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乗船

港のある村に着きました。

 帆船に向かって歩いて行くと、一人の少年がこちらに走り寄って来た。

「天子さま、ご無事でなによりです。参日場(みっかば)にようこそいらっしゃいました。」

この挨拶までは良かったのだが、一番前にいたハヤテにくだけた甲高い声で話出したのを聞いてずっこけた。

「ハヤテさぁーん。もうまいっちまって。責任者のナギさんがいないんで最終チェックがまだなんっす。やってもらえます?」

どうも下っ端の人らしい。しかし一本抜けた前歯やにこにこ笑う親しみのある笑顔に皆も叱るのを忘れて聞いている。使徒は真面目な人が多いけどこんなやんちゃそうな男の子もいるんだな。

「サキチ、ナギはどうしたっ?」

アサギリが慌てて尋ねると、サキチと呼ばれた少年はアサギリの方へやって来た。サラは不安そうな顔をしてサキチの顔を凝視している。そう言えば、ナギってサラの旦那さんじゃなかったっけ?


サキチが言うには、怪しい二人組がいて天子さまの動向や見た目を参日場で聞きまわった後に一刻ほど前に小舟を出してこの参日場の港から出て行ったそうだ。

サキチが後を追おうとしたら「お前では心もとない。私が行くっ。」と言って責任者のナギさんが密かに小舟で追ったらしい。

怪しい二人組と聞いて、私たちの中にも動揺が広がった。しかしアサギリは直ぐに皆を静める。

「ナギが追ったのなら大丈夫だ。サキチ、休憩所の用意は出来ているのか?」

「へいっ。それは万全に用意しとります。食事も直ぐに出来ます。」

「よし、よくやった。それでは皆をそちらに案内せよ。ハヤテ、帆船の最終チェックを頼む。コテキは多分情報を集めてるな。」

「コテキのことだからそうしていると思います。それでは私はっ。」

ハヤテは私たちに礼をすると船の方へ走り去った。


昼食は冷麺だった。おかずがいつもより少ないのは、これから船に乗るので船酔い対策だという。

私も消化がいいように、いつもよりゆっくりと噛んで食べた。デザートで出て来たスイカが蒸し暑い日にはみずみずしくて美味しかった。

ここ参日場は山の中の使徒の村や布津賀村とは違って、少し蒸すのだ。川風でもあれば違うのだろうが、今日はあまり風もない。帆船が動くのだろうか?


私たちの食事が終わる頃にコテキとハヤテが戻って来た。直ぐに報告しようとしたが、先に昼食をとるように言った。忍者が船酔いするのかどうかわからないが、この二人に元気でいてもらわないと私たち皆が困る。

そうしているうちに宿の人と話をしに行っていたアサギリが戻って来た。

「天子さま、お部屋で休んで頂いて出立する予定でしたが、今日は風が無いので引き潮を利用して海まで出たほうが良いということなんです。これから直ぐに船に乗ることになりますがよろしいでしょうか?」

「僕は構わないが、未希はいいか?」

「うん、いいよ。でも私は乗ってるだけだけど、使徒の皆さんはご飯を食べられたのかしら?ナギは一人で置いてきぼりにして大丈夫なの?」

「未希さま・・ありがとうございます。船の準備をしていたものには携帯食を用意しました。ナギは忍びの鍛錬もしている男です。心配はいりません。二人の身元を突き止めて、私たちの後を追ってくると思います。」


川沿いから桟橋を歩いて船まで行くと船べりから不安定な縄梯子が降ろされてきた。

・・・これを登るのか。

揺れる縄梯子を下にいる護衛の人が引っ張って安定させてくれたので、やっとのことで船に這い上がることが出来た。私の後から叔父さんが登って来た。背が高いので私より楽々と登ってきている。

「やれやれ。久しぶりにこんなに高いところまで梯子で上がったよ。」

「私も怖かった。縄の梯子なんてアスレチックみたいだね。」


出港前に乗組員を紹介しますと言われて、参日場で待機していた使徒と船員を紹介された。甲板に勢ぞろいした面々は逞しい船乗りたちだった。半分は茶髪の人たちで、船の専門家であるらしい。

「皆さん、よろしくお願いします。」

私と叔父さんが挨拶している時に船員さんたちは興味深々の眼差しでこっちを見ていた。そうだよね、千年に一度訪れる天子なんてパンダよりレアな存在だもんね。その気持ちはわかる。でもこっちはただの小学生なんだよね。だからこんなに大勢の前に立つと緊張してしまう。


こちらに残って村長に報告をするように頼まれた使徒の二人が港で手を振って私たちを見送ってくれた。

船がゆっくりと動き出す。

船員や使徒の人たちが甲板を走り回って船を川の主流にのせようとしていた。私たちは邪魔になるので、薄暗い船室に入って行った。埃っぽくて塩っぽい独特な臭いがする。

暗闇に目が慣れるとやっと船室の様子が見えて来た。板張りの大きな部屋には片隅に荷物や毛布などが寄せておいてある。船首側の壁際に座布団が敷いてあったので、壁にもたれて座らせてもらった。

「私、こういう船室って初めて。」

「そうか?俺はフェリーの船室には乗ったことがあるけどな。・・・しかし船が傾くな。壁の方まで滑って行きそうだ。」

背中に力を入れて壁に押し付けて、両手で床を掴んでバランスをとらなければならない。

「しばらくの間だけです。流れに乗って安定したら甲板にも出られますから。」

私と叔父さんが不安気な様子に見えたのか側にいたサラが元気づけてくれた。

「サラ、ごめんね。なんか旦那さんに無理をさせちゃってるみたいで・・。」

「まぁ、未希さまが心配されることではございません。うちの人は優秀ですから、必ずや今回の黒幕をつきとめてまいります。ご安心くださいな。」


船があまり揺れなくなってからユタカが甲板から降りて来た。

「天子さま、甲板に出られるようになりました。出てみられますか?」

「ああ。外の方がいいな。」

「私もっ。」

外に出ると、爽やかな水の匂いがした。頬を風がなぶってゆく。

「少しは風が出て来たみたいだね。」

見上げると大きな帆が風をいっぱいに含んでいた。

「午後の凪の時間が終わったんでしょう。」

しゃがれた声がして振り返ると、大柄な40代ぐらいの男が立っていた。この人はさっき紹介された船長さんだったよね。私が笑うと、にっこりと笑顔を返してくれた。目尻にくしゃっと皺が寄って頼りになりそうな大きな人柄がにじみ出ている。


「天子さま、船長、報告があります。」

アサギリがコテキとハヤテを連れてやって来た。そう言えば、昼食の時に報告があるって言ってたな。

「コテキの働きで怪しい動きをしていた二名の者の仮の名がわかりました。洒落た服を着ていた女は『佐藤良子』これは偽名でしょう。小柄な男は『サジ』という名前で宿屋に記帳されておりました。」

しかしここからが素晴らしい。コテキは、女が男を「イサジ」と呼んでいたことやイサジが女のことを「お嬢さま」と言っていたことまでつきとめて来ていた。

二人は五日前から宿屋に泊まっていたのだが、天子さまのことを聞くなど怪しい動きを見せ始めたのはここ二日ばかりの事らしい。たぶん私たちがこっちの世界に来て使徒の皆に変わった動きが見え始めたからだろうな。

「その良子お嬢様は茶髪だったんですが、苗字を書いてしまっていることや供の者らしい男がお嬢様と言っていることから貴族だと思われます。宿の人間も大店の娘にしては所作に品があったと言っていました。ただ貴族の娘が一人の供を連れただけでこんな辺鄙な田舎に来るのかどうか、そこのところは判断できかねます。」

コテキも頭を捻る情報だったようだ。


「その報告を聞く限りでは、謀略の臭いはしないな。」

船長が言うと、報告をしていた三人も頷いた。

「そうなんです。何かの思惑があって動いているにしてはお粗末な行動なんです。直ぐにうちのものに気付かれて逃げ出しているんですからね。サキチが宿をつきとめてのり込もうとしたところ、船で逃げられたと言っていました。」

その報告を聞いてホッと気が抜けたところに、緊迫した見張りの声が頭上から落ちて来た。


「船長っ! 左斜め25度、何か光るものが見えますっ!」

見張りが叫んだその瞬間、私はハヤテに覆い被られて押し倒されていた。


えっ?!

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