第4話
帰り道。帰り道、といっても、拓海が自転車で通学しているのに対して、醒は電車通学だという。
「…………」
「…………」
駅前のハンバーガー屋へ行くという旨を決めた後、二人の間に会話はない。拓海が自転車を引く音が、静かな住宅地と田畑が広がる一帯へと響き、たまに通る自動車は数少ないBGMとなっている。
無言。重い空気。少なくとも拓海はそう感じていた。初対面で一時間もしないうちに二人きりで行動、それも寄り道のため、なんていうことがこれまでの彼の人生にあっただろうか。もちろん、ない。拓海は別段コミュニケーションを取るのが苦手という訳でもなかったが、かといって、どんな女の子も手籠めに出来るちゃらちゃらした男の精神力を持つ人間でもなく、日常生活において目立った深い交友関係を持つ訳でもない。
その後、何事もなく道を行き、目的地へと到着する。醒が注文したのはフライドポテトだが、拓海は特に腹が減っている訳でもないため、炭酸飲料のみの注文。誰に対しても笑顔を忘れないまるで天使のような店員へ金銭を渡した対価として無事飲食物を受け取った二人は、騒がしい店内の飲食スペースの奥の方へと足を運ぶ。
男女二人でトークをするためだけに寄り道するというこの光景を客観的に見れば、二人はさぞ仲の良い親友を越えた関係であり、きっと互いに会話がない時間が多少続いたとしても、それでも二人でいることが居心地がよい、そんな存在なんだろうと考える人もいるかもしれないが、勿論違う。
拓海の心は、なんともいえない居心地の悪さによって支配されていた。席に着き、ふぅ、と一息。対面に座る醒の様子を伺う。
「おお、これがフライドポテト」
ようやく言葉を発した醒。話す相手もいない拓海はその言葉にいまかとばかりにのっかる。
「食べた事ないのか?」
「ない」
醒がフライドポテトを一本口へ運び、もぐもぐする。
「そういうものか。というか、今更だけど、ヒューマノイドって本当に食事とかできるんだな」
知識としては知っていたが、こうして、ヒューマノイドがものを食べる光景を目の前で見ると、やっぱり不思議を感じる。
「? もちろん。味覚をわかるわ。フライドポテト、触感は柔らかく、主な味は油の味。人間が食すことは健康に良いとは言えないけれど、伝統的な食文化の一つとして長く人間に愛されている食べ物」
会話が生まれると、拓海の居心地の悪さもだいぶなくなってくる。目の前にいるのが人間の女子高生であり、一対一という状況であったならば、正直、緊張して思うように会話できなかったかもしれない拓海であったが、相手がヒューマノイドっぽい発言をしてくるため、緊張が和らいでいるのだということに気づく。ヒューマノイドがどのように社会に馴染んでいるのかということについて、知識的なことしか持ち合わせていなかった拓海だが、こうしていざ目の前で接すると、意外と自然なもので、意識しなければ彼女がヒューマノイドだということを忘れてしまうとさえ感じた。
そして、それは、つまり、彼女──醒が、拓海の考える理想の女子高生に近い存在であるということを再認識させる。容姿は、完璧とまでは言わずとも、拓海の理想にかなり近い。顔が整っているということは勿論、黒髪であるということ、可愛らしいツインテールが似合っているということ、さらに気合の生足に、それなりの膨らみを持つ胸部。最初見た時は、パーツそれぞれのパワーがあまりにも高いというイメージを覚えていたが、しばらくの時間一緒に居たことによってその僅かな違和感は薄らぎつつあった。 あまり深く立ち入ってはいけないかもしれない、けれど、興味はある、そんな葛藤が拓海の中に渦巻いていた。
「ヒューマノイドのことについて聞かれるのって嫌なもんなの?」
相手が普通の女の子であり、女の子について聞かれるのって嫌なもんなの、なんていう質問を投げかけることは難しい拓海であったが、ヒューノイド相手だと思うと、なんだかすんなり言葉が出た。この感覚はある意味失礼なのかもしれないとも感じてはいたが、
「人は、人のことについて聞かれるのが嫌と感じるのかしら……? まかふしぎね」
