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別視点。
「──上手くいったねぇ」
「ああ、物は試しとやってみたら上手くはまったな」
「……ねぇ、聖女見習いが駆け寄った絵ってサヤと話した部屋に掛かってたあの絵よね?どうしてわざわざ移動させたの?何か理由でもあるの?」
「え~、意外。シェイナ知らなかったの?あれは初代聖女を描いたとされる絵だよ」
「何でそんなものがあるの?」
「んー、何か航海のお守りらしいよ?船をばらしたらよく見つかるし」
「真贋定かじゃないと思っていたけど聖女見習いの反応からすると本物みたいだね。まさかあれほど効果があるとは思わなかったけど」
「脇目も振らずまっしぐら、だったもんねぇ。あの聖女見習いの事だから聖女特有の何かに引き寄せられたというより自分よりも美しい事に嫉妬したか、清らかさの欠片でも取り込もうと思ったんじゃない?ぽんこつになってもそういうの消えてないみたいだし。──あ、言っとくけど、出来るだけ話さないようにとしか命じてないよ?あまり複雑なのは使役してるのがバレちゃうからね」
「衝撃を受けたら睡眠に入るもだろう?」
「ご明察~。ところで誰がサヤ・クオンを迎えに行く?別に僕でもいいよ?色々調べたいし」
「……ケイ、まさかサヤがあの集落に行ったのあなたが原因じゃないでしょうね?偶然にしては出来すぎだわ」
「やだなぁ、僕は無実だよ?」
「ケイ、お前陛下の命令を無視したのか?」
「……別に陛下の命令を無視したわけじゃないよ。ちょっと遠回りになるけどヒュー族長の所ならそこまで危険じゃないしサヤ・クオンの諸々の情報が手に入るかもしれないし、何ならあの問題も解決しちゃいそうじゃん?上手くいったら戦力が増えて陛下のためにもなるしさー」
「──言っておくが、次は相応の罰を与えるからな?」
「はーい」
「本当に大丈夫でしょうね?あなたの尻拭いは嫌よ?」
「大丈夫、大丈夫。いざとなったら他のやつに任せるし」
「──ケイ?」
「冗談!冗談だって!」
▲△
「──ところでサヤ、あなたは四十年前二人の聖女が船団を組んで侵攻してきたことをご存じですかな?」
「はい。大まかな事は吸血鬼さんとサキュバスさんから聞いています」
「では、聖女二人の末路も?」
「……ええと、召喚された聖女は吸血鬼さんが首輪を外したことで亡くなったんですよね?もう一人の聖女の事は聞いていませんが、首輪を二つ所持しているとのことなので既に亡くなっているのかな、と」
「ええ、その通り。もう一人の聖女も死んでいます。──私がこの手で殺しましたから」
「……ヒューさんが?あの、理由を聞いてもいいですか?」
「ええ、もちろん。迷い人の聖女は何か利用価値があるかもしれないとの事でサヤがこれから行く暁の館に一室与えられました。そして、その監視兼世話役に任じられたのがこの集落の先代族長である私の母なんです。
エルフらしからぬ豪胆な性格と聖女に後れを取らない魔力、そして私に族長の座を譲り手が空いていた事が選ばれた理由だと聞いています。
──ですが、その前にまずステータスの事をお話ししましょう。サヤは説明を受けていないようですし話にも関わってきますから。
我々はあなた方異世界人を不可思議な服装、不自然な言動や魔力の多さ、そしてステータスにHPとMPと表記されているかどうかで見分けています。理由は不明ですが異世界人は必ず生命力がHP、魔力がMPと表記されているのですよ。
──おや、不思議な顔をされていますな?やはりサヤも二つが同じものとお思いですか?実は違うのですよ。我々は生命力が0になれば死にますが、異世界人はHPが0になっても死にません。とは言え瀕死には違いないので回復される前に追撃すれば死にますがね。
同じようにMPが0になっても魔力が0というわけではないのでスキルや魔法を使おうと思えば使えるのです。まあ、命を削る行為ですのであまりおすすめしませんが。まとめると異世界人は二度殺してようやく死ぬ、例え職業で元々のMPが0表記でも死ぬ気で振り絞れば魔法が使えると言うことです。
それに加えて職業やスキル、称号や加護、独特の知識まであるのですから異世界人が重宝される理由も頷けます。……とはいえ彼等が必ずしも秀でているわけでもありません。同じ加護でも優劣がありますし、HPがいくら高くても耐性がなければ打たれ弱く、MPがいくら多くても必要とされるMP量や威力、飛距離に個人差がありますので効率の悪い異世界人と当たれば簡単に勝てます。
極端な話、同じレベル、加護、称号、HP、MPの異世界人を揃えても均等な力は望めないのです。MPが10であっても強力な火魔法を十回使える者と100あっても低位の火魔法を十回しか使えない者がいるといった風にね。
四十年前私が殺した聖女は光の精霊の加護と光の導き手という称号の持ち主でした。HP、MP共に500を超えていたそうですが、召喚されたレベル8の聖女と同等かそれ以下の力しかなかったようです。とはいえ固有スキルがあるので十分脅威でしたが。
