15
勇気を振り絞って乗り込んだ御神輿はド派手な見た目とは裏腹に乗り心地、座り心地ともに最高で疲れた体にとてもありがたい乗り物でした。
もしかしたら疲労困憊の私を見てわざわざ用意してくれたのかもしれません。
…………。
担ぎ手がスキンヘッドに二本の角、筋肉隆々なオーガ、二本の牙が目を引くこれまた筋肉質なハイオーク、お相撲さんみたいなどっしりとした体格のトロール、立派な角とシックスパックが見事なミノタウロスというメンバーだったのは安定性と御神輿の重量を考えた結果ですよね?
私が重いからじゃ──ない、ですよね?
思い出すのは黄色いトゲトゲスライムの映像。
走り回るむっちりした自分の姿。
……157㎝で50㎏ってそこまでデブくありませんよね?
身長が同じくらいの羽山さんや佐藤さんに比べればアレですけど、きっとこのくらいが健康的で良いんです。
ええ、そうですとも。
──そういうことにしておきましょう。
ヒューさんは所用があるとのことで係長っぽいエルフさん先導で集落を練り歩いた御神輿集団。
遠巻きにされるだろうという予想は外れ、魔王さまの紋章を一目見ようと老若男女問わず押し寄せて来ました。
紋章に向かって拝んだり感無量と涙ぐむ皆さんの姿を見ると魔王さまがとても慕われていることがわかります。
魔族や魔物は力こそ全てらしいですが、そうではない亜人にも慕われるということはきっと人柄も悪くないのでしょう。
……どんな方なのか少し気になりますね。
「お嬢さん!こちらが集会所になりやす!お疲れさまでした!」
「「「「お疲れさまっした!」」」」
「皆さん、お疲れ様です。ありがとうございました」
「まもなく族長が参られやすので座ってお待ちくだせィ!」
「はい、わかりました」
御神輿が横付けされたのは四阿でした。
屋根と柱だけの建物で、入口から見て正面と右を壁の代わりに白や黄色の花を咲かせた蔓植物が緑のカーテンを作っています。
広さはトロール二十人、いえ、二十体?が余裕で入れるくらい。
中央の丸テーブルを囲むように切り株を模した椅子が並び、緑のカーテン前には大きな丸太で作ったベンチ─恐らく体格の良い方用でしょう─が置かれています。
あちらこちらに葉っぱやフクロウ等々の細工入りなので何だかメルヘンチックな感じですね。
ベンチに腰掛けヒューさんを待つえんじ色の芋ジャージ姿の私──はっきり言ってすごく浮いてます。
世界観にも色的にも。
通りでヒューさんが私を発見出来たわけです。
赤は緑の反対色ですからね。
待つことしばし。
ヒューさんが女性エルフと犬耳女性を連れて入ってきました。
女性達が持つお盆にお茶のセットや果物の盛り合わせが載っているので給仕をしてくれるのだと思います。
「サヤ、お待たせしました。こちらの椅子にどうぞ。もうしばらく迎えに時間がかかるそうなのでお茶にしましょう。──大丈夫、迷い人も安心して飲めるお茶ですから」
「ありがとうございます」
そうでした、ここは異世界でしたね。
普通に自分たちの世界と同じ食べ物があると思ってました。
ヒューさんとの料理談義で聞きなれない食材や調味料があったのに。
うーん。
少し気を付けないといけませんね。
気を抜いてるつもりはないのですが、こちらに来てから明確な敵対行動をされていないこと、種族関係なく会話が出来ることで何だか外国を旅行している気分になるんですよ。
トゲトゲさんのデブ発言はカチンときましたけど、あれは何度も踏みつけた私が悪いですし、先程の火の玉もたくさん飛んできたので私達を狙っていると思いましたが、落ち着いて周囲を見回すと着弾場所が辺り構わずって感じで、とても狙った風には見えませんでした。
あえて言うなら常闇神さまのところにいた黒い靄ですが、生き物というより無機物っぽいからノーカウントです。
誰かの刺客って感じでもありませんでしたし。
お茶を淹れるエルフ女性とナイフで梨っぽい果物を剥いてくれる犬耳女性。
女子力が高いです。
「皆、喜んでいたでしょう?陛下手ずから描かれたもの等そうそう見られるものではありませんからな。そういう意味でも大切にして欲しいものです」
「──え、魔王さまがこの紋章を描いたんですか?すごく字がお上手なんですね」
「でしょう?──と言いたいところですが、その紋章は判子ですな。陛下が描かれたのは紋章の下にある──この部分です」
「──これ、ですか?」
ヒューさんが指差したのは小さな丸。
よく見たら確かに正円ではなく手書きです。
《私は、魔王陛下に隷属することを誓います。》という文字が描く紋章の印象が強すぎて全く気づきませんでした。
──え、つまり皆さんこの○を見て感動していたんですか?
「驚かれましたかな?」
「──すみません。正直、私が想像している魔王さまのイメージとこの小さな丸が結び付かないです」
何人召喚されるかわからないのに、予め用意していたんですよね?
魔王さま、もしかしてヒャッハーオラオラ系じゃない?