という醒の返答を聞き、杞憂だと分かる。
「じゃあ例えばさー、なんで高校に通ってるだとか、そういうことを聞いても答えられるの?」
「じゃあ例えば、親友は何故高校に通っているの?」
「ぬおっ……!」
意外と厳しいところをついてくる。女子高生が見たいから、とか答えてしまい兼ねない質問だ。拓海は、己がヒューマノイドに抱く好奇心は、自分でも答えを持っていないようなことばかりな気がしてくる。
「あー、そうだ、その、親友ってのさー。いいの? そもそも、まだ俺、国守さんのこと全然知らないし……」
まるで交際を始めようとする男女のようなことを言い出す拓海。
「私のことを知りたいのね? 国守醒のことをもっと知りたい、国守醒、一万のコト。その一、好きな建造物は橋。その二、使っているシャンプーは──」
「待て待て! そうじゃなくて! ていうかもう二個目からなんかちょっと割と知りたいような知りたくないようなこと突いてくるな!? 後多いわ、多い! 一万は多いよ! そうじゃなくて、自然に会話をしたな~と思っただけで」
ていうかお風呂入るんだ。いや、いいけど、入るんだな。へぇ、などと思考が良からぬ方向へ行ってしまいそうになる拓海を咎めるような目つきで見る醒。
「私も親友のことを知りたい」
どうやら、咎めるという訳ではなく、拓海のことをじっと見ているだけであった。視線をしっかり合わせ続けるというのは照れくさいものであり、拓海は目をそらしながら、そして、目の前に座る美少女にちょっと照れながら、
「俺のこと、って言ったってなぁ……」
と間をつなぐための言葉をなんとか出す。こう面と向かって話すと、やはり照れは出てしまう。
「だって、ヒューマノイドって、人間に関することだとか、そういった基本的なことなんて最初からデータとして頭に入ってるんだろ? 何をいまさら知りたいってのさ」
「それは違うわ。私は人間については知っていても親友については知らない。それにね、ヒューマノイドっていっても、思考の仕方は人間を似せて作られている。どれだけ知識があっても、それを活かすには経験が必要だったり、知識と知識の隙間を埋めるような発想を身につけないといけないの。架け橋が必要」
「へーそんなもんなのか」
「そう。ヒューマノイドが職場において円滑なコミュニケーションを身につけるためには、個性と呼ばれるものも身につける必要がある、とか、なんとか」
「とか、なんとか、なのか」
話の内容が店内の活気溢れる雰囲気とマッチしているのかしていないのかはさておき、少なくとも、男女ともに一人という構成だけはマッチしていると言えよう。
「あ、そういえば、なんでそんなにスカート短いんだ? 女子高生っぽいから? あー、そう考えると、なんでそもそも理想の女子高生を目指してるんだ……?」
会話が徐々に盛り上がってきたためか、拓海も色々な疑問が浮かんでくる。特に触れてはいけない話題もないようだとこれまでのざっくばらんな会話から判断した拓海は、その成果か、わりとずけずけ物を言うようになってきていた。
「沢山! 質問!」
くりくりとした目を輝かせているが、言ってることが若干人間っぽくない気がしないでもない。拓海は、あ、うん、と返す。
「スカートが短い理由……それは、生足。この私の太ももからふくらはぎを通ってハイソックスへと流れるラインを持っていない女子高生の何が女子高生か……」
あ、今、色々な女子高生を否定したぞ、こいつ。
「理想の女子高生を目指すワケ。それは、私がヒューマノイドだから」
「なんだその哲学的回答は」
拓海が我慢できずにツッコミを入れる。拓海が感じているのは、このヒューマノイド、ボケなのか本気なのかどっちのつもりで言っているのか判断しかねる発言が多すぎる。ヒューマノイドはボケるのか、というこれまた哲学的な疑問が出てくる。
「私は理想の女子高生になりたいの。そのためなら、自分の出来る範囲且つ日常生活に多大な影響を及ぼさない範囲内でなら、何でもするわ」
「うわ、何でもじゃない、それ」
「ほんなほほはないはよ」
いきなり滑舌が悪くなったのは、今まで食べ忘れていた分量のフライドポテトをペース配分を戻すためか大量に口に突っ込みながら話しているからである。
