16
別視点。
俺は近藤幸助。
子供の頃から憧れていた異世界に召喚された幸福者だ。
異世界召喚キターって思わず叫び──はしてないけど、口にしたほどテンション上がってる。
ずっと前から目をつけてた久遠の足元が輝いたと思ったら地面がなくなり暗い空間をまっ逆さま。
気づいたときには召喚場所にいた。
近くで姫さんがギャーギャーわめいてたけど、俺はついに来れたとの思いで胸が一杯だった。
うちのクラスの姫さんと違い、本物の姫様はすっげー美少女だしな。
久遠に目をつけてるって言っても別に変な意味じゃないぞ?
もし異世界に行ける可能性があるとしたら久遠が鍵になると思ってたって意味だ。
理由は子供の頃に一度だけ聞いた曾祖父ちゃんの話。
俺の家系は代々警察官で、俺の親父も祖父ちゃんも曾祖父ちゃんも警官なんだ。
そのせいって訳じゃないが俺も警察官を目指している。
その日の曾祖父ちゃんはすっげー酒のんで真っ赤な顔してた。
『幸助、お前山に一人で入るなよ?神隠しにあっちまうからな』そんな言葉から始まった話は当時誕生日に買ってもらった恐竜図鑑にはまりまくってた俺の心にドーンっと突き刺さった。
ワシがまだ現役の時だ。
久遠のがきんちょが行方不明になったんだ。
まだこの辺りは開けてなくてな、男衆で山狩りしたが一向に見つからなかった。
三日経ち、一週間経ち、もう生存は無理かもしれない。
そう思いながらも久遠夫妻を励ましながらワシ達は捜索した。
九日目の事だ。
がきんちょがな、いきなり目の前に現れたんよ。
目を真ん丸にして驚いてたが、ワシの方が驚いた。
本当に何もないところから急に現れたとしか思えなかったんだ。
思わず頬をつねっちまった。
もちろんワシのだぞ?
本部に報告を入れ、捜索隊と合流して山を降りるとき背負ってた久遠のがきんちょがはしゃぎながら言った言葉。
それがな、未だに忘れられんのよ。
『ぼくね、おーーーーっきい恐竜さんにあったの!とーーーっても真っ黒でね、すーーーっごくおじいちゃんなんだって!』
『本当だよ?山みたいにおーーーーっきいの!恐竜さんだよ!ぜつめつなんかしてなかったんだ!』
『ごはん?お兄ちゃんが食べさせてくれたよ!すっごくいっぱいお皿がならんでてね、食べられそうなものを食べろって』
『お兄ちゃん?恐竜さんと仲良しなんだよ!恐竜さんがぼくを頭に乗せているのを見て飛び蹴り?してたけど恐竜さん笑ってたし!』
『名前?へーかって呼ばれてた!』
『他の人?他にはね、角があるおじさんとか、羽があるお兄ちゃんとか、とかげの人もいたよ!あとね、おすもうさんとか歩くわんちゃんもいた!』
『えーとね、へーかがいい加減元のところに返してこいって恐竜さんに言ったの!そしたら近藤のおじちゃんが目の前にいたの!』
なぁ幸助。
ワシはがきんちょが神隠しにあったと思うんよ。
だから報告書にもありのままを書いて提出した。
上司にそれはもう怒られたが、これが事実だと突っぱねたら唸りながら辻褄合わせしとったわ。
あのがきんちょ、一体どんな場所に迷いこんだんかのぅ。
恐竜に鬼に蜥蜴人間、魑魅魍魎が跋扈する恐ろしい世界なのか、それともワシの想像もつかん所なのか、老い先短くなったせいか最近よう考えるんよ。
俺は成長するにつれて、もしかすると久遠の祖父さんは異世界に行ったんじゃないか?と思うようになった。
その時、ってか今でもはまってる異世界もののラノベを読んでから更にその思いは強くなった。
曾祖父ちゃんに聞こうとも守秘義務があるから話せないって言われるし、祖父ちゃんはあまりよく覚えてないって言うし、久遠の祖父さんはぬらりくらりとかわして何にも教えてくれない。
久遠にもそれとなく聞いたけど何も知らない感じだった。
今の生活に不満はない。
家族仲も良好だし、恋人はいないけど親友がいるし、部活も楽しいし成績だって良い方だ。
何不自由なく生きてきたし幸せだって胸を張って言える。
それでも俺は異世界に行きたかった。
久遠の祖父さんみたいに帰ってこれなくても良い。
行った途端殺されるのは勘弁だけど、今の型にはまった俺という存在を一度壊してみたいと思っていた。
他者を貶めて優位に立とうとする姫さん、姫さんに対して自己犠牲が過ぎる委員長、リーダーの素質はないのにリーダーな宮原、いつも一歩引いてるのに何故か存在感のある久遠を見ていると、こいつらこの世界じゃ生きにくそうだよな、もしかしたら異世界人じゃね?と思ったりもした。
昨日の事だ。
帰り道が同じ方向の久遠の後を幼馴染兼親友の小林剛と駄弁りながら歩いていると、何故かやけに久遠の影が濃かった。
回りの全てを吸い込みそうなほど真っ黒で、まるでブラックホールのようだった。
このまま久遠が影にのみ込まれて異世界に行くんじゃないか、そう思った俺は話しかけていた。
明日の二人三脚頑張ろうな、と。
ペアが久遠だったのだ。
いきなり話しかけて、普通ならびくってなりそうなものだけど久遠は普通に振り返って頷きながら『はい、頑張りましょう』と言った。