聖女はMPの多さにものを言わせてスキルを発動させていたので対策として魔力吸収スキルを持つスライムを常に纏わせMPを0の状態にしていましたが屋敷を歩き回る程度の自由はありました。
それが聖女を助長させたのか徐々に横柄な態度が目につくようになり、回りから枷をつけ幽閉すべきではないか?との意見が出始めました。それでも聖女の知識や人族の情報等が役に立つとのことで注意のみで済まされていたそうです。
けれど聖女捕獲から四十一日目、ついに事件は起きました。母が聖女に変質化させられたのです」
「変質化?」
「……はい。変質化とは穢れ等を受け元々の性質が変化することを言います。母と私は背の高さ以外は瓜二つでしたが、今の母と私が並んでも誰も親子と思いません。それほど様変わりしてしまいました。
聖女はね、母がエルフと知るや否や『エルフがそんなに醜いはずない!』と叫んだそうです。『エルフは美形でなければいけないの!そんな顔してよくエルフを名乗れるわね!わかった!あなた呪いが掛けられているのね?』 そう言って聖女は固有スキルを使ったのです。
MPが0のため発動までに多少時間があったこと、咄嗟に母が自分ごと聖女の回りに結界を張ったことで周囲への被害は出ませんでしたが、聖女の祈りをまともに受けた母はもがき苦しみながら倒れたそうです。直ぐ様聖女を取り押さえ地下牢へ連行、母の治療に取り掛かろうとするもあまりの変化に急遽私達が呼ばれました。
状況確認のため先に到着していた吸血鬼殿から変質化の説明、聖女の強い思い込みで使用した固有スキルによって母が聖女の理想とするエルフに変質させられたこと、姿だけでなく中身も変質している可能性があるのでしばらくこの暁の館で静養させた方がいいとも忠告されましたが私達は集落に連れ帰ることにしました。
母ならきっと大丈夫。そんな何の根拠もない思い込みでね。しかしそれは間違いでした。集落が見えた辺りで意識を取り戻した母が突然火魔法を撃ち始めたのです。
聞いたことのない言語で癇癪を起こしたように暴れる母のせいであっという間に辺りは火の海。あれほど大切にしていた森を次々に焼き払っていく母を私達は必死で止めましたが集落一の魔法の使い手を止めることは容易ではありませんでした。
けれど突然火力が落ちたんです。恐らくその時負の称号がついたのでしょうね。その隙を狙って拘束、気絶させることに成功しました。私達はその段階でようやく変質化の恐ろしさに気づいたのです。
集落の皆と力を合わせて火を消しとめ、諸々の指示を出し終えた私は再度暁の館に向かいました。私の顔を見て察してくれたんでしょうね、聖女の元へ行く私を止めるものはいませんでした。
両手足を切り落とされスライムにのし掛かられた聖女はMP0でスキルを使った反動もあり息をするのもやっとという状態でしたが、それでも満足そうに笑っていましたよ。
『あのおばさんと似てるってことはあなたもエルフよね?ねぇ、このスライムどもを退かせてくれない?あなたも本当の姿に戻してあげるわよ?』そう言われた瞬間頭が真っ白になり、気づけばその首をはねていました。
元々殺すつもりでしたし、どのような罰でも受ける心積もりでしたので後悔はありません。けれど流石異世界人と言ったところでしょうか、聖女はまだ生きていたんです。まるで首に向かうように蠢く様は空恐ろしく感じました。唯一回収しろと言われた首輪を取ると動かなくなりましたけどね。
聖女を屠ったことで母が元に戻ってくれれば良かったのですがそう上手くはいきませんでした。今でも全く言葉が通じず意思の疎通が出来ませんし食の好みが肉食に変わった事で当初の美貌もなくなり、ちょっとした事で癇癪を起こす毎日です。
いっそのこと母を殺せば良いのかもしれません。この手で出来ないのなら代わりに殺してやると言ってくれた友に任せ母の最期を見届ければ良かったのかもしれません。けれど私にはその決断が出来ませんでした。集落の皆を危険にさらすことになるとわかっても、いつか元の母に戻ってくれるのではないかという思いを捨てることが出来なかったのです。
……族長失格でしょう?私もそう思います。息子に族長を譲り別の場所で母の監視をすると言ったのですが全員に反対されましてね、今も母の事は宙ぶらりんのまま族長をやっている次第です。
皆が協力して母の変質化を治す方法を探しました。私も各大陸を回り情報を集めました。けれどそもそも変質化という事例が少なすぎる事もあり未だに糸口さえ掴めていません。
その矢先の常闇神の出現、西の大陸の消失。親しくしているスライムから陛下が異世界人を召喚する儀式を行うという情報がもたらされ私は考えました。母を変質化させた聖女の祈りは状態異常を癒す力でもある。今の母の歪さは何らかの状態異常が引き起こしているのかもしれない。だとすれば、もう一度聖女の祈りを受けたら浄化作用で元に戻るのでは?
