないけど、綺麗に同じような建物が並んでる。」
「ああ、何年か前に街並みを一新したんだ。商店は、一階が店で二階にその店の人が住んでいる。平屋が多かったから二階建ての建物にしたことで土地の半分が空くだろ。火事や災害に備えて、道幅を広くして緊急時の避難所も作った。」
「へー、進んでる。」
社会科で習った災害に強い町づくりというのがもう出来てるんだ。
一軒の店の近くに馬車が止まったのでここが大木商会なのだろう。私とキリ君は術を使って商会の中の様子を探る。秘書を希望している人間は、残念ながら大木商会と繋がっているようだった。御所や国会での様子をスパイして商会の立ち回りに生かしたいというような話をしている。
「まぁ、そうだよな。この店は結構大手だから、急に辞めて御所の募集に応じるというのがおかしいと思った。」
事務員を希望している人のことはわからなかったけど、似たようなものだろう。キリ君は残念そうだったけどしょうがないね。
キリ君が、御者が座っている方の壁を叩くと、再び馬車は走り出した。
「ねぇ、今お勤めしている人より学生を雇ったほうが早いんじゃない?」
「そうだな。次の応募者を調べたら、学校へ行ってみるか。しかし、都の学校は南家の息がかかっている人間が多いからなぁ。・・・今度のことがあってから姉さまとも話したんだ。同じ家に長年一つの省庁を任せるのは弊害がある。ここでもその弊害と向き合わされそうだ。教育は南家、外交は西家、公安は東家、内政は北家というのが固定化してたから、陰謀を企んでも隠蔽しやすい体質だったんだ。西峰徹が研究者だったということは、南家の教育行政もどこかゆがんでいたのかもしれない。」
どこから手を付けたらいいんだろうと溜息をつくキリ君が気の毒だった。
「キリ君、こんなことがあったから誰も信用できない気がするだろうけど、西峰徹みたいな特殊な人間は世の中に何人もいないよ。普通の人は真面目に仕事をしてると思うよ。この天樹国は景色が綺麗だし食べ物も美味しい。港や町にも活気があった。それって大勢の人が頑張って国を支えてるからじゃない? 私たちが旅をしてる時に出会った人たちはいい人ばかりだったよ。西家の土地にだっていろんな人がいると思う。本家の意向に逆らえなくて困ってた人もいると思うよ。」
私がそう言って慰めると、キリ君は憑き物が落ちたような顔をして私をじっと見た。そんなに見られると恥ずかしいんですけど。
「未希・・・。」
キリ君が私に何か言いかけたところで、馬車が止まった。
ここの応募者はどんな人なんだろう。そんな事を思っていたら、大きな怒鳴り声が聞こえた。
「拾って教育をつけてやった恩を仇で返すとはなっ! 素性がわからないお前なんかが御所で働けるわけがなかろうっ。ふんっ。どっかで野垂れ死ぬといいわっ。」
「そんな、親方っ。」
遠目で見てみると、一人の青年が店から追い出されたようだ。どうもこの人が応募者の人らしい。
小さな袋1つを持ってヨロヨロと歩き出した背中が丸まっている。
「ハヤテ、お願い。」
護衛でついてきたハヤテにその人のことを頼んで、キリ君に向き直る。
「この人、見込みあるかもよ。」
「・・・・・。」
キリ君は、さっきと同じように私の顔をじっと見ていた。
桐人殿下は、未希に何を思ったのでしょう。




