天子歓迎会
登場したその人は・・。
にこやかな笑みを顔に浮かべた西峰徹は、人畜無害な地味な男に見える。麗華さんが話していたことを聞いていなければ、私は何も警戒しなかっただろう。天珠国に来て出会った優しい人の一人として記憶するに違いない。キリ君が言うように、危機一髪だったんだね。聖心殿が神使いの術を開放してくれていて助かった。
「天子研究をされているんですか。僕たちも天子について何も知らないので教えていただけるとありがたいです。」
なるほど、叔父さんは上手く情報を聞き出すつもりなのね。
「私でお役に立てる事なら何でもさせて頂きます。一つ、早めにお伝えしときたいことがあるんですよ。千年前に降臨された天子さまについて何かご存知ですか?」
西峰徹さん、ひっかかったね。
「いいえ。何も知らなんです。使徒からも何も聞いていません。」
「そうなんですか。・・・実は、千年前この世界に降り立たれた天子さまは何日かして次々と病に罹られたそうなんです。世界が違うと伝染病に罹患しやすくなるそうで・・・身体が弱くなられた天子さまは使命も碌に果たせなかったそうです。」
「まぁ、こちらの世界は伝染病が流行っているんですか? 怖いわ、叔父様。」
「それは聞き捨てならない情報だね。・・・どうしたらいいんだろう。この世界の病気に合わせた薬なんか持ってきてないぞ。」
「ご安心ください。たぶんそうであろうと考えて、あらかじめ医師に薬を用意させています。天子さまに元気で御役目を全うして頂きたいですからね。」
「まぁ、なんて親切な方なんでしょう。こんなに細やかに気を配ってくださる方がいらっしゃるなんて、桂樹姫巫女さまにもお礼を言わなくっちゃ。薬は使徒に渡して頂けます?予防薬になるのなら、早速、寝る前に飲んでおきます。」
「そうですね。早めに飲まれたほうがいいでしょう。後で、お部屋の方へ届けさせます。」
「ありがとうございます。お代の方は如何ほどでしょう?」
「それは、国の天子必要経費に計上しておきますよ。」
「そんな予算があるんですか?!」
「ええ。天子さまにはこの世界で不自由なく生活して頂きたいですから。」
「いろいろとすみません。助かります。どうかよろしくお願いします。」
ふふっ、薬ね。証拠品ゲットだよ。
西峰徹は顔色も変えず目立つこともなく、スッと去って行った。ある意味、敵ながらあっぱれだ。
北家の本家でも「天子にこの世界に下手な影響を与えられたら北家の治世が揺らぐ。」とでも言ったのかもしれないね。「こういうことは隠されていたんですが、よく研究してみると千年前、世が乱れて困ったらしいのです。」とかなんとか。
天子歓迎会の会場に入ると、大勢の人が一斉にこちらに注目するのがわかった。両手両足が一緒に出ていないよねとドキドキしながら歩いて行く。正面に桂樹姫巫女さまと桐人殿下が私たちと同じような白い着物を着て立っているのが見える。カツラさんの着物には朱色の飾りがついていて、キリ君は水色の飾りがついている。私たちはお互いに顔を見合わせて、にっこりと笑った。私の顔は、多少引きつっていたかもしれない。
四人が一段高い壇上に上がって、この部屋にひしめいている大勢の貴族の方を向くと、「おおーーっ!」という地鳴りのような歓声が湧いた。「天子さまーっ。」「姫巫女様ーっ。」「桐人殿下ーっ。」という声が方々であがる。・・・スターになった気分だね。困惑するというか、なんというか。
「千年の長い時を経て、再び天子さまがこの世界にいらっしゃいました。これからこの世界に多くの幸いをもたらしてくれることでしょう。私たちは心から天子さまを歓迎したいと思います。」
よく通る姫巫女さまの声が会場の隅々まで響き渡る。
