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機械式女子高生術  作者: 上野衣谷
プロローグ
1/5

第1話

「卒業生代表。国守(くにもり)(れい)

「はい」


 透き通った女性の声が体育館に響く。国守零は壇上へ上がり、言葉を紡ぐ。発せられる声は誰が聞いても潤った綺麗なもので、零の姿もまたそれに匹敵するほど美しく整ったものだった。

 卒業式という誰もが感動に包まれる場面でありながら、彼女の顔に表情の変化は見られず、整った顔は崩れることなく、言葉を発し続ける。生徒の中には、涙を浮かべる者もいる。教師の中にも、目を潤ませる者がいた。そんな中でも、零は、責務を果たすようにして体育館全体に透き通る声を響かせる。

 壇上から降りた彼女の顔に、大きな表情の変化はない。零は模範生として、この(おこし)高等学校を卒業していく。




 卒業式が終わり、零は一人、校舎の影で学校生活を振り返っていた。長いようで短かった。彼女は、模範的な生徒として、華麗なる女子高生生活を送ったはずだった。

 一年生の途中から転入。最初こそ浮いた存在だったかもしれないが、それでも負けずに出来ることを完璧にこなせるように努力した。一年生、二年生と学年トップの成績を取り続け、二年生では生徒会副会長を経験。三年生になってからは当然、生徒会会長を務めた。

 教師からの評判は勿論良かったし、人間関係にも支障はなかっただろう、と零は自らを分析する。唯一、希薄な部分と言えば、親友と呼べる存在がいなかったことくらいだろうか? けれども、それによって零が困ったことはなかった。親友がいてもいなくても、彼女の高校生活に支障は出なかったし、それに、友達付き合いがなかった訳ではない。生徒会の活動を通して、人と協力して仕事をするということの難しさを知った。この点は、この先の大学生活においても、十分に役立てられるだろう。もっと言えば、大学生活を終えた先、人間社会へ出てからもとても意義深い経験となるであろう。

 それでも、零の心はなんだかもやもやしていた。どうにも、納得いかないような気がしていた。


「国守さん! 見つけた」


 零の元へと一人の男の子が駆けてくる。手には卒業証書が入った筒。この筒ばかりはいつの時代も変わらない不変なものなのだろうか。


「……どうしたのかしら、加藤君」

「ほら、えーっと、クラスの皆で、写真を撮るっていうから探して来いってね。どうだろう?」


 零はうーんと人差し指を顎に当てて考えるようなそぶりを見せる。空を見ながら、


「どうしようかしら?」


 なんて言うものだから、加藤と呼ばれた男の子はたじたじとして、いや、でも、だとか、せっかく最後なんだし、だとか、そんなことを言っている。その慌てた様子を見た零は、うふふ、と笑うと