この小さな丸が描けるってことはペンを持てる手がある──いえ、まだ触手や念動力の可能性もありますね。
うーん。
どうもイメージが掴めません。
「──あの。ヒューさん、この丸には何か意味があるのですか?」
「意味ですか?意味はわかりませんが、陛下の力が込められているのですよ。我々にしか感じられない御力がね」
「成る程、だからヒューさんはあの時足を止めたんですね。──集落を回っている途中、身分証を見たエルフさんが興奮して腰に下げている弓で木の実を落としたんです。それが出会ったときのヒューさんの弓の持ち方と重なって──あの時、いつでも射てるようにしていたんですよね?」
「……その通りです。──参りましたな、これからあなたに頼み事をしようというのに」
「頼み事、ですか?」
「はい。──サヤ、召喚された中に聖女がいましたよね?私達にその聖女を紹介してもらいたいのです。私──いえ、この集落には聖女の固有スキルである聖女の祈りがどうしても必要なのです。どうか力を貸してもらえるよう口添えしていただけませんか?──サヤ、お願いします。この通りです」
「「「お願いします!」」」
ヒューさんの言葉に合わせて女性陣といつの間に居たのか係長エルフさんが頭を下げました。
聖女って、まだ見習いが付いてますが羽山さんの事ですよね?
でも、確か羽山さんのスキルは──
「──ええと、聖女の祈りですか?乙女の祈りではなく?」
「はい、聖女の祈りです。──このスキルは聖女固有のもので、聖女を聖女たらしめるスキルです。怪我や穢れ、状態異常を癒す力であり、悪しきもの、敵対するものを浄化、殺す力でもあります。
私はこれまで様々な文献、口伝を調べてきましたが、乙女の祈りというスキルは初耳ですね。名前が似ているので聖女の祈りの下位スキルかもしれませんが──ああ、失礼。もしやサヤがお持ちのスキルでしたか?」
「──いえ、私は持っていません」
……おかしいですね。
羽山さんのスキルは異世界言語Lv3、光魔法Lv1、 水魔法Lv1、 乙女の祈りLv1だったはず。
もしかして、まだ見習いだから聖女の祈りではなく乙女の祈りなんでしょうか?
レベル、スキルレベルが上がれば見習いが取れてスキルも聖女の祈りに変化する?
うーん。
とりあえず羽山さんを怒らせてしまった私が頼んでも聞いてもらえそうにないので、委員長に間に入ってもらいましょう。
羽山さんの性格上ヒューさん達に下手に出てもらって、上手く自尊心を擽れば協力してくれるはず。
乙女の祈りが本当に効果がないか確かめて、駄目ならレベルが上がるまで待ってもらうしかないですよね。
ここには見るからに強そうな方々がいるので、手伝ってもらえば案外すぐ上がる──いえ、ちょっと待ってください。
もしかして、この魔王領にいる魔物って殺しちゃ駄目だったりしません?
あれ、そうなるとどうやってレベルを上げれば?
「──あの、大変聞きにくいのですが、この周辺でレベルアップする方法とかありますか?」
「──理由をお聞きしても?」
「ええと、本人がいないところで話すのはどうかと思うのですが、緊急のようなので、──実は聖女がまだ聖女見習いなので、聖女の祈りを覚えていないのです。レベルを上げれば見習いが取れて乙女の祈りが聖女の祈りになるのでは、と思うのですが」
シーン
空気が凍るとは正しく今この瞬間に使う言葉でしょう。
背筋が寒くなるほどの変化。
それほどまでに四人の表情が固まりました。
「…………聖女の祈りを持っていない?まさか、あり得ない。見習いでも必ず持つ固有スキルですよ?変化してどうこうというものではないのです。いくらレベルを上げようと乙女の祈りが聖女の祈りになどなりません。──サヤ、本当にその者は聖女見習いなのですか?騙っているだけではないのですか?」
ブルッと一度身震いしたヒューさんが重く口を開きましたが、羽山さんのあの感じを見るに彼女が聖女見習いなのは間違いないでしょう。
「──残念ながら、彼女の性格からして見習いの部分を伏せることはあっても騙ることはないと思います」
後ろの三人が不安そうに顔を見合わせています。
あれ?
何だかこの四人、雰囲気が似てる?
──もしかしてご家族だったりします?
「……そう、ですか。上手くいかないものですな。──いや、失礼。サヤが気にすることはありません。さ、どうぞ。このお茶は集落の特産品なんですよ」
努めて明るく振る舞おうとするヒューさん。
「──いただきます」
一口飲むと──あ、紅茶の見た目に反してほうじ茶っぽい味です。
「飲みやすくて美味しいです。──あの、ヒューさん。聖女の祈りじゃないと駄目な理由を聞いてもいいですか?場合によってはお役にたてるかもしれません」
ヒューさんの泣き笑う表情に、思わず私は言っていました。
もしかしたら癒しの手が効くかもしれない、そう思ったのです。
身を乗り出して拳を握る私を見て、ヒューさんはどこか遠い目をしながらお茶を飲むと一つ頷き言いました。
「…………そうですな。聞いてもらうのもいいかもしれません。──お前達、長くなるから座るといい」
「「「はい、失礼します」」」
「──サヤ、ここは一見穏やかに見えますが内に大きな憂いを抱えているのです」
諦めの滲んだ声でぽつりぽつりと始まった話。
それは四十年前の聖女襲来に関わるものでした。