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別視点
俺はアラム。
成り上がりのスライムだ。
今でこそ魔王陛下直属の部下となっているがほんの数十年前までは下っ端も下っ端、スライム族の特性を活かした魔王領の景観保全係という名のゴミ─落ち葉から亡骸まで幅広い─処理係だった。
正直退屈な仕事だが凝ろうと思えばいくらでも凝れるのでそれほど暇ではなかった。
陛下に相応しい美しい景観を保つ。
その一念で魔王領全域を駆け回っていた。
そんな日々が一変したのは四十年前。
二人の聖女が大船団を率いて攻めてきた。
戦況が見える場所についたときにはマーマン、クラーケン、ケルピー、セイレーンやローレライ等々──スライム族は戦力にならないと嘲笑っていた強者のはずの彼等が力なく腹を見せて海面に浮かんでいた。
海岸には上級魔族のレスリー殿を筆頭に投擲用の小槍や弓や石を携えたサハギン、リザードマン、オーク、エルフ、コボルド、ハーピーらの姿がある。
レスリー殿以外、何れも聖女のスキルの前では成す術なく殺られるだろう小物だ。
戦闘狂集団ではなく器用さや単純作業が得意な者を率いているということは大きな戦闘にはならないと考えているのか?
いよいよ上陸かという所で人族が同士討ちを始めた。
正直ホッとしたがいつの間にか集まっていた戦闘狂集団は不満そうだった。
久しぶりの大物との戦いが台無しだと思っているんだろう。
今にも飛び出しそうな彼等を一瞥したレスリー殿が仕方なさそうに突撃命令を出した。
いきり立って突っ込んでいく彼等は気づいていないだろうが、双方の聖女が魔力切れになった事を確認してからの号令だった。
数日後、スライム族に聖女の亡骸が一つ下げ渡された。
異世界人の中でも珍しい召喚された聖女らしい。
陛下からの贈り物だと喜んで血の一滴も残さず皆で分け合った。
結果、俺の体は水色から薄い黄色になり、光魔法のヒールLv1が使えるようになった。
気づいたのは偶然だ。
酔ったエルフが的と間違えてハーピーを射ち、肩を射ぬかれたハーピーが俺の上に落下、その傷口が癒えた。
不思議に思いステータスを確認すると見覚えのないヒールLv1が増えていた。
すぐさま景観保全係から治療所へ異動が決まり、初仕事は聖女のスキルで大打撃を受けた海の者達の治療になった。
魔族は回復魔法が効きにくいとされるが俺のヒールはLv1とは思えないほどよく効いた。
中には日頃スライム族を馬鹿にしてきた者もいたが陛下に仕える仲間だからと私情は挟まなかった。
そのお陰か海の者達と仲良くなって飲みに行く友人もできた。
ただ何故か全くスキルレベルが上がらず、四十年経った今でもレベルは1のまま。
それでも一族の期待を一身に背負い、上級魔族にも一目を置かれるようになった俺は陛下の直属の部下に昇進した。
光魔法は俺の生活を一変したのだ。
同じく期待されているものにサリムがいる。
お調子者だが珍しい無色の体を活かした隠密行動は目を見張るものがある。
あるとき魔王領に異世界人が人族の子供達に教えた遊び、かくれんぼが入ってきた。
真っ先に飛び付いたのがスライム族。
ルールが簡単だったこともあり魔王領のそこかしこで遊ぶ姿を見るようになった。
そのかくれんぼでサリムの才能が開花した。
みるみる隠密スキルが上がり、鬼役でも逃げ手でもサリムの右に出るものはいなくなった。
サリム以外の参加者全員が鬼役になっても見つけられない。
触らなくとも見つけるだけでいいという特別ルールでも勝てない。
それほどの実力差があった。
結果の決まっている勝負ほど面白みのないものはないと思うが若手はこぞってサリムに挑んだ。
負けても負けても繰り返されるかくれんぼ。
最早遊びの域を越えていた。
範囲は魔王領全域─流石に陛下の執務室等はないが─最後の一匹が見つかるまで日を跨いでも延々と続く。
気配察知系があればまだいい。
なければひたすら走り回る。
手助けは見込めない。
会話できるものが少ないのだ。
彼等はかくれんぼを通して魔王領全域の地形、建築物の位置関係、生えている草木の種類、季節によって変わる様相、魔族を始め魔物の縄張り範囲等々、多くの事を学ぶ。
広大な島を駆け回ることで自然と鍛えられる足腰。
どんな場所でも隠れられるよう擬態の精度も上がる。
すぐ側を鬼が通っても動じない心。
とどまるか逃げるか一瞬の判断力と決断力。
自前のスキルレベルもどんどん上がる。
とにかく良いこと尽くめだ。
若手がサリムに弟子入りするのも頷ける。
何故そこまで必死になるのか。
それは隠密スキルを覚えるためだ。
長年反復しても身に付かないはずのスキルがサリムと何度もかくれんぼするうちに覚えられるのだ。
戦力にならないことは自覚している。
だが隠密行動なら役に立てるのではないか?
