ホウの予言
何か光が・・。
「えっ、何?」
ハヤテに押しつぶされた私は、くぐもった声を出した。
「鉄砲の可能性もあります。頭を低くして船室に入ってくださいっ。」
「えっ?この世界には鉄砲があるの?」
「はい。船室に入ったら暑いでしょうが毛布を被って横たわっていてください。危険が無くなったらお知らせします。」
ハヤテは私の左側を守りながら船室への入り口まで連れて行ってくれた。私の後ろを叔父さんやサラたちも這ってついて来ていた。
船室に入って言われた通りに毛布を被って待っていると、やっとハヤテが危険が無くなったと言いに来てくれた。
「暑いっ。」
「やれやれ、いったい何だったんだっ。」
毛布から這い出ると、みんな汗をびっしょりかいていた。
「ハハハッ、叔父さん顔中に汗かいてるよ。」
「おしぼりを用意しますね。」
マユとユタカが荷物の中から手拭いを出して水で濡らしてくれた。
「あー、生き返る。ありがとうマユ。」
「皆も使ってくれ。酷い顔になってるぞ。」
みんなして服装を整えていると、アサギリが甲板の様子を聞いて来てくれた。
「川岸に小舟がある辺りでチラチラ光るものがあったので、見張りが危険と判断したようです。それが望遠鏡で見てみると、向こうも望遠鏡を覗いていたそうで、顔は見えなかったものの人数は二人であったということです。」
「つまり・・・お騒がせなお嬢様たちの可能性が高いということか。」
「はい。いったい何を探っているのやら・・。」
「俺たち天子ということなんだろうな。他には考えられない。なあアサギリ、天子には敵がいるのか?」
「いいえ。都に潜ませている者からもそういう懸念は報告されていません。文月に天子降臨のお告げがあってから、都は喜びに湧いているそうです。御所のある町などは降臨祭の祭りの準備で賑わっているそうでございます。もしあの怪しい者たちが大店や貴族に連なるものであれば、このようにこそこそと覗き見せずとも天子さまにお目にかかれるはずなのですが・・・。」
アサギリは何気なしに都の様子を教えてくれたけど・・・降臨祭って何?まさか私たちが町中の人の前に出て何かするなんて言わないよね。
何かだんだんと大事になって来ている気がするんですけど・・・。
それに鉄砲って。映画の中でしか見たことないよ。そんなものがある世界で大勢の前に出るのは怖い。叔父さんじゃないけど使命って何なんだろう。さっさとそれを済ませて元の世界へ帰りたいよー。
サラたちがお茶の用意をしますと言って席を外そうとした時に、階段を下りてくる音がして一人の男が船室に入って来た。
「ナギっ!」
「久しぶり。報告を先にするから後で。」
サラに一言告げて、その男は私たちの方へ歩いてきた。髪がびしょ濡れだ。どうやら参日場の責任者をしていたナギらしい。サラはこちらを気にしながらも、マユと一緒にお茶の支度に出て行った。
「天子さま、初めてお目にかかります。使徒のナギと申します。怪しい二人組を追っていて挨拶が遅くなり申し訳ありません。」
「それはいいんだ。僕は遠山征四郎。こっちは姪の成瀬未希だ。危険な仕事をさせて悪かったね。それで、何かわかったことがあったのか?」
ここにいた10人ほどの人間が皆でナギに注目する。
「はい。どうやらあの者たちは北家の傍流、冬木家に連なるもののようです。本家筋からの命令があって天子さまのことを探っていたと思われます。しかしどうも素人のようでしたので、当主からのものではなく親族の一人からの個人的な命令だったのでしょう。嫌々やらされているようでした。“何かを掴まなくちゃ手紙に書けないじゃないっ。”とお嬢さんの方はだいぶ焦っているようでしたからね。」
ナギはそう言ってクスクス笑っていた。
「冬木家か、地元だな。なるほど。都へ行ったら北家を調べさせてみます。」
アサギリは冷静に思考を巡らせているようだ。ちょっと悪い顔になっている。アサギリってこういう顔似合うかも。
後で冬木家のことを聞いたら天樹国の北側を守る地方領主だと言われた。使徒の村を含む天子の森はこの冬木家の領地に隣接しているらしい。それで地元って言ったのね。
貴族は大まかに分けて五つの家に分かれていて、都を中心に東西南北を守る東家・西家・南家・北家の四つと大宮を中心とした宮司一族の森家で五大家と言われているそうだ。
今回、その五大家の一つの北家が乗り出してきたということは、使命もそういう貴族間の争いに関わることなんだろうか?
でも現代日本でのほほんと暮らしてきた小学生と自由と平等の国アメリカ帰りの叔父さんじゃあ、貴族なんていわれてもお役に立てるとは思えないんだけど。
お茶を飲んでしばらくした時に、天満川から海に出たという報告があって、私たちも、もう一度甲板に出てみた。潮の匂いが強い風と共に吹き付けて来る。気持ちはいいが、急に強くなった風にびっくりした。船長さんが側に来たので聞いてみる。
「急に風が出てきましたね。船が走るのにはこんな風に風があった方がいいんですか?」
「帆船ですからね。風があるに越したことはないんですが・・・こういう海風はちょっと気になる感じです。嵐の前触れのような気もして・・。」
そんなことを話していたら「ホウッ!」とフクロウの鳴く声がした。
声が聞こえたほうに目をやると、ホウがマストの上にとまっていた。ふわふわした胸毛が風に揺れている。赤紫の目で静かに私たちを見下ろしていた。
『八日の道のりで都に着く。馬車の旅は快適であろう。』
低い声でそれだけを言うと、風に乗って空高く飛び立っていった。
「叔父さんっ、聞こえた?!」
「ああ。都まで結構かかるんだな。」
私たちがそんな話をしていると、アサギリが「何が聞こえたのですか?」と聞いてきた。ここの人たちにも予言の言葉は読めないというか聞こえないらしい。
「予言ですよ。都まで八日もかかるんですね。天樹国は広いんだな。」
叔父さんがそう言うとアサギリは変な顔をした。
「いえ。都までは船で三日、鉄道で半日ですので八日もかかることはありませんが・・。予言はそれだけだったのですか?」
「えーと『馬車の旅は快適であろう。』って言ってた。鉄道に乗る予定だったんですか?」
「これは・・・予言に従って波留の港に避難した方が良さそうだな。」
船長は西の空を眺めながら重々しく言った。
「船長、こんなに晴れているのに嵐が来るというのですか?」
「そうです。先程からどうも嫌な感じがしていたんですよ。天開の港から都までは馬車で三日はかかる。ということは船の行程が二日増えて五日かかるということだ。予言通りなら嵐が来るのかもしれませんな。海の上で嵐に逢うのは得策ではない。最初の寄港地の波留に三日滞在することにしましょう。」
海の上では船長の言葉は絶対だ。私たちは波留の港に長く逗留することが決まった。しかしアサギリが困った顔をしていたのにこの時の私は気づいていなかった。
お告げがありましたね。