使徒の村
朝食の後・・。
湖を回り込んだところにあった林を抜けると広い道に出た。埃っぽいが固く踏み固められているその道をしばらく歩くと両側に家が見えて来た。
「日本の家じゃないね。」
「西洋建築でもないぞ。」
そのどちらもが混ざっているような不思議な家々が並んでいた。アサギリさんは村の中心部にあるひと際大きな家の両開きの扉を開けて入って行く。サラさんに促されて私と叔父さんもその後に続いた。
中に入ると三十人ぐらいの人たちが一斉にこちらを見てお辞儀をした。家の中は公民館のような広いワンルームになっており、片隅に長机や椅子が積み重ねられて置いてある。村の人たちはイ草で編んだような敷物の上に胡坐をかいて座っているようだった。
「天子さま、こちらにお座りください。」
アサギリさんに言われて奥に並べられた木の椅子に座る。村の人たちの方を向いて座るのはなんだか落ち着かない。
「皆の衆、顔を上げよ。儂がみなを代表して挨拶をさせて頂きます。天子さま、この使徒の村へ御出で頂き感謝いたします。短い間ですがごゆるりとお過ごしください。儂は村長のタカキと申します。お見知りおきください。」
私達のすぐ前に座っていた恰幅のいい髭面の男が大きな声で挨拶をしてくれた。叔父さんが立ち上がったので、私も慌てて隣に立つ。
「タカキ村長さん、歓迎の言葉をありがとうございます。私は遠山征四郎と申します。」
叔父さんがこちらを見たので私も挨拶する。
「私は成瀬未希です。よろしくお願いします。」
二人でぺこりとお辞儀をすると、「おおーーっ。」という声が上がってざわざわと村の人たちが話し出した。
「皆の衆、解散じゃ。従者に選ばれし者は残ってくれ。」
村長さんの掛け声で、村人たちは三々五々この集会所から出て行く。
残った人たちが敷物を端に寄せ、長いテーブルと椅子を部屋の中央へ、コの字型に並べた。
「これから今後のことを説明させて頂きます。こちらへ。」と言われるがまま会議室に早変わりしたテーブルの正面席に移動する。
左手に座った村長さんが他のメンバーの名前を紹介してくれたのだが、一度に全員の名前は覚えきれなかった。右側に座ったアサギリさんとサラさんはわかる。その補佐として二人の男女がいて女性の方は女の子と言っていいと思う。マユちゃんと言う名前だった。一人だけ小さいので覚えられた。
他に荷物を運ぶ人が二人、護衛の人が四人。ここにいる人は村長さんと私たちを入れて全部で十三人だ。
面白かったのは護衛の四人のうち二人が忍びの人らしい。忍術使いと言っていたから俗にいう忍者なんだろう。思わず二人の顔をじっと見てしまった。
村長さんの紹介が終わった時に、征四郎叔父さんが口をはさんだ。
「村長さんすみません。今後の説明の前に少し質問してもいいでしょうか?僕たちはアサギリさんに天子さまと言われてここに連れてこられたんですが、概要がさっぱりわかっていないのです。フクロウに変身した予言書には、やらなければならない使命があるとだけ書かれていました。それでこの異世界に連れてこられたんです。山の洞窟から降りて、動物を見かけない森や花の咲いた野原を通って湖まで来ました。使命とは何なんでしょう。本当に僕たちが天子と言われるものなんでしょうか?」
村長さんは叔父さんの話をじっと聞いた後、頷いて言葉を選びながら話してくれた。
「わかりました。私のわかる範囲でお答えしましょう。その前にまずお伝えしておきたいことは、私たちは天子さまの使徒なのです。なので名前は呼び捨てにして頂きたい。」
「えっ、私もですか?!」
目上の人を呼び捨てにするのは抵抗がある。
「未希さま、そうです。まずは、天子さまの身位からお伝えしないといけないようですな。我が天樹国には都に御所がありそこにこの国の王である桂樹姫巫女さまがいらっしゃいます。お二人は彼の方と同じ身位にあらせられます。」
はぁ?!王様と同じ地位ってこと?
「お二人が天子さまだと言うのはここ使徒の村に古くから伝わる予言書に書かれているので間違いございません。『文月に未希、征四郎という名の天子降臨す。迎えの用意をすべし。』という記述があり、文月の始めよりみなで首を長くしてお待ち申し上げておりました。」
ひぇ~、細かいんだかアバウトなんだかよくわからない指示だね。でも、本当に天子としてこの世界に呼ばれたんだ。叔父さんと微妙な感じで目を見かわす。
「あのぅ、この国が天樹国と言う名前だと言うのはわかりましたが、他にも国があるんですか?」
「はい。この大陸には三つの国があります。我が天樹国、西にリグランド国、南にエメンタル共和国諸州です。この三か国が今期の惑星直列によって一度に天子さまをお迎えすることになりました。つまり今、この世界には六名のお方が降臨されておられるのです。」
・・・・えっ?どういう意味?
「惑星直列って何ですか?それが天子降臨と何の関係があるのかわかりません。」
叔父さんもわからなかったんだ。
「惑星直列というのは、空にある月『光月』と隠れて見えない月『闇月』が千年に一度、正確には976年に一度、私達の星『地の星』と真っすぐに並ぶのです。重力場に影響して不思議な現象が起きます。その現象は『時の狭間』と言われています。『時の狭間』に落ちますと一月が一年の長さに感じられると言われています。もちろん私どもも今回初めて経験するので、どのようなものかは申し上げられませんが。その『時の狭間』の間に天子さまが降臨されるのです。先程、征四郎さまが仰った『やらなければならない使命』というのは私ども下々の者にはわかりません。それは多分、これから参られる御所の大宮で神託を授けられるのではないかと思います。」
「これから、御所に行くことになるんですか?」
「はい。こちらで早めにお昼を召しあがって頂いて、午の刻の中天には天満川に向かって出発します。途中で宿泊する布津賀や天満川のほとりの参日場の宿には、村の使徒をもう派遣しております。何でも言いつけて下さい。それではそろそろこれからの事を説明させて頂きます。他にも疑問がありましたら道々アサギリにお尋ねください。」
それから村長さ・・村長に一緒に旅をすることになる十人の使徒の使い方や道中の安全における注意などをレクチャーされた。ここから先の森には熊や狼も出るそうだ。それで護衛の人たちがいるんだね。私達が歩いてきた森は『天子の森』と言って、害獣がいないらしい。結界が張ってあるんだって。へーほーだよね。
村長の話が済む頃には村の女性たちの手で次々と美味しそうな料理が運ばれてきた。
ソーメンがあったのにはびっくりしたが、「未希さまは麺類がお好きと予言書に書かれていましたので。」と言われてもっと驚いた。
私たちは、お腹いっぱい食べた。ハンバーグやステーキもあって征四郎叔父さんは頭を捻っていたが、それは後でアサギリによって説明されることになったのだった。
だいぶ状況が見えてきましたね。