一度考えたらそればかりが頭に過り仕事が手につかなくなりました。心配した妻や息子夫婦に打ち明け集落の皆で話し合った結果、もし聖女が召喚されたなら種族を隠した上で母と引き合わせスキルを使ってもらおうという話でまとまりました。
そして本日召喚の儀式が執り行われあなた方がやって来たのですが、残念ながら予定外の事があったらしく接触する前に暁の館に移送されてしまいました。実はね、あなたと会ったとき私は暁の館に向かおうとしていたんですよ。
好機だと思いました。あなたを懐柔すれば聖女に近づくきっかけが出来る。あなたくらいの年齢ならちやほやすればすぐに言うことを聞かせられる。そう思って護衛を走らせ歓迎の用意をさせたのです。幻滅しましたか?私はあなたを利用するために近づいたんですよ。そして今もあなたの同情を買って問題の解決を図ろうとしている。
……サヤ、あなたは今まで会った異世界人の中ではましな方だと思います。けれどこれまで勝手な被害妄想で我等を貶め日照りになれば魔王のせいだ、作物が取れなければ魔王のせいだ、洪水対策もしないくせに川が荒れれば魔王のせいだ、この世のあらゆる悪い事は全て魔王が元凶なんだとわめきたて、見目のいい魔物を拐い商売にしたり亜人を拐おうとして返り討ちにされた腹いせに亜人の集落を異世界人に襲わせる人族を散々見てきたのであなたを頭から信じる事が出来ないのです。
サヤ。人族は魔族を悪と決めつけていますが、これまで陛下が進んで人族を害したことや害するよう命じたことはないのですよ?歴代の魔王は強力な力を持っていますが、侵略行為にはまるで興味がなくこの魔王領を治めているだけなんです。人族が攻めてくるんですよ。この地を奪おうと侵略して来るんです。
陛下は火の粉を払っているだけ。この地が荒れるのを防いでいるだけ。それなのに人族は魔王は諸悪の根元、大罪者、この世界を我が物としようとしていると言う。
魔王だから魔族だから亜人だから、自分達と姿形が違うから、自分達よりも秀でているから、迫害してくるかもしれないから。そんな思い込みで私達を迫害しているのによく言える。争いたいなら人族同士で争っておけばいいものを欲をかいて魔王領に侵攻して来るから返り討ちにされる。
それでも当初は追い返すだけでしたよ?けれど人族は何度も何度も侵攻して来るので手段を変えたのです。いいえ、変えざるを得なかったのです。我々も同胞が害されるのを黙って見ていることなど出来ませんからね。
これが人族が声高に触れ回っている魔族侵攻の真実です。自分達が攻めてきているのに返り討ちにあったことを隠し都合のいいように情報を操作しているんですよ。
……サヤ、あなたは侵攻して来た人族を同胞や領地を守るために皆殺しにする私達が悪だと思いますか?侵攻してくる人族の方が非道だと思いませんか?」
「…………」
「サヤ、単刀直入に聞きます。あなたの狙いはなんです?どうして会ったばかりの亜人に手を差しのべようとするのです?私達に何を望んでいるのですか?」
「私は──
「サ~リ~ムど~の!こんなとこで何してんすか?覗きとか趣味悪いっすよ?」
《ノゾキ、チガウ!チョウサ!》
「調査?へぇー大変すね。でもその形ちょっと事案っぽいんで、出来ればいつもみたく隠密使うか壁か柱にくっつく系でお願いしたいんすけど」
《……ジアン?》
「いや、俺はわかるんすよ?今背伸びしちゃってる系っすよね?でも残念ながら結界石のせいか、ちょーっと卑猥系入っちゃってるんすよ。いや、俺は気にしないんすけどね?子どもにあれ何の形?って聞かれた親が困ってるっていうかね?てきとーにきのことか誤魔化せばいいのにって思うんすよ?調査中だし隠密使わないのも何か理由があるんすよね?でもね、向こうで子どもらが棒持ってスタンバってるんすよ。邪魔しちゃダメって言ってるんすけど、俺には御神輿見てテンション爆上げの子らを止めるとか無理っすし、サリム殿もつつき回されたくないっしょ?だから出来ればちょっと結界石を外してもら──あざーっす!流石サリム殿!スライムの星!んじゃ、俺はグベァッ!?……やべ」
