お団子
嵐は・・。
猛烈な嵐は一日半続いた。波留の港で三日目の夜を迎える頃にやっと風雨が収まってきていた。カタカタと窓を揺らしていた風がなくなった時に、やっと嵐が通り過ぎたことがわかった。
夕食には私たちが持って来ていたおにぎりの携帯食を食べた。
女性陣には味が美味しいと言われたが、男の人たちからは何故お湯を入れるだけでおにぎりが出来るのか、外を覆っているつるつるした紙はどうやって作るのかとしつこく質問された。答えは全部、叔父さんに丸投げしたけれど、こればかりは叔父さんも答えに困っていた。
私たちにもわからないよね。ただの塩結びではなくて、炊き込みご飯や鮭の混ぜご飯もあるんだよ。それがお湯か水を入れるだけで作れる。凄い技術だよね。
「これなら宇宙にも持って行けるね。・・そうかっ、宇宙で食べられるように開発されたのかも。」
そんなことをポロリと口にしたものだから、今度は宇宙開発について質問が飛んでいた。叔父さん、ごめん。
「あー、まいった。アサギリとサキチの追及が厳しいのなんのって、俺も専門家じゃないから細かいことまでわからないよ。」
叔父さんは夕食を食べただけで疲れたらしい。部屋に帰ると布団にごろりと寝転がった。
「アサギリはわかるような気がするけど、サキチも科学技術に興味があるの?」
「うん。あいつは結構鋭いよ。何にでも興味がある年頃なんだろうな。まだ13歳だから頭も柔らかいし。」
「ふーん。私より一つ上か。」
正直「そうなんっすよ。未希さま。」などという話し方を聞いていると、とても頭脳派だとは思えなかった。
私の中ではサキチは少し可愛げのある孝二って感じだったのだ。しかしどうも中身は翔吾くんに近かったらしい。
翌朝、長いことお世話になったおかみさんたちにお礼を言って、宿を後にした。船が港を出て行くのを波留の港の人たちが手を振って見送ってくれているのを見て涙が出そうになった。叔父さんも私に隠れて顔を拭っていたけれど、見ない振りをしてあげた。お母さんの家系は涙もろいからね。
船長が上機嫌で鼻歌を歌っていたが、船もその機嫌に合わせるかのように快調に波の上を滑って行った。こんなに良い風で走れることはなかなか無いそうだ。次の寄港地の名嘉真港に着いた時には、まだ三時頃だった。こちらでは未の刻が終わった八つ時というらしい。
名嘉真港は活気のある所で、多くの船が港を行きかっていた。町には商店が立ち並び内陸の方まで家屋がひしめいている。アサギリが嵐から避難するのなら名嘉真港にしたいと思うはずだよ。ここなら何でも揃いそうだね。
「未希さまっ。八つ時なんですから何かおやつを食べに行きませんか?ここの名物は団子です。甘辛い醤油がかかったものから小豆の餡餅まで何でもありますよ。草餅は春先限定なので残念ながらありませんが。」
「サラは草餅が好きなの?」
「私は団子や餅なら何でも好きなんです。マユは餡餅よね。」
「はい。餡餅はいくらでも食べられます。」
買い出しに行くというアサギリや叔父さん、宿に荷物を運ぶユタカたちと別れて私達女三人衆は、護衛のハヤテとサキチを引き連れて五人で甘味処へやって来た。
「うわぁ、いい匂いっすね。俺、こんな上等な店に入ったのは初めてっす。」
サキチは店に入った途端にキョロキョロして完璧なお上りさんだ。案内された座敷にあった掘り炬燵のようなテーブルの下を落ち着きなく覗いたりしている。
「サキチ、しゃんとしろっ。お前は護衛要員でついて来てるんだぞっ。」
ハヤテが注意をしたのでやっとゴソゴソするのを止めて、すました顔で背筋を伸ばして座った。その顔がとってつけたようで面白くて女三人で一斉に笑ってしまう。
「まあまあ賑やかですこと。ようこそいらっしゃいました。そちらの壁にかかっている札を見て注文してくださいませ。お茶の方はお代わりできますから無くなりましたら声をかけて下さいね。」
そう言ってこの店の店員さんがお茶とおしぼりを持って来てくれた。わー、お・も・て・な・しだ。異世界でもこういうところは一緒なんだなー。
お昼が船の中で軽めに済ませたので、私たちは何種類ものお団子を食べた。その中でハヤテが一番たくさん食べたのにはびっくりした。甘党の忍者・・・ぷぷぷっ。
しばらくハヤテの顔を見るたびにそのフレーズが思い出されて笑いを押さえるのに苦労した。
甘味処を出て宿へと向かう道沿いに小物屋があったのでちょっと中を覗いて見た。お母さんや南ちゃんたちにお土産を買って帰ろうかなと思ったのだ。ちりめんでこしらえた可愛い袋や木彫りの料理道具や櫛などが棚に綺麗に並べられていた。女性なら皆がウキウキしてしまう品揃えだ。でもよく考えたらこちらの世界のお金を持っていなかったことを思い出した。ちょっと残念に思いながら「また、今度にします。」と言って店の外に出た時に、走ってきた箱型の馬車が私たちのすぐ側に止まった。この店に入るのかな?と思ってすぐに歩いて離れたのだが、馬車は道の真ん中に止まったまま、誰も降りてこない。
ハヤテが不審に思ったのか、私の腕を掴んで足早に歩き始めた。腕を引っ張られているので私も小走りになる。
「あの馬車がどうかしたの?」
「しっ、小さな声でお願いします。馬車に北家の家紋が入っていました。近付かないないほうが良いと思われます。」
それを聞いて、ナギが掴んできた情報を思い出した。皆でギョッとする。角を曲がって馬車が見えなくなると、五人とも細い路地を走っていた。
今日泊まるという大きな宿に着いた時には、ホッとした。
「ああ、食べたお団子が出てきそう。」
「サラ、お疲れ様。宿に着いたから安心よ。」
「いえそうではありません。未希さまはなるべくお部屋から出られませんように。この宿は名嘉真港でも一番大きな宿です。貴族が常宿にしているため、さっきの馬車に乗っている人間もこちらに泊まっているかもしれません。護衛が揃いましたら私が探ってまいります。サラもマユも一人では行動しないように。」
「「はい、わかりました。」」
船の仕事が落ち着いてナギたちが宿にやって来ると、ハヤテは私たちの事をナギに頼んで、情報を集めるために走り去った。
参日場にいた不審な二人組が素人のようだと聞いてから、天子に興味がある貴族のお遊びのようなものかと安心していたのだが、そうではないのだろうか?
この名嘉真港に北家の馬車がいたのは偶然?それとも何らかの意図を持ってこちらに近付いてきたのか・・・。ハヤテが何かの答えを見つけてくれることを期待して今は待つしかないようだ。
北家、何かあるのでしょうか。