それゆえ彼等はかくれんぼをするのだ。
端から見たらただの遊び。
だがサリム以外は至って真面目だ。
もちろん俺もサリムと対戦した。
魔王領全域を駆けずり回る、景観保全のための見回りとは全く違う真剣勝負。
結果は敗北。
どこに隠れてもあっさり見つかる。
逃げても逃げても追いかけてくる執念深さ。
足場の悪さなど物ともしない体幹のよさ。
魔力の流れで居場所をつかんでも発見する前に居なくなる素早さ。
何より擬態能力、空間認識力の高さが段違いだった。
そのため未だに勝てていない。
そんな俺も日頃は遠見スキルを用いて多忙極める陛下の目や耳になっている。
魔王領で初となる異世界人召喚儀式の際も側で控えていた。
かなり羨ましがられたが聖域という特殊な空間でも問題なく動けるのが俺だけだった。
陛下は恐らく聖女から得たヒールLv1の影響だろうと仰った。
問題ないとは言ったが全身に押し寄せる圧迫感は相当なものだった。
何よりここには常闇神──いや、暗黒神がいる。
西の大陸からその身を犠牲にしてまで連れてきた穢れを撒き散らす黒い靄とそれによって変質した暗黒神の力が聖域内を渦巻いて、普通なら息も出来ないだろう。
陛下の御力も阻害され、助太刀に来ている闇の精霊も手をこまねいている状態だ。
そのような中で儀式を成功させた陛下はやはり素晴らしい。
召喚後、陛下は執務室に戻られた。
陛下と暗黒神の会話は念話を用いるため内容はわからないが珍しく驚いた表情をされていたので新たな情報を得たのかもしれない。
俺も当然のようについていこうとしたが何故かここに残るように言われた。
気まぐれにちょっかいをかけてくる黒い靄。
時折苦しそうな呻き声をあげる暗黒神。
気のせいか靄が濃くなっているような気がする。
いつまでここに居ればいいのか。
奮闘してくれる闇の精霊のお陰で俺に被害はないが、精霊達の被害は次第に増えてきた。
肉壁になるには相手が悪く、ヒールを使おうにも遠すぎる。
前に出るしかないか。
そう思った瞬間、人族が現れた。
まさか陛下の聖域を汚し暗黒神を捕獲に来たのか!?
放っておいても自滅するだろうがこの手で屠らなければ気がすまない。
すぐさま迎撃に向かった俺は信じられないものを見た。
人族の女がたった腕の一振りで黒い靄を消し飛ばしたのだ。
あり得ない。
こいつは何者だ?
変な服装、緊張感のない顔──もしや異世界からの召喚者か?
戦えば俺など一溜まりもないだろう。
警戒心は解かないまま慎重に近づく。
会話はできるだろうか?
それとも魔物だからと殺しに来るだろうか?
意を決して話しかけようとした瞬間、俺は踏み潰された。
殺される!?
慌てて距離をとって隠れた。
女は常闇神と向かい合っている。
会話しているのか?
観察していると女の腕に靄が絡み付い──いや、弾き飛ばした?
何が起きた?
女は立っていただけだ。
服が特別製なのか?
あの穢れを防げる素材など聞いたことがないぞ。
呆然とする俺をよそに女は奇声をあげて走り出した。
両腕をぐるぐる回す奇怪な姿。
思わず陛下に映像を送った。
沈黙のあと引き続き監察せよとの返答があった。
女は闇の精霊と連携を取りながら靄を追い払っていく。
あっという間に常闇神の側から靄は無くなった。
同時に陛下が薄まっていた結界を強化。
二重結界の間に閉じ込められた靄が足掻いているが当分出てこれないだろう。
流石に疲れたのか呼吸も荒く座り込んだ女が突然両手を合わせてぶつぶつ言い出した。
もちろん陛下に映像を送るのは忘れない。
回復魔法でも使うのか?
目を閉じた女は暗黒神の接近に気づいていない。
神は気まぐれだと聞く。
いきなり殺すことはないだろうが陛下から監視を命じられた以上間に割って入る事も覚悟しなくてはならない。
暗黒神を刺激しないよう慎重に近づく。
そして──俺は潰された。
キレそうになるのをグッと堪え立ち去る。
陛下がご覧になっているのだ。
みっともない姿は見せられない。
しかし不思議だ。
物理攻撃無効を持っている俺をこうも簡単に潰せるものなのか?
あんなダサい女のレベルが自分より上とは思いたくないが俺では黒い靄を相手取れない事を考えるとあながち間違いではないだろう。
いや待て。
あいつ召喚されたばかりだよな?
どういうことだ?
暗黒神と会話する女。
女の声しかわからないが随分仲が良さそうだ。
希望は潰えておらぬ?
常闇神に戻る可能性があるということか?
もっと詳しいことが聞きたい。
暗黒神が眠りについたのを確認し再度近づく。
女が立ち上がろうとしてふらついた。
ヒールをかけたら会話の内容を教えてくれるだろうか?
話しかけようとした瞬間──俺は潰された。
陛下もご覧になっているというのに女がはしたなく寝転がるなんて信じられない!
