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機械式女子高生術  作者: 上野衣谷
第一章「フュー! 寄り道!」
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第3話

「──ということをするんだ」


 良大の説明が終わる。コンピュータに入れられていたデータは、かつて、といっても、今から何年も前に作られたらしい近代文化研究部についての紹介ファイルだった。かつて、まだこの部活に部員がそれなりにいた頃、全校での入部説明会の時に使用した資料らしい。


「なるほど。優美ね」


 どうやら、醒にとっては優美らしい。拓海の感想としては、要するに、各自好きなことをやって良いということですね、であった。事実、リノはずっと漫画を読んでる。ちなみに、この学校、文武両道をうたい文句にしておきながら、この近代文化研究部を初めとして、いくつかの文化部ももっており、きちんと抜け道が用意されている素晴らしい学校であったりする。もっとも、部活動において文化部に属するということは部活動カースト制度の下部に位置するという重き十字架を背負うことにもなるため、高校生活を充実したピンク色なものにしようという生徒たちの多くは熱血運動部へと所属していく訳だが。


「あ、ちなみに、先輩は何をやってるんですか?」


 拓海は良大へと質問する。誰かが発言するとすかさずそのくりくりとした目を向ける醒。視線がせわしなく動く落ち着きがない子という印象を受ける。好奇心旺盛なのだろうか。


「僕? 僕はね、今はね、古墳巡りをしているんだ」

「古代っ!」


 拓海は思わず鋭い突っ込みを入れる。この人は、果たして近代という言葉の意味を理解しているのだろうか。大丈夫か、部長。


「古墳──それは、現代まで脈々と受け継がれる古代の息吹……。拓海くん、醒ちゃん、この素晴らしさが分かるかな? この国に存在する古墳の数は、コンビニエンスストアの数の約三倍もあるという。人口減少によって田舎の土地を新規開拓する必要もなくなってきている昨今、もう古墳は数を減らさないだろう。そして、僕や君が死んでからも古墳はずっと長い時間その場所に存在し続けるんだよ。もしかしたらもう少しで人類が滅びるかもしれない、それでも、しばらくの間、古墳はそこに在り続けるだろう。高層ビルよりも長い時間ね」

「フュー。墳墓。墳墓ですね、墳墓」


 拓海が反応に困っている中、醒が嬉しそうに反応する。勿論、拓海には何が嬉しいのか理解しかねる。適当にいってるだけなんじゃないか。


「じゃあ、次は、拓海くん! どうだろう!」


 この人は、どうだろう、という言葉を心底気に入っているのだろうか。答えにくいことこの上ないと感じる拓海。というか、そもそも、この人絶対近代に関係ないどころか近代と真逆に位置するといっても過言ではない古代のものを持ちだしてきた訳で、その点に対して入れたツッコミを華麗にスルーして長々と古墳のことを語って誤魔化せた気になっているのではないだろうか、と考えつつも、同時に、部長がそんな無茶苦茶なことを言ったんだから俺だって適当なことを言ってもいいんじゃないだろうかという気持ちを拓海は抱く。そうだ、言ってやろう。文句は言わせないぞ。それに、どうせ部長と横にいるヒューマノイドしか話を聞いてる人はいない訳で、部長は無茶苦茶、ヒューマノイドはなんか大体のことに賛同しそうな訳で、なんでも言える、大丈夫、と考えると、言うことを決める。


「俺は、理想の女子高生を見つけたいんです」


 しん、と静まり返る部室。起動されている古めかしいコンピュータのジジ、ジジ、という待機音、校庭で練習している運動部の掛け声が響く。ちょうど良い暖かさの季節であるため空調システムが動いていないことから、窓が開けられていることが僅かばかりに静寂の力を弱めているのが救いか。

 先ほどまで漫画を読んでいたはずのリノまで、漫画を読むのを止めて拓海のことを見ている。まるで拓海が何かとんでもないことをしでかしかのような状況に拓海はたじたじとなる。


「は、はは、そうかあ、それは、大変そうだね……」


 言うのは良大。フォローになっているのか、なっていないのか。拓海としては、もっとこう軽い感じで流して欲しかったのだが……。拓海は、良大のこれ以上のフォローを期待するのを止めて、隣に座るヒューマノイド女子高生を、藁をもすがる思いで見てみる。

 見ている。拓海はぎょっとするが、どうやら、ただ見ているだけではないらしい。若干目が潤んでいるだろうか? なんだ、なんなんだ?