「何をしている?ここには立ち寄るなと言っただろう?──サリム殿?サヤを迎えに来たのですか?」
「あっ!邪魔しちゃダメっすよ!サリム殿は調さ──ぁ、俺ちょーっと用事を思い出したかも……ゲフッ!?ちょっ、族長!くび!くびしまってるっす!」
「調査?この集落の?」
《チガウ、ソノ、フクヘンノ、チョウサ》
「フクヘン?」
「あ、それ私の事です。透明スライムさん、サリムって名前なんですね。私を調査ってどういう事ですか?」
《フクヘン、ナゾ、オオイ。ツマリ、キケンモ、オオイ。イセカイジン、キケン。フクヘン、モット、キケンカモ、シレナイ。チョウサ、ヒツヨウ》
「サリム殿、それは陛下の命令ですか?」
《……チガウ》
「では自己満足のためにサヤをここに飛ばしたと?」
《チョウサ、ヘイカノ、タメニナル》
「その結界石、随分と歪になっていますな?……もしや母をけしかけたのはサリム殿ですか?」
《……タイセイ、チョウサニ、ヒツヨウ、ダッタ》
「その理由で納得しろと?小火で済んだものの、一歩間違えればどうなっていたことか」
《ゴメン、ナサイ》
「……二度とこのような真似はお止めください。次は正式に抗議します」
《ワカッタ》
「あ、あの。ヒューさん?その、腕が羽の──鳥人間みたいな方の顔色が……」
「おや、失礼。彼はハーピー族です。このように腕が羽になっているので上半身裸ですが今のところ変態ではないのでご安心を。これでも酒が入っていなければ集落一の早さで飛べるので重宝しているのですよ?ほら、挨拶」
「ブハッ!ひゃー死ぬかと思った!族長!この襟巻きお気になんすから引っ張るのなしっす!!──あ、お嬢さん!ほんとマジ感謝っす!お礼にハーピー便一回無料にするっすよ!でも重量制限あるんでよろしく!」
「ちゃんと挨拶しろ!」
「へい族長!お嬢さん、俺はフロイデ!職業は郵便屋で酒と宴が大好きっす!どうぞお見知りおきを!」
「はい、サヤ・クオンです。よろしくお願いします。──ところでフロイデさん、重量制限を守れば場所を問わず何でも運んでくれるんですか?」
「そうっすね。俺、人族の大陸だって行けちゃうくらい優秀なんで!あ、でも食べ物系は途中で食べちゃうんで止めといた方がいいっすよ!」
「……食べちゃうんですか?」
「飛ぶと腹減るんで!でも不味いのなら大丈夫っすよ!」
「……そうなんですか。覚えておきます」
「ではサヤ、屋敷へ案内します」
「はい」
「……サリム殿はどうされますか?」
《モチロン、イク!》
「フロイデ、サヤの迎えが来たら屋敷に案内してくれ」
「へい!了解っす!」
穢れを受けて光の大精霊が姿を消した。
水の大精霊は海を落ち着けることで手一杯。
風の大精霊は不安定なまま。
闇もしばらく休息が必要。
火と土は眷属共々世界を慰撫するため飛び回っている。
あと一押しすれば呆気なく崩壊してしまいそうなほどぎりぎりの均衡で保たれている世界。
果たしてどれだけのものが気づいているか。
あの穢れはどこから来た?
大陸全土を蝕める穢れを異世界人が作り出せるものなのか?
あの穢れはもはや神の領域ではないのか?
「……希望は潰えておらぬ、か」
穢れをものともせず浄化した娘。
かといって光の加護を得ているわけでもない。
懐かしい匂いとはどういう意味だ?
サヤ・クオンも聖女同様流転しているということか?
──クオン?
まさかあの娘、ビャクヤ・クオンの血族か?
常闇神がわざわざ喚び寄せた子ども。
私が元の世界へ還せと命じた子ども。
懐かしがる理由になる、か?
「……召喚を目の前で行わせたのは介入するためか?」
何のために?
ビャクヤを召喚したかったのか?
その代わりがサヤ・クオン?
あれに伝えよ。
まるで私と会わせたい口ぶりだった。
会えば何かわかるのか?
いつだって情報を出し渋る好々爺の呵呵と笑う幻聴。
「──あの耄碌爺め。久しぶりに蹴り飛ばしてやろうか」