なんて野蛮な女なんだ!
これだから人族は!
「す、すみません!大丈夫ですか!?」
大丈夫か大丈夫じゃないかで言えば大丈夫だ。
潰されたといってもダメージはない。
しかし三度も踏まれて怒りは最高潮だ。
《───チッ、ハナセ、デブ》
イラつきながらも出来るだけ丁寧に答える。
こいつにはまだ聞くことがあるからな。
ちょっと気分的に尖っているが異世界人はスライムなんて見たことないだろう。
それなのに女は怒った。
デブじゃないとか言ってるが俺から見れば大抵デブだ。
人族の脂肪は重いと自覚しろ。
そう言い返す前に陛下から迎えを寄越すので転移陣まで案内するよう命じられてしまった。
だが少しくらいやり込めてもいいだろう?
置いてきぼりにされて途方にくれる姿を笑ってやる。
そう思ったのに。
むぎゅ。
全体重の乗った一撃が俺を襲った。
我慢、我慢だ俺。
暗黒神との会話の内容を聞くんだろう?
陛下からの命令を遂行するんだろう?
こいつは召喚されたばかり。
赤子のように無知だと思え。
そう、俺は心が広い。
この程度で怒ったりしない。
ほんの少しこのトゲを突き刺すだけだ。
大丈夫。
こいつは丈夫だ。
もし怪我しても回復してやったらいい。
ゆっくりと近づく過去最高に尖っている俺、後ずさる女。
〈アラム~、何してんの?フクヘン女を迎えに来たよ?〉
〈サリム?お前が来たのか。……少し待て、こいつは一度痛い目にあわせないと気が済まない〉
〈陛下に怒られるよ?〉
〈お前は四度も踏み潰されて何の報復もしないというのか?〉
〈でも……多分無駄だよ?〉
〈殺る前から諦めてどうする!とにかく俺は殺る!〉
「──あれ?もしかしてさっきの透明スライムですか?でもこんな石つけてませんでしたよね?別のスライム?それとも実はおしゃれさん?」
無知な奴め。
簡易結界石も知らないのか。
まぁいい。
都合よくしゃがみこんでいる背中めがけて──いざっ!
ぽよんっ。
「わ、びっくりした」
地面に転がる俺。
何が起きた?
弾き飛ばされたのか?
〈──意思疎通は確定。あと物理攻撃無効か耐性、精神攻撃無効か耐性もしくは睡眠無効か耐性、状態異常無効か耐性も持ってるね。魔法攻撃にも耐性持ってそうだけど要確認。……どうアラム?気は済んだ?〉
〈何だそのスキルは?こいつは化け物か?〉
〈それを決めるのは陛下だよ。会う気はあるみたいだけど調べものが出来たからそれが片付くまでは無理みたい。だからしばらく来客としてもてなせって〉
〈もてなす?他の異世界人もか?〉
〈うん。暁の館で生活させるって聞いた。忙しくなるね。あと戻って怪我の治療を手伝って欲しいってケイ殿が言ってた〉
〈……了解。あいつは任せて良いんだな?〉
〈うん。──フク、ヘン、ツイテキテ!》
一族以外との会話は相変わらず不便だと思う。
ポンポン跳ねて先導するサリムに戸惑った様子の女が振り返るが無視。
俺はまだ踏まれたことを許していない。
覚えていろ。
必ず痛い目を──いや、待て。
《──デブ!デブ!デーブ!》
「なっ!?私は標準で──!?ちょっと何ですかその映像!?いつの間に撮ってたんです!?しかも何か太く映ってるし!」
体に映し出した暗黒神の回りを走る女(ちょいデブ風)。
フフン。
体型を気にする女にはこれだろ。
〈アラムってそういうとこがモテないんだよ?〉
〈うるさい!余計なお世話だ!〉
「……私、思っているより太いんですかね?着太りって感じじゃなくこれ本当に太いですよね?あれ?もしかしてトゲトゲさんの言ってることが正しい?」
トゲトゲって俺の事か?
〈おい、さっさとこいつ連れて行けよ〉
〈女心は複雑なんだよ。もっと太らせれば偽物だってわかるのにギリギリを追求しすぎ。アラムのせいだよ〉
「……やはりダイエットですか?いえ、テレビと考えたら太って見えてもおかしくない?でもあの二の腕は……」
面倒くさいが仕返しとしては大成功だな。
よし、次踏まれたら部分太らせしてやろう。
〈悪巧みが隠せてないよ、トゲトゲさん。──フク、ヘン、ハヤク!》
「は、はい!すみません!今行きます!」
それにしても暁の館か。
割れた窓、閉まらない扉、崩れた外壁──廃墟のような見た目に反してその守りは固い。
館全体を結界が覆い、隔絶された空間になっているのだ。
無理に出ようとした者は狭間に落ち、明けない夜を繰り返す。
要は軽めのお仕置き施設だな。
さてと。
そろそろ治療の手伝いに行くか。
恐らく患者は話し合い(物理)で怪我した異世界人。
流石にもいではないと思うが面倒な事になってそうだ。