「そんなことはないわよ、ね」
「正解」
しばらくすると会話もまばらになり始める。まだ実際には十数分経ったくらいだろう。その証拠に、ほぼ一定のペース(ただし、帳尻合わせを含む)で食されている醒のフライドポテトがまだ少し残っている。
「ヒューマノイドっていいよな、勉強しなくても知識はもう生まれた時に入ってるんだろ? それに、何か覚える時だって、苦労せずに覚えられるだろうし」
すると、醒が少し表情をむっとさせる。何か怒らせるようなことでもいっただろうか。
「さっきも言ったのに……親友……もしかして頭の老化が既に……?」
「ば、ばかにしてますぅ?」
拓海は半笑いで問い返す。
「答えはノーよ。インプットが出来てもアウトプット出来るかは別問題。それに、アウトプットをうまくするために、インプットも人間と同じような過程でするような仕組みになっているから、簡単には覚えられないようになってる。中等教育までの知識は入っているけれど、高等教育で学習するものについてはあんまり」
「はー、そうなのかー、それまたなんで?」
「さぁ? 人間と同じように学習すれば、同じようになれる、って考えたから、とか。同じように……」
心なしか醒の顔が曇ったように見えた。
「あー、でもさ、俺は思うよ、国守さんは、もうほとんど理想の女子高生でー、あー」
区切る。確かに、拓海から見て、醒はそれなりに魅力的であり、理想の女子高生に近いと思えた。その一方で、確実に、何かが足りていないと感じているのも確かだった。じゃあ、一体、何が足りていないというのだろうか?
「そうだなー、なんか、もう少し頑張れば、理想の女子高生ってのになれると思うんだ、俺は」
結論には至れない。一体何が……。
「そうね。そのためにも、親友、よろしくお願いするわ」
「そうだなー、うーん、でも、具体的に策はあるのか?」
お願いされたところ申し訳ないと思いながらも、拓海は理想の女子高生を探してこそいれど、自分で理想の女子高生をつくるだなんてことは考えてもいなかったのだ。当たり前だ、どこの誰が、同じ高校生の身分でありながら女子高生を育てるなんてことを考えていようか。
「岐路亡羊」
醒が悩ましそうな顔で言う。
「きろぼうよう……良く分からんが、どうしたらいいか分からない、ってことでいいか?」
「そうとも言うわね」
「多分そっちの方がいいぞ。うーん、ないのか、そりゃ、そうだよなぁ……といっても、俺の知ってる範囲で理想の女子高生に近くて頼れる相手なんていないしなぁ。今度、一緒に部長とかにでも聞いてみるか……?」
拓海は、少しだけワクワクしだしていた。冒険のような感覚だ。内容はともかくとして、何かを二人で成し遂げようとするということ自体が楽しかったのである。
「五里霧中」
「なに、四字熟語が好きなの?」
「そっちの方が分かりやすいと思って」
「色々と間違ってるぞ、女子高生っぽくないし。わかんなーいとか言っといたらいいなじゃない?」
「流石は親友。醒、わかんなーい」
間違いなく、その仕草については、首を可愛らしく傾げるということも含めて、わかんなーい、という言葉を発するために必要な困っていますよというポーズを再現しているように見えるのだが、残念ながら、言い方がまずい。棒読みに近いのだ。分かっていないのかもしれないが、それだと、まるで機械だ。機械だけど。
「いやぁ、もっとこう、きゃぴきゃぴする感じでやらないとね……」
「醒わからない」
真顔になる。本当に分からないっぽい。拓海はこれ以上この点について指摘するのはやめておこうと思い、この件については諦めることにする。
「あ、フライドポテトがなくなってしまったわ。とんだ困ったちゃんね」
「あ、そなの、よし、じゃそろそろ──」
「ここからが本番よ」
拓海は頑張ってその誘いを断る。いや、楽しいひと時であることには間違いないのだが、なんかこれから毎日こんなことを続けるのかもと思うと今日は早いところ終おきたかったのである。
拓海がダストボックスへとゴミを片付ける様子を見て、醒は、フュー、と言っていた。