御所
パレードの後で・・。
馬車のパレードで疲れ果てた私は来賓用の部屋のベッドに横たわっていた。
とうとう御所についたんだね。使徒の村の村長さんにこの国の王様に会いに御所に向かうと言われてからずいぶん時が経ったような気がする。
大宮で授けられると言っていたご神託とやらは、随分ゆるい感じだった。
異世界見物と帝の権威を保つこと・・か。
今回の北家の騒動で、カツラさんの権威は随分傷ついただろうな。なんせ千年に一度の天子降臨に、一番血筋が近い親族が失態を起こしたのだ。北家の当主も何を考えてたんだろう。天珠の森の結界一つをとっても、天子でない人間が取って代われるはずがないじゃない。子どもでもわかりそうなものだ。
ん? おかしいぞ。
権力の中枢にあって、帝に近い人間がそんなことを知らないはずがない。
ということは、一度天子と認められたら結界の中に入れるようになるとか、何かの補正が働くようになるとかのアドバイスでも受けたのかしら?
・・・もしそうなら、小町での会議の時にトコロさんが言っていた“森家の予言書を研究できる立場”の者が一番怪しくない?
私はむっくりとベッドから起き上がった。これは、カツラさんに伝えるべきだよね。
私は隣にある叔父さんの部屋のドアを叩いた。「んー、未希かぁー?」という物憂げな声が聞こえる。叔父さんも寝てたのかな。
やっぱり寝てたみたい。疲れたよね、パレード。一般人には経験値がない騒ぎだったもんね。
寝入りばなを起こされたような顔の叔父さんに、さっき私が考えたようなことを話したら、段々と覚醒して来たようで、顔つきがしっかりしてきた。
「そう言えば確かに変だな。北家の統領が権力にしがみつきたくて天子の座をも狙ったって思っていたけど、天子がこの世界にいるのって十日から一年ぐらいだよな。そんな短期間で何ができる?」
「その滞在期間もまだよくわかってないでしょ。研究者ならどうとでも言えるじゃない。」
「そうだな。俺たち天子自身も知らないんだから期間は自分たちで決められるか・・。でも、未希でもわかるこんな簡単なことに誰も気づいてなさそうなのが変だな。」
「トコロさんは御所の帝に近しい地位のある者もいないとこういう事は起こせないって言ってたよ。誰かがカツラさんやキリ君に違う情報を吹き込んでるのかも。」
「うん、それは言える。しかしその誰ががわからないとこが問題だな。周り中を疑ったら執政も出来ないだろ。・・・そうか、それで聖心殿は『神使いの術』の開放に踏み切ったのか。」
「でしょうね。叔父さんが天井に張り付いて遊ぶためじゃないっていうのは確かだよ。」
「悪かったよ。でもやってみたくなるだろう?空が飛べるんだぞっ。爆破をやってみなかっただけ良識がある。うん。」
・・・まさか・・爆破もやってみたかったんだ。もうっ、困った人だね。
私は叔父さんと一緒にカツラさんに会いに行くことにした。情報の共有が一番大切だと思ったのだ。アサギリに交渉してもらって、昼食の後に十五分の面会時間を取ってもらうことになった。これでも緊急の速さで時間が取れたという。執政者はちょっとこんにちはぁ~という具合には会えないそうだ。五分間隔でスケジュール管理されているらしい。夜の天子歓迎パーティーで話をするのは駄目なのか?と勝俊さんに渋られたそうだ。
アサギリ、頑張ったんだね。
昼食は私たちの世界で言うイタリアンだった。久しぶりにパスタを食べた気がするー。やっぱりパスタは美味しいよね。バジルとトマトソースとボロネーゼの三種類のパスタが楽しめたので私はお腹も心も満足した。
カツラさんの執務室を尋ねたら、キリ君と一緒に食後のお茶を飲んでいるところだった。突然の訪問を詫びて、私たちの考えていることを話す。
「天子の滞在期間については、初めて聞きました。その予測は本当の事なのですか?」
「予言書には8月22日に二人で元の世界に帰れると書いてありました。使徒の村の村長が言ったように惑星直列の影響である『時の狭間』が関係しているのであれば、一年後の8月22日のことなのかもしれません。」
叔父さんがカツラさんに今まで聞いたことを話すとより不思議そうな顔をされた。
