訪問者
滞在が長丁場になる可能性・・。
温泉卵は美味しかった。箸で割るとトロッと黄身がたれてきて白身も程よく柔らかいし丁度良い半熟具合だった。
ご飯は美味しい。けれど、さっきわかった一年の滞在という事実に私は打ちのめされていた。部屋に帰ってすぐに叔父さんに言ったのだが、叔父さんは使徒の村の村長さんの話を聞いた時にその可能性は考えてみたらしい。・・・私の驚きを誰もわかってくれない。夏休みだけの一か月の冒険って思っていたのは私だけ?!
「未希、そんなブーたれた顔で飯を食べるな。まだ可能性の一つだろ。どうなるかは大宮へ行ってみないことにはわからないよ。」
「でも、サラたちが十日程じゃ何もできないって言うんだもん。」
「それは言う通りだろうな。魔獣とかを倒せなんて頼まれるんなら短期決戦もあるけど、北家のスタンドプレーとかを考えるとやっぱ内政問題かもしれないぞ。千年に一度の天子降臨に平気でチャチャを入れて来るんだからな。帝の権威が落ちていることも考えられる。」
「わぁー、めんどくさそう。私、政治が絡んだ近世史って苦手なんだけど。歴史なんかは古代史の方が好き。」
「覚えることが少ないからだろ。」
「うん。」
「俺も歴史や政治はイマイチだ。専門は経済だから少しは政治も関わって来るけど本格的にはわからん。産業振興や貿易なんかはお役に立てそうだけど。」
「叔父さんはいいよ。少しは役立てる知識もあるでしょ。私は何をしたらいいんだろうね。」
「んー、サラに教えてるみたいな俺らの世界の話なんじゃないか?俺だけだと女のことはわかんないし。」
「えー?こっちとは微妙に文化がズレてるから通じないことも多いよ。」
私たちがそんな話をしながら部屋で夕食を食べていたら、アサギリがやってきた。
「お食事中にすみません。大宮からのお客様が到着されたようなんです。この場にお一人分の席を作ってもよろしいでしょうか。出来たら食事をしながら挨拶をしておきたいと仰っているのですが・・。」
アサギリも困っているようだ。普通は食事の後で会う段取りになるだろう。
叔父さんは苦笑して、いいよと言っていた。私にも異存はない。アサギリに無理を通せるとは余程押しが強い人なんだろうか。サラとマユがすぐさまお膳を運び込み、叔父さんの対面の席に食事の用意をする。
ナギが先導して連れて来たのは、ナギと同い年くらいに見える若い男性だった。
あら、思っていたより若い人だ。何でアサギリはこの人を説得できなかったんだろう?
その男性は部屋に入ってすぐ胡坐をかいて座って、頭を下げて挨拶をした。
「天子さま、お初にお目にかかります。私、大宮の宮司である森司神聖心の息子、征嗣と申します。お見知りおきください。」
「よろしくお願いします。顔を上げて下さい。」
叔父さんが声をかけると、その男性は直ぐに顔をあげて私たちの方を見た。わっ、カッコいい。ジャニ系だ。甘いマスクでちょっとやんちゃな感じ。髪はクセっ気のある黒髪だ。こっちの世界に来て私たち以外の黒髪の人を見たのは初めてだ。
「僕は遠山征四郎です。」
「私は成瀬未希です。よろしくお願いします。」
「まあ食事が冷めないうちにどうぞ。失礼ですが僕たちも食事を続けさせてもらいますよ。」
叔父さんが勧めると、征嗣さんは失礼しますと言って、手を合わせてお辞儀をすると緊張することもなく食べ始めた。
遠慮のない人みたいだね。ちょっと安心する。私も叔父さんと一緒に食事を再開した。
「そう言えば、征嗣さんはどうやって私たちがここにいるとわかったんですか?」
「征四郎さま、私のことはマサツグと呼び捨てください。親しい者からはマー君って呼ばれてるんですけどね。」
そう答えて、マー君はニコッと笑う。なんかするりと懐に入り込まれるというか何というか、隔たりを感じさせない人だ。
「予言書が呼びに来たんですよ。親父は都のゴタゴタで手いっぱいだったもんだから、僕が天子さまのお迎えをすることになったんです。天珠の森には天子さましか入れませんからね。使徒の人たちが困るでしょ。」
「都のゴタゴタっていうことは、北家の思惑が露見したということですか?」
「そう、あんなことやってバレないと思うなんて北家の惣領も権力ボケしてきてるよね。使徒の団体が三方向から都に入ったんですよ。都は大騒ぎになって、なかなか面白いことになっているようです。」
マー君は完全に面白がっている。私たちがいなければ見物に行きたかったのかもしれない。
「三方向と言うと、私たちと一緒に来た使徒たちは無事だったんですね。」
「ええ。未希さま、ご安心ください。使徒たちは全員無事だそうです。未希さまの格好をした使徒もいたそうで、見たかったなー。」
マー君の言葉に私の服を着たサキチの姿が浮かぶ。・・・サキチ頑張ったんだね。ごめんね、女の子の格好をさせちゃって。
「それで、使徒たちに話す前に天子さまお二人だけにお耳に入れとくことがあるんです。」
マー君がそう言うと、叔父さんが天井を見て「ハヤテ。」とだけ言った。えっ?ハヤテが天井にいたの?!
「失礼しました。話してください。」
「・・・なるほど。北家がしてやられるはずだね。優秀な忍術使いがいるようだ。話というのは森家の秘伝である神使いの術を開放してしまったことなんです。」
「神使いの術?それは何なのですか?」
「これは時の帝とその兄弟、つまり桂樹姫巫女様と桐人殿下のことですね。このお二人と天子さまお二人だけに使える神がかりな術ということです。これは、滅多なことでは発動できません。森家代々に伝わる秘伝で、嫡子にしか口伝えされないものです。僕もさっき初めて聞きました。なのでその使い方は、追って親父の方から話があるでしょう。キリにちょっと使ってみてと言ったら、殴られました。あっ、キリっていうのは桐人殿下のことです。僕たち幼馴染みなもんで。」
うーん。なんかマー君が秘伝って言うと軽いなー。
「神がかりな術かぁ、ちょっと異世界っぽくなってきたな。」
叔父さんもニンマリしている。もう、男ってどうしてこういう反応なんだろう。マー君と叔父さんが、孝二の姿に重なった。予言書に投げ飛ばされないといいけど。
「ちょっと質問してもいいですか?」
「いいですよ。」
「桂樹姫巫女さまと桐人殿下は何歳なんでしょう。征嗣さんと幼馴染ということはまだ若い方なんですか?」
「未希さま、マサツグでいいです。言いにくかったらマー君で。カツラは20歳でキリは僕と同い年で17歳なんです。二人とも頑張って天樹国を治めてるんだけど、先の帝が早くに身罷られたからねぇ。どうしても外戚の北家の力が強くなってるんですよ。」
「まだ若い方だったんですね。帝って言われてたから、もっと歳の方だと思ってました。」
「うん。若くないと天子さまも困るでしょう。」
「はっ? どうして私たちが困るんですか?」
「だって、未希さまもおじさんと結婚したくないでしょう。キリはいい奴ですから心配ないですよ。お勧めです。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
ちょっと待て。何かおかしなことを聞いたような・・・。
私と叔父さんは食事の手を止めて固まってしまった。
結婚?!
誰と誰がっ?!!
使命って・・・・?!