「おおおーーーっ。」
それに応えて貴族たちからも、歓声と拍手が起こった。ある程度騒ぎが収まったところで、姫巫女さまが再び話し始めた。
「先日、行き過ぎた出来事がありました。それについては現在調査中です。しかし、政治の停滞をそのままにしておけません。明日には新しい首相を指名したいと思っています。そちらの方は、また国会の方で発表いたします。」
姫巫女様のこの発言にはザワザワとした驚きの声が上がったが、その後で多くの拍手も起きて概ね政権の交代が受け入れられたようだ。
私たちのすぐ前にいたのは、西家の人たちなのだろうか? ニヤニヤ笑いながら、配られる飲み物で早くも乾杯している人たちがいた。
私たちにも飲み物が配られたので、全員の準備が整ったようだ。桐人殿下が一歩前に出て、大きな声で乾杯の音頭をとる。
「それでは、天樹国の更なる発展と天子さまへの歓迎の意を表して皆で乾杯をしたいと思う。乾杯っ!」
「「「乾杯っ!!」」」
乾杯の後では座ってもいいという事だったので、私はガクガクしていた足をなんとか動かして後ろに置かれていたテーブルについた。やれやれ、緊張したー。
でもこんな所に座っていると、後ろに大きな樹が描かれた金屏風もあるから、結婚式の花嫁さんと花婿さんみたいだ。
皆も席に着いたので、これから夕食を食べるのかと思っていたが、次々に挨拶に来られるので食事どころではなかった。
「天子さま、お初にお目にかかります。北家当主の北樹和臣と申します。この度は不肖の娘と弟が、とんでもないことをしでかしまして、お心を煩わせてしまい誠に申し訳ありませんでした。」
和臣さんは深く深く頭を下げられた。
へぇ~、この人が首相をしてた人なのね。少し白髪の混じった髪のダンディーなイケメンだ。キリ君が歳を取ったらこんな感じになるのかも。しかし顔には疲れた様子が見える。身内が起こしたこの度の不祥事で、さぞかし心を痛めていることだろう。
「まだはっきりと罪が確定したわけではないのでしょう?それに僕たちも使徒もみんな無事でした。僕たちは気にしていませんから、あまりお心を痛められませんように。」
「・・・なんと寛大なっ。ありがとうございます。重ね重ね申し訳ない。」
なんか気の毒になっちゃうな。早く真実を教えてあげたいけど、準備が整うまでは駄目だよね。
それにしても西家、えげつないやり口だ。
そんな事を思っていたら次にやって来たのはその西家の当主だった。
「お初にお目にかかります。西家の当主、西峰修二と申します。お見知りおきください。」
・・・やっぱり一番前でお先に乾杯してた人だよ。髪をオールバックにして、テカテカした脂ぎった感じの人だ。頭の中は首相就任演説でも考えてるんじゃないだろうか。私たちへの挨拶も気持ちのこもっていない型通りのものだった。こっちも「よろしくお願いします。」とだけ言っておいた。
次は南家の当主だった。どうも今までの権力の大きい順に挨拶に来ているみたいだ。当主の南枝辰雄さんという人は、普通のおじさんだった。当主ってもっと偉そうなのかと思ってたよ。
最後に来た東家の当主、東海林造さんが一番インパクトがあった。大柄な逞しい体格で顎鬚を長く伸ばしたお爺さんだ。歳を取っていても生き生きとしていて姿勢も良い。日に焼けた顔に深く刻まれたシワを見ると、海の男と言う感じがした。声も大きく、ガハガハ笑いながら「まずはゆっくり天樹国を見物してくれっ。東家に来たら旨い魚を食わせてやるぞっ。」と言われた。美味しい魚。波留の港で食べた魚料理を思い出す。ふふふ、ぜひお邪魔したいものだ。
四家の当主の挨拶が済むと、今度は貴族たちの列が出来ていた。
・・・お腹、すいたなぁー。
が、頑張れ。