北家の思惑と対策
四日町の宿で・・。
叔父さんとアサギリが宿に帰って来たのでハヤテの懸念を伝えると、アサギリが険しい顔をした。
「私も先程、都の使徒に伝書鳩を飛ばしてきました。北家の馬車がこの辺りにあるのはおかしいですね。今年の夏は天子降臨の為、貴族の夏季休暇はなかったはずです。都からも北家の領地からも離れたこの地に馬車があるというのは不自然ですねぇ・・。ハヤテの考えは正しいと思います。用心に越したことはありません。」
アサギリにも念を押されて、夕食も食堂のある広間に食べに行くのではなく部屋へ運んでもらうことになった。
天子の森から南側は、王の公領になるらしい。私たちはずっと公領を旅して来たことになる。桂樹姫巫女さまは、広い領地を持っているようだ。でもあんまり広すぎると管理が大変だね。
姫というぐらいだから女の人なんだろう。どんな人なのかな。貴族の北家が不穏な動きをしていることを考えると、ちょっと会うのが怖いような気もする。優しい人だといいんだけど・・・。
夕食は魚介類を中心とした豪華なお膳だった。波留の宿で食べたような漁師料理ではなく、プロの料理人が作ったような洗練された料理だ。名嘉真港がある四日町のこの宿には、叔父さん待望のビールもあった。
「プハァ、やっぱり夏はビールだよな。刺身にビール、合うねぇ。」
「叔父さん、飲みすぎ注意だよ。」
「わかってるって。まだ一本目じゃないか。未希も姉さんに似てうるさいなぁ。」
ちゃんと自制して酔っぱらわないようにする人なんだったら、誰も何も言わないと思う。二日酔いで泣きたいんだったら好きにすればいいよ。私はもう放って置くことにした。
翌朝、船が出港するギリギリの時間にハヤテが帰って来た。
みんなで甲板に集まってハヤテの報告を聞くことになった。叔父さんは二日酔いで青い顔をしていたが、頑張って参加している。だから飲みすぎ注意って言ったんだけどな。
「北家の人間で四日町に来ている者がわかりました。北家当主の長女である北樹麗華、当主の弟になる北樹正臣の二名です。供のものを十名ほど連れて隣の宿に滞在していました。」
「隣の宿?・・・北家の本家筋の人間が今の時期にこんなところにいるとは、ますます妙な話だな。」
アサギリも本家の人間とは思わなかったと考え込んでいる。
「北家の人も叔父さんと姪なんだね。」
私がそう言うと、皆がハッとしたように私の顔を見る。・・・全員で一斉にこっちを見ないでよ。なんか変なことを言ったのかとドキドキするじゃない。
「未希さまの言われたことは、何かの糸口になるかもしれませんぞ。偶然にしてはおかしな符号だ。」
船長さんがしわがれ声でそう言うと、アサギリも頷いた。
「天子の座をとってかわろうとしているのでしょうか?しかし、そんなことは使徒が許さないことはわかっているでしょう。・・・しかしこれは厄介なことになってきました。分家の暴走であればと思っていたのですが。」
ハヤテが言うには、北家の人たちは朝早くに船で港を出て行ったそうだ。コテキがその船に潜んで行ったというのを聞いてびっくりした。船の中って隠れるところがあるの?見つからないといいけれど・・。
私たちも名嘉真港を出港して最後の寄港地である天開の港に向かった。
叔父さんは船に乗っている間中、トイレに籠っているか船室で伸びていた。こういうのを自業自得って言うんだね。かわいそうだけどしょうがない。
一日船を走らせて天開の港に入った時には、もう空は薄暗くなっていた。船が係留された後で、船室まで使徒の一人が呼びに来てくれたのだが、その顔を見てびっくりした。北家の船に潜んで行ったというコテキだったのだ。
「コテキじゃないっ! あなた、北家の船に乗って行ったって・・。」
「未希さま、北家の船も天開の港に着いたんですよ。そんなことより重要な話があります。どうも北家の本家の二人は本気で天子になり替わろうとしているようなんです。」
「馬鹿なっ。使徒がそれを許すと思っているのかっ。」
「ユタカ、落ち着いて聞け。北家の船の中に紺色の髪の使徒風に見える奴らが大勢乗っていた。布津賀村や参日場出身の奴らじゃないかと思う。俺たちみたいな濃紺の髪ではないが、都の人間は本物の使徒に逢うことは稀だ。騙されるものもいるだろう。」
「ふむ。よくやった、コテキ。船長と話を付けてくる。」
アサギリはコテキが言うようなことも想定していたのかもしれない。直ぐに船長に頼んで天開の港に近い片瀬港に船を走らせてもらうことにしたようだ。
闇に紛れて船は動き出した。一刻ほどで片瀬港に着くと「準備をしてまいりますので、しばらくお待ちください。」と私たちに言い置いて、アサギリたちは何人かで出かけて行った。
いったいどんな準備をするんだろうと思っていたが、アサギリの用意周到な策に呆れることになった。
アサギリの策は、分身の術というべきものだった。私たちは三つのチームに分かれることになったのだ。
このまま船に残って天開の港に取って返し、敵と対峙するチーム。これには腕に覚えのある護衛の人たちがあたることになった。それからサキチが私の役に扮して髪の毛を隠し、ここ片瀬港に泊まるチーム。これにはコテキと荷物運びの人や船の世話をしてくれていた人たちをあて、一番人数を多くしていた。そして私達は少人数で、夜蔭に紛れて徒歩で隣町にまで行き、宿をとると言う。
サラやマユ役の小柄な男の人たちが、サラたちに貸してもらったピンクの着物を着ているのを見るとこんな時なのにちょっと笑ってしまった。そして、私の服を着たサキチも・・・クッ、なかなか似合ってるよ。
叔父さん役をすることになったコテキは、叔父さんに借りたジーパンを履いて嬉しそうだった。着物より動きやすいよね。コテキはスラっと背が高いのでこういう格好をすると俳優さんみたいだ。
さて、アサギリのこの策が上手くいくといいのだが。船に残って天開の港に行く使徒の人たちに、攪乱が目的なんだから無理をしないで都まで逃げ延びて来て欲しいと言うと、皆、「任してください。全力で逃げ回ります。」と目を光らせてやる気満々だった。
船が出るのを見送って、私たちは二手に分かれて其々の宿に向かった。
「久しぶりの歩きだね。叔父さん、二日酔い大丈夫?」
「うん。船に乗ってるよりマシだ。今日は酒は止めとこう。」
「都に着くまでね。」
「・・・わかったよ。」
しかし北家の人たちって何を考えているんだろう。天子の仕事がそれほどしたいんだったら言ってくれたら譲ってあげるのになぁ。
アサギリ・・やるな。