波留の港
嵐を避けて・・。
日が傾き始めた時に船は小さな漁港に入って行った。甲板から見たところ家は少ないようだったが港の方は天然の入り江になっていて、船長が言うようにこれから嵐になるのなら最適の避難場所にも思えた。
「船長、まだ晴れていますが。せめて次の寄港地の名嘉真港にまで行けませんか?」
私たちが船を降りようと縄梯子の順番を待っていた時に、後ろでアサギリが船長に交渉している声が聞こえた。
「途中で嵐に逢って座礁して良いのなら行けるが。」
船長の威圧的な言い方にアサギリもすぐに口を噤んでいた。
どうしたんだろう。早く都に行く必要があるのかな?
少し疑問に思ったが、船を降りる順番が来たのでそのことはすぐに忘れてしまった。
船を降りたのは15人ほどだった。この村には泊まるところが少ないので船員さんたちは船で寝泊まりするらしい。
ハヤテの先導で今日お世話になる村の民宿に着いた。潮風に晒されて外から見るとかなり傷んでいるように見えた建物だったが、中に入ると顔に深い皺の入った純朴そうな壮年のご夫婦がにこにこと出迎えてくれ、居心地のいい雰囲気に包まれた。
二階の港が見える部屋は六畳と四畳半の二間続きになっていて、私たちの部屋とサラたちの部屋が襖で仕切られていた。男性の従者は下の広間に雑魚寝するそうだ。
私と叔父さんは畳の部屋にすぐに寝転んだ。まだ船に乗っているみたいに身体がユラユラして落ち着かなかったのだ。
「なんか地面があるっていいね。」
「ん。三半規管が酷使されてる感じだな。未希が船酔いしなくて良かったよ。姉さんはちょっと車に酔うタイプだろ?」
「私と晴信はお父さんに似てるの。お父さんは遊園地の乗り物でも平気だから。・・・みんなどうしてるかな。私と叔父さんだけで冒険に出かけたとわかったら晴信はすねるね。叔父さん、後で奢らされるかもよ。」
「晴信はいいけど、俺は姉さんたちにこっぴどく怒られそうだ。大事な娘を黙って連れ出したんだからな。」
「えっ、連れ出したのは私だよ。」
「大人の事情は違うのさ。それより、嵐は本当に来るのかな。」
「来るんじゃない?船長さんは自信たっぷりだったし。ホウの予言でも日にちがズレてるみたいだし。」
叔父さんが私の手を叩いて、黙って私に側に来るように言った。隣の部屋に聞こえないように私の耳元で小声で話をする。
「未希、ここの村は小さいだろ。それでここに泊まるのは一泊の予定だった。こういう嵐の折の珍客もあるから多少の蓄えはしてあるだろうけど、参日場での騒動で一緒に来た使徒の人数も増えてる。船にある備蓄の食料が厳しいんじゃないかと思うんだ。」
「そうか。明日、次の寄港地で仕入れる予定だったのかもね。」
そう言った時に船を降りる時のアサギリの言葉を思い出した。
「そう言えばアサギリは早く次の名嘉真港に行きたそうだった。」
「うん。ここの民宿の大きさに合わない人数の使徒を連れてきていることからもそんな感じがするんだ。だから俺たちが持って来た食料を供出しようと思うんだがいいか?」
「それでリュッサックごと持ってくるって言ったのね。いいよ。叔父さんの思う通りにして。」
「それで部屋も俺たちが四畳半に移って、ここの六畳をサラとナギ、マユとケヤキの夫婦とアサギリとユタカに使ってもらえば玄関まではみ出そうな男の使徒もなんとか下の八畳の間に収まるだろ。」
「ふふ、マユたちはまだ夫婦じゃないよ。でもそうだね。そうと決まったらすぐに移動しようっ。」
叔父さんの提案にアサギリたちは大反対したが、緊急の時には助け合いをするべきだと叔父さんが譲らなかったので、感謝しますと言って受け入れてくれた。
私たちの部屋へ皆の荷物を置くことになったので、荷物に囲まれて眠ることになったがテントの中で寝ているみたいで意外と落ち着く感じだった。
翌朝は穏やかな天気でとても嵐が来るようには思えなかった。昨夜と同じように部屋ごとに朝ご飯を運んできて食べることになった。
「やっぱりお魚が美味しいね。」
「そうだな。アメリカにはこういう食べ物ってなかったからなぁ。」
昨日の魚の煮つけも美味しかったが、朝ごはんの一夜干しのアジの干物が身が肉厚でなんとも美味しい。お味噌汁の出汁もよく効いていて、麦ごはんもお茶碗に山盛りにしてぺろりと食べられた。
お日様の出ているうちに洗濯をすることになった。サラとマユには汚れた服を全部出してくれと言われたが、下着は恥ずかしいので自分たちで洗って干した。キャンプ道具を持って来ていて助かった。
晴れていて少し強い風が吹いていたので、洗濯物はあっという間に乾いてくれた。アサギリはこの調子だと名嘉真港まで行けたのではないかと言っていたが、昼近くなって急に空が暗くなったかと思うと叩きつける様な雨と風が吹き始めた。
「やっぱり嵐が来たね。」
「・・・この家もつのかな?」
叔父さんがそう言うのも無理はない。頭の上では物凄い雨音がしているし、軒を伝って吹きこんできた雨が壁の一部を湿らせ始めている。
ハヤテとコテキが天井裏へ登って、雨漏りをしている所に応急処置をすることになったようだ。忍者って何でもできるんだね。
部屋も薄暗くなって何もすることがないのでサラやマユとお喋りをしていたら、二人がお好み焼きを知らないというので、叔父さんが供出した薄力粉で昼ご飯にお好み焼きを焼くことになった。キャベツや干しエビ、削りぶしなどはここの宿のおかみさんが用意してくれた。
「小麦粉は少なめでいいんだよ。そのほうが粉っぽくならないからね。」
私が家で作るようにキャベツも生地の中に入れると、サラもマユも驚いていた。キャンプで主食にする予定だったのでお好み焼きソースも持って来ていた。
「まぁ、こんな美味しいものは初めて食べましたよ。」
おかみさんはお好み焼きソースの香ばしさが気に入ったらしい。
「私はこの粉に驚きました。こんなに真っ白な粉は見たことがないです。」
サラによるとこっちの小麦粉はもう少し茶色っぽいそうだ。
嵐の対策に走り回っていた男の人たちも、昼食に出したお好み焼きを気に入ってくれたようだ。下っ端のサキチが「酒が欲しい。」と言って「お前はまだ未成年だろっ。」とみんなに笑いながら小突かれていた。
荒れ狂う嵐の中でも、ここでこうやって皆と無事に笑っていられるのはありがたいことだ。この人たちと知り合って三日になる。少しずつ性格や人柄もわかって来て仲間意識が出て来たような感じがする。こうやって困難な状態に陥ると、お互い助け合って一気に距離が縮む気がするな。
使徒の人たちとも気の置けない関係になってきたのかな。