「フュー」


 とだけ真顔に近い表情で言う。先ほども発せられていた擬音なのか何なのかわからない言葉だが、恐らく、感嘆を表すものだろう、多分。ちなみに、この言葉、特別驚いたようなテンションで発せられている訳でもなく、割と淡々と、淡泊に発せられている。仕様か、バグか。


「…………」


 醒が、フュー、を発してから数秒。長い眠りから覚めたかのように、醒がハッとして、きょろ、きょろ、と良大、リノ、それに拓海を交互に見る。


「あの、あの、私がやりたいことも、女子高生なの」


 とても嬉しそうに言う。部室の人間の注目対象が拓海から醒へと移る。その目線は、何を言っているんだ、この子は、君女子高生やってるじゃん、という理解不能な物を見る目である。それでも醒は拓海と違って特に動じることなく続ける自信をもって発言を続ける。


「女子高生──それは、現代まで脈々と受け継がれるオンナノコの息吹……。女子高生、言い換えるとジェイ、ケイ。かつて存在したジェイケイ文化を私はもう一度この手で掴みたい。私は、理想の女子高生になりたいのよ。そのために、色々な部活を見学してみたけれど、どれもなんか、違ったわ。近代の文化の研究といえば、女子高生の研究。理想の女子高生になりたくて私はここに来た」


 醒の生存理由じみたことが聞かされ、再び、部室内がしん、となる。いち、に、いち、に、という運動部の掛け声が響く。様々なことが便利になった今の世の中であるが、高校生の生活の根本はどうやら数十年前とさほど大きな変化はないらしい。余談であるが、学習においては数十年前と異なり電子媒体を使用した授業など効率化が測られていたりする。テクノロジー・パワー。

 拓海は、先ほど感じていた居心地の悪さを払拭するチャンスだと思った。見ろ、醒を。生き生きと、女子高生が女子高生について語っているではないか。ヒューマノイドなんていう壁を乗り越えてジェイケイ文化なる文化を共に目指すパートナーとなり得るのではないか、と拓海は感じていた。これこそ、共感。これこそ、仲間。共に歩むために機械と人が手を取りあうべき瞬間ではないだろうか? 拓海はすぐさま醒の両手を握り、ぶんぶんと上下に振る。


「こんなところに同調者がいるなんて! よし、俺も全力で協力させてもらうからな、一緒に頑張っていこうじゃないか!」

「アグリーよ。協力者がいるというのは心強いことだわ。こうして手も上下に振られていることだし、仲良くやっていけそうな気がする。莫逆の友がごとく……」

「ば、ばくぎゃ? 良く分からんが、国守さんが理想の女子高生になれるよう俺は全力でサポートすることに決めた。いいですよね、部長」

「うーん、いいと思います!」


 部長の同意も得られた。ここに理想の女子高生を求めるグループが結成されたのである。会話が収束するに伴って、ぎょっとした視線をこちらへ向けていた美少年系ガールのリノは再び目線を漫画へと落としていた。


「早速なんだけれど、私はこれからアレをしたいと考えているわ、親友」


 親友とは誰か。醒の目線は間違いなく拓海に注がれていた。一点の迷いもなく拓海をひたすら見ていたのである。となると、親友という言葉が指し示す先は拓海だということになる。唐突にいきなり縮まった距離感。確かに目の前にいるのはそれなりの美少女であるが、ヒューマノイドでもある。さて、これは喜ぶべきか、そこまででもないのか……拓海の判断が理性によって成し遂げられるよりも先に、醒が身を乗り出すようにして拓海の顔の近くへと自身の顔を近づけているものだから、本能が、喜べ喜べの大合唱をしてくる。


「あー、分かった! よし、とりあえず、顔と顔の距離を適切な距離感へと戻してもらって、その、アレとやらを教えてくれ」


 醒は体を元の位置へと戻すと話始める。


「アレ、とは、およそ今から数十年前に行われ始め女子高生が持っていたという文化。人間の三大欲求のうち一つを満たすことを目的として、加えて、女子高生間での情報伝達を円滑に行うという目的も同時に達成する、アレ」