「私たちは、従者や研究者に全く違うことを聞いていました。天子降臨に伴って、国家予算を組む必要があったのです。その予算を組むうえで話されたことは、千年ごとに天子がこの世にやって来て、ここで一生を過ごすというものでした。」
「ああ、それを聞くと未希が言ったあっちとこっちで離れて結婚生活をするのは無理だという意味も、もっとよくわかるな。俺は、天子というものは使徒の村で生活するのかと思っていた。異世界とこの世界じゃ聖心の言う結婚なんて果てしなく突拍子もない話になるな。」
私たちは、あまりの状況把握の違いに目が点になりそうだった。
「あのう、国家予算と申されましたが使徒たちから聞いた話では、使徒の村は都から税金が免除されている代わりに、千年の時をかけて天子降臨の年の為にお金を用意しているそうです。その部分も情報がおかしいですね。」
「この認識の乖離はなんなんだ?長い時間をかけた何か意図的な策略を感じるな。」
私の話と叔父さんの呟きにカツラさんとキリ君は顔色をなくした。ただの北家の暴走ではないのかもしれない。ここまで話が食い違うと全体がおかしく見えてくる。
「ちょっと話を整理しよう。政治を担う中枢がすべておかしくなっているとすれば、大事じゃないか。誰かが長年かけて情報操作をしていることになる。これは本腰を入れて取り組まなくてはならないようだぞ。今、信用できるのは天珠に受け入れられている琴音さんと勝俊さんか。二人だけじゃ心もとないな。」
「叔父さん、トコロさんの家族がいるよ。奥さんが他の子ども達は都で働いてるから末っ子のトモ君がいてくれて寂しくないって言ってたじゃない。七人もいればあちこちから情報が集まるんじゃない?」
「そうだな。アサギリも使徒を都に送っていると言っていた。とにかく使徒側の情報も集めて違う部分を擦り合わせてみよう。そうすればどの辺りから手を付けていくべきか見えて来るんじゃないか?」
「ありがとうございます。あなた方の世界ではないのに親身になって頂いて・・。」
「カツラさん、僕たちも関係あるから天子としてここにいるんです。とにかく僕たちがいる期間で、何らかの成果が出せるようにやってみましょう。四人で聞き耳や遠目を使えばだいぶ情報の精査ができそうだ。」
「征四郎、チームを分けよう。俺と姉上は御所にいる人間や政治に関わっている人物がわかる。しかし誰を信用していいのか、誰がおかしなことをしているのか客観的に判断できない。北家の事などは客観視できなかったことが大きいんだ。こんなことがあっても、おじいさまが耄碌してきてたから、今度の騒ぎが起きたんだと思い込んでたからな。征四郎は会社員なんだから、仕事には長けているだろう。姉さまに張り付いて、すぐには動けない姉さまの手足として動いてくれないか?できたら、俺がやっていた内政の仕事もやってもらいたい。 未希は俺と一緒に研究者の方向から洗ってみよう。できたら未希に使徒たちも動かしてもらいたい。それで、夜に四人で情報の擦り合わせをしていくというのはどうだろう。」
ふーん、キリ君もぼんやりと仕事をしていたわけじゃないんだな。イマイチ押しの弱いお姉さんを助けて色々なことを決断して来たのだろう。そんなことも感じられる提案だった。
「殿下が言われたのは、いい考えだと思います。神使いの術が生きてきそうですね。」
叔父さん、そこでニンマリしたら台無しだよ。気持ちはわかるけどさぁ。
午後の予定を変えられてしまった琴音さんと勝俊さんは唖然としたが、事態の深刻さを聞かされてやる気になったようだった。
「姫巫女さま、私たちが疑念を持ち始めたことを敵に悟られてはいけません。うちの父のアドバイスを受けて、二組の結婚準備としてお互いの仕事を手伝っているということにしたらどうでしょう。」
琴音さんの意見に勝俊さんも賛成した。
「その方が予定を変えられた方にも、受け入れやすいでしょう。四人の方がしばしば集まられる理由にもなります。」
なんか釈然としないものも感じたが、二人の提案を受け入れて動いてみることにした。
しかし事態は思わぬ方へ転がることになる。
休日返上の忙しさになりそうですね。