剛も含め今年こそは優勝したいよなって話すうちに久遠の家に着いた。
影は俺達と同じ色に戻っていた。
ちゃかす剛に影の事を話すと普通の影だったぞ?と言われて気のせいかと思ったが、やはりあれは前兆だったんだろう。
俺が話しかけなければ、昨日久遠は旅立っていたかもしれない。
そう思うと心底昨日の自分に感謝した。
姫さんは自分が召喚されたと煩いが、召喚されたのは間違いなく久遠だ。
少なくとも俺と剛はそう思っている。
ステータスオープンと言ったらステータスが見れた。
俺は武闘家で剛は僧侶見習いだった。
見習いじゃないのは日頃親父達に鍛えられているからだろう。
夢にまで見た異世界。
久遠の祖父さんが迷いこんだかもしれない世界。
俺はここで何が出来るだろう?
▼▲△▽
帰ってきた。
この世界に召喚されたとき何故かそう思った。
ようやく自分に戻れた、宮原亮という枷から解き放たれたと思ったんだ。
俺はいつも微妙なズレを感じていた。
例えるなら夢の中にいるような、明晰夢を見ているような感覚だろうか。
紛れもなく現実なのに非現実に思えてしまう、そんな日々を過ごしていた。
帰りたい。
それが俺の口癖だった。
自宅にいるのに帰りたい。
ここではない何処かへ帰りたい。
自分がいる場所は本当にここで合っているんだろうか?
そんなことをいつも考えていた。
俺はとても運がいい。
顔も良いし彼女が途切れたこともない。
幸せか不幸せかと問われたら間違いなく幸せだ。
なのに時々無性に泣きたくなった。
帰りたい、帰りたい、心が寒くてどうしようもなかった。
まるで漫画の主人公みたいだよな。
そう言われることが何度もあった。
そんなわけないだろと笑っていたが否定できない思いもあった。
全てが俺に都合よく進む世界。
立ち塞がるもの、敵対するものは友人達との絆を深めるためのスパイスで、役目が終われば勝手に自滅していった。
俺は人を率いるなんて面倒だし、どちらかというと人任せな性格だからリーダーには向いてないと思っている。
それなのに何故かいつも気づいたらリーダー役になっていた。
人に恵まれ、回りが全てをやってくれるから苦労はないし、口出ししていない事でも最終的に手柄が全部俺のものになる恵まれた立場。
成長するにつれて俺は考えた。
帰りたいと思う場所はここよりも良い所なのか?と。
今まで望むままに生きてきた。
可愛いなと思った子は俺に惚れたし何股しても許されるし欲しいものは都合よく手に入る。
何もしなくても全てが思い通りになる世界。
そんな生活を手放してまで帰りたい場所なのか?
そして俺は受け入れた。
主人公で良いじゃないか。
俺はこの世界に望まれてここにいるんだ。
苦労なんてくそ食らえ。
よきにはからえってな。
帰りたいと思わなくなった。
この世界を満喫しようと考えた。
何をしても許されるんだ。
だって俺はこの世界の主人公なんだから。
召喚される前日、体の内側から腐り落ちていく夢を見た。
《もう手遅れじゃ》
諦めたような声を聞いた。
開会式の最中、足元の地面が消え失せ真っ暗な世界に投げ出されたとき、俺は小さい頃両親と入った寺の胎内めぐりを思い出した。
《生まれ直せ》
優しくも厳しい声がした。
そうか。
俺はやり直せるのか。
ならば、今度は間違えない。
目映い光が目にはいる。
まるで孵化するような感覚に包まれて──
「──美琴!!」
静原の声で我にかえる。
ともすれば廃墟と見間違う暁の館。
案内役のリザードマンが入って右側は老朽化のため立ち入らないようにと忠告してくれたにも関わらず、その廊下を突っ走る羽山を追いかける静原の姿。
いつもなら騒ぎ立てる残念美人がやけに静かだと思っていたが、やっぱりやらかしたか。
慌てて追いかけるがその前に羽山の姿が消えた。
床が抜け落ちたのだ。
羽山は突き当たりにある絵画─やけに目を引く美しい女性が描かれている─に手を伸ばし、あっという間に落ちていった。
「美琴!美琴!大丈夫!?」
穴に向かって叫ぶ静原。
遅れてのぞき込むと暗闇の中、力なく横たわる羽山の姿が見えた。
夜目って便利だなとか思っている場合じゃないが、部屋の隅に見えるのはここに来る前嫌というほど見たスライムだろう。
「俺が下りる。静原は皆を頼む」
「私も行く。丸腰なのに一人じゃ危ない。──佐藤さん、近藤くん、皆をお願い!」
「了解!」
「わかった!」
飛び下りた衝撃は少なかった。
どうやらスライムが緩衝材になったようだ。
羽山に駆け寄って容態を確かめると意識はないが呼吸は正常。
「怪我はないようだな」
「うん。でも気を失っているってことは頭を打ってるかもしれない。──本当は動かさない方がいいと思うけどスライムがいるのにそうも言ってられないよね」
「……とりあえず扉前のスライムを退けてくる。その後運びだそう」
「お願い」
「よし、最初のバトル、いっくぜ──あれ?スライムどこ行った?」
風魔法を使う前にスライムは消えていた。
物音ひとつたてずに。
──嘘だろ?