「アレ……」

「今もこの国に根強く残る道。華道、茶道、はたまた、柔道、剣道、それに通ずるとも言われる伝統的な道の一つ」


 俺と醒の意味不明なやりとりをなんとも言えない表情で見守っているのは良大。見ていて楽しいのか、相変わらず僅かな微笑みを浮かべている。場所が小汚い部室でなければ天使のような表情であったろうに、残念ながらこのごみごみとした部室においてはちょっと不審な笑みとなってしまっている。


「よし、国守、俺にはそれが何だか分からないから教えてくれ」


 拓海のギブアップ宣言に、醒は髪をかき上げる仕草をしてポーズを取る。決めポーズだろうか。黒く綺麗なツインテールと後ろ髪がふわりと舞う。ちょっとかわいい。


「寄り道よ」

「寄り道」

「寄り道をしたいの、親友は寄り道をしたことがある?」

「あー、まぁ、文房具、買ったり」


 残念なことに、拓海には寄り道をして遊んで帰ろう、駄弁って帰ろうほどの仲の友人がいたことがなく、寄り道らしい寄り道をしたことがなかった。勿論、拓海が考える最高の寄り道とは理想の女子高生とそれらしい雰囲気でそれらしく寄り道をすることであったりする。


「それは寄り道というか正当な帰り道では? じゃあ、部長さん、それに──そちらさま」


 その言葉を聞いて、リノが、自己紹介をする。この人、ずっと漫画を読んでいるように見せかけてきちんとこちらの会話も聞いているらしい。


「部長さんとリノさんは」

「僕は~、最近だと、古墳を見て帰ることがあるなぁ」


 盛大な寄り道である。時代までさかのぼっていそうだ。


「ワタシは、漫画とか買ったり?」

「何かが違う」


 けれども、どうやらそれらの寄り道も醒を納得させる寄り道ではないらしい。


「じゃあ、一体、どんな寄り道ならいいっていうんだ?」


 拓海が質問すると、醒は、そうね、と言ってから数秒間を置いて、


「フライドポテトを食べるわ。豪快に」

「豪快に……そういう知識、どこから入ってくるんだ」


 どう考えても偏っている。この子の考える女子高生像は一体どこから来るものなのか、その謎はすぐに明らかになる。


「私の製造者の大本は国家よ。国家の犬……」

「なんかすまん」


 拓海が返答に窮していると、そんなことはお構いなしとばかりに醒が突然立ち上がる。唐突な行動、予測不能な行動、これがヒューマノイドパワーだったりするのだろうか。


「さあ、今日の一針、明日の十針。皆で行きましょう、フライドポテトを貪りに。イモフェスティバル……」


 どうやら醒は行く気満々らしい。


「モチベたっかいね~、ごめんけど、ワタシは寝り~」


 最初に醒の頼みを放棄したのはリノ。モチベとはモチベーションの略であり、寝り、とは多分恐らく寝るくらい嫌だというニュアンスだろう。謎多き言語の使用者なのだ、彼女は。


「僕も今回はやめておくよ」


 次に断ったのは良大。リノが断ることは何となく分かっていた拓海だったが、良大も断るとは思っていなかった。意外であった。雰囲気での判断に過ぎないが、なんとなく、行きそうだと思っていたのだ。二人は自分の時間を大切にしたい感じの学生さんなのだろうか。拓海は二人の返事を聞き遂げると、


「あー、じゃあ──」


 二人が行かないのなら、自分も行きたくない。拓海はそう思っていた。無論、醒は同士だ。同じ理想の女子高生を追い求める仲間だ。だが、そうだとしても、今日会ったばかりの人──というかヒューマノイドと早速寄り道してるんるんというのはちょっと憚られる。だから断ろうとしたのだが、残念なことに拓海が拒否の旨を伝えるよりも前にその言葉は醒の行動によって遮られる。


「行くわよ、親友」


 醒は良大とリノの返事を聞いた後、残る拓海の腕をつかみとると、ひょいとうまい具合に立ち上がらせて、連行していこうとする。


「お、おい、おーい! ままてって」

「フライドポテト、豪快に」

「行ってらっしゃい」


 部室を出発する二人を見守るのもまた二人。拓海は醒に連れられ、フライドポテトを貪りに行くことになったのである。

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