布津賀への道のり
昼食の後・・。
使徒の村を出発する時、荷物運び担当の逞しい身体つきのおじさん二人が集会所の前に持って来たのはリヤカーだった。農家の人たちが荷物などを運ぶ時に使うあれである。
リヤカーに私達のリュックサックをはじめ、従者の人たちの荷物も載せていく。村の子ども達が遠巻きにその様子を眺めていた。
「車とかは無さそうだな。」
「うん。電気もないよね。天井に電灯も無かったし。」
叔父さんと私が出立の準備をする使徒の人たちを見ながらそんな話をしていると、後ろに控えていたサラが興味をにじませた声で質問して来た。
「天子さま、“くるま”とか“でんき”とはどのような物なのですか?」
「サラ!」
アサギリが窘めるが、叔父さんが気にするなと言って、サラに自動で動く車や明かりを灯したり物を冷やしたり大きなものを動かすことも出来る電気の説明をしていた。その間、サラはキラキラした目でその話を食い入るように聞いている。そんなサラを見ていると使徒です従者ですと言いながら座っていた時よりも親しみを感じた。
十二人の団体で出発するのを、村長を始めとした村の人たち全員が見送ってくれた。私と叔父さんもお世話をしてくれた皆さんにお礼を言って、子ども達に笑顔で手を振りながら歩き始めた。
村の家並みを抜けると直ぐに忍び衆の一人、ハヤテという人が足早に走り去った。アサギリによると斥候として行く先の安全を確認に行ったそうだ。
「ねえ、アサギリとサラは何歳なの?」
「一の従者は天子さまの二歳上という決まりがあります。なので私は27歳です。」
アサギリが直ぐに答えてくれた。
「ということは、サラは14歳なんだね。」
「そうです。二の従者は天子さまと同じ歳ですのでマユは12歳、ユタカは25歳になりますね。」
あっ、マユちゃんは同い年だったんだ。それに叔父さんのもう一人の従者はユタカって言う名前なのね。ふうん、いろいろな決まりがあってこの集団が出来てるんだ。マユちゃんの方を見ると、私を見て恥ずかしそうに笑った。マユちゃんは癒し系だね。ちょっと佳菜ちゃんに似てるかも。
「アサギリに聞きたいんだけど。ここの天樹国は日本風、つまり僕たちの国に近い文化のように思うんだけど、西洋風というか違う国の影響も受けているように思うんだ。さっき昼食に出た肉料理なんかが不思議だったんだけどさ。」
叔父さんは昼食のメニューに驚いていたので、早速アサギリに質問していた。
「はい。ステーキなどですね。それは西風料理と言われています。我が国の西にありますリグランド国から伝わったものです。グラタンやスパゲティ、パンなど西風の食べ物はたくさんあります。エメンタル共和国諸州から伝わったラーメン、餃子などは南風と呼ばれています。同じ大陸なので両国との交易は盛んにおこなわれています。都に行くと商売に訪れている外国人も多いので驚かれると思いますよ。」
アサギリは驚くと言ったけれど、叔父さんは二年も外国に行ってたから慣れているんじゃないかな。うちの田舎にも最近は外人がたくさん住んでいるから、私もそう驚かないと思う。
皆でのんびりと話をしながら歩いていたら、一番前を歩いていたもう一人の忍びの人が突然声を上げた。
「どうしたっ、コテキ?!」
アサギリがすぐさま叔父さんの前に出る。私たち全員に緊張が走った。
「ハヤテの伝文がありました。この辺りに狼の群れあり、注意せよとのことです。」
コテキはそう言うが手に持っているのはあちこちに結び目のある一本の紐である。変わった手紙だね。何かの暗号になっているのかな。
「狼は夜行性なので危険は少ないと思いますが、なるべくみんな近くに寄って歩いてください。」
アサギリの指示で、皆でリヤカーの周りを囲んで歩いて行く。コテキが狼の臭いがすると言った時にはゾクッとしたが、何事もなくその一帯を通り抜けることが出来た。
やれやれー。これ、叔父さんと二人だけで歩いてたらヤバかったね。叔父さんは「異世界なのに魔物じゃないのか?」と残念に思っていたようだが、そんな変なものが出てきたら困るじゃないのっ。
ずっと同じような森が続いていたが「あそこで休憩しましょう。」とアサギリが言った所は小高い丘を下ったところにある大きな木の下だった。密集した枝を広げた一本の樹の下には二十人程の人が寛げそうな木陰が広がっていた。
「天樹さま、失礼します。」
皆、口々にそう言いながら腰を下ろしていく。私もそれに習って、木陰を提供してくれる大樹に礼をして腰を下ろした。
「お茶でも飲むか?」
「そうだね。」
叔父さんがリュックサックから飲み物を取り出そうしたら「征四郎さま、私たちが用意をいたしますのでお待ちください。」とアサギリに止められた。仕えられることに慣れていないので、どうも勝手がわからない。
サラとマユちゃんがお菓子を、アサギリとユタカがお茶を配ってくれた。
お菓子は一口で食べられるような利休饅頭で、懐紙の上に二つ並べて出してくれた。お茶が冷えていたので驚いたが、氷室の氷に包んで村から持って来たらしい。ずっと歩いてきたので冷たいお茶と甘い饅頭はとても美味しかった。
「ねえねえ、マユちゃん。マユちゃんは学校に行ってるの?」
私たちの後に座ってお茶を飲んでいたマユちゃんに話しかけると、隣にいたサラに「未希さま、マユでお願いします。」と言われた。初対面の人を呼び捨てって難しいなぁ。
「私は村の学校の最高学年です。来年には嫁に行く予定です。」
マユが小さな声でそう言ったが、なんかおかしな言葉が聞こえたぞ。
「嫁?!嫁ですって?結婚するっていうこと?」
「はい、そうです。婚約者のケヤキはサラさんと同い年で、護衛の役目のため布津賀で待機しています。」
なんと、13歳でもう結婚?隣を見ると、叔父さんも驚いていた。
「今まで見て来たことから考えるとこの世界は江戸時代末期から明治時代にかけてっていう雰囲気だから、結婚年齢が早いんだよきっと。」
アサギリに尋ねると、男は15歳前後、女は13歳前後が結婚適齢期らしい。アサギリも村に妻子を残して来たそうだし、サラの旦那さんは参日場で船の準備をしているそうだ。
アサギリもサラも結婚してたんだー。聞いてみないとわからないもんだね。
私たちはそれからも夕暮れまで歩いて布津賀の村に無事に到着した。そこには三人の使徒が待っていた。私たちを村の宿屋に案内した後に、一人の青年がこちらに近づいてきた。
「天子さま、護衛のケヤキと申します。これから私も都まで同行させて頂きます。よろしくお願いします。」
「こちらこそよろしくお願いします。」
・・この人がマユの婚約者なのね。がっしりした体格でいかにも護衛の使徒といった感じだ。でもまだ顔が中学生のお兄さんといった感じで幼く見える。この人と、私より背が低くて幼く見えるマユが来年結婚するのか・・・。
南ちゃんや佳菜ちゃんの顔を思い浮かべる。私たちと同い年の人が結婚するって言ったら二人ともなんて言うだろう。信じられないよね。
異世界・・似ているところと違うところがあるようですね。