俺、気配察知Lv3持ってんだぞ?
「宮原くん?」
「いや、何でもない。今のうちに運ぶぞ」
「うん」
夜目があってもなお暗い部屋。
姿は見えないのにあちこちから視線を感じる。
どこから襲いかかられても大丈夫とはとても言えない。
動揺を出さないようにするのが精一杯だ。
……うわ、重い。
え?
マジで?
意識のあるなしでこんなに違うの?
それとも前より太った?
いや、よそう。
女子に体重関係はタブーだ。
あー、調子のってお姫様抱っこなんかしなきゃ良かった。
「宮原くん、足元段差。気を付けて」
「ああサンキュ。──って、見えてんの?静原夜目スキル無かったよな?」
「……ないよ、でも何となくわかるの」
出た。
静原の何となくわかるの発言。
羽山・静原・久遠とうちのクラスは変り者が多い。
中でも静原は一番の不思議ちゃんだ。
幼稚園から同じクラスになり続けている俺が言うんだから間違いない。
小学校の林間合宿のことだ。
引率の先生がまさかの道を間違えた。
責任感が強くプライドも高い先生で、本人も薄々気付いていただろうがなかなか認めなかった。
『とりあえず前に進もう。大丈夫、先生に任せとけ』
俺は先生が大丈夫っていうんだから大丈夫なんだろう、と気楽に考えて異を唱えることなく付いていったが、どんどん山深くなる景色に流石にこれは不味いと俺の本能が警告を発した。
口には出さないが、皆も不安をにじませた顔で先生を見ていた。
『しゃべってないで歩け!』
思うようにいかないことに苛立ったのか、先生が怒鳴った。
その時だ、静原が先生に言ったのだ。
『先生、もうお気づきですよね?私達は迷っています。今引き返さなければ本当に遭難してしまいます。合宿に来る前、この山の地図を見ましたがこの先は確か崖になっていたはずです。
念のため目印を付けて来たので最初に迷った地点までは戻れます。先生、戻りましょう。日が暮れたら目印も見えなくなります』
実はお前十歳じゃないだろ?
中に誰か入ってんじゃないの?
そう思ってしまうくらい貫禄があった。
余談だが、その後迷った地点に戻る途中で無事捜索隊と合流出来た。
合宿所に着いた時にはくたくただったが翌朝のラジオ体操が免除されたのが地味に嬉しかった。
それと、あのまま先生のいう通りに進んでいたら本当に崖だったらしい。
静原に地図よんでたとかスゲーなって言ったら、本当は見ていない、ただ何となくわかったの。と答えられてポカーンだった。
それ以来何となくわかるの発言があるときは静原に乗っかることにしている。
その後すぐ羽山が転校して来て小間使い化したのであまり話さなくなっていたが、相変わらず静原は静原のままで安心した。
美人な見た目に反して、幼稚園時代からかっこいいポーズで呪文を唱えていたり、お昼寝の時間日本語じゃない寝言を言っていたり、あらゆるジャンルの異世界ものを読み漁ったりと筋金入りのファンタジー大好きっ子。
召喚されたときも落ち着いていたし、やはりこういった時頼りになるな。
俺達に宛がわれた部屋は外観とは裏腹に清潔だった。
例えるなら高めのカプセルホテル。
ベッドも固くないし身の回りの小物や収納場所もある。
トイレはもちろん調理場や食堂、ありがたいことに大浴場もあった。
思ったより悪くない扱いだ。
後は羽山の意識が戻るのと行方不明の久遠が無事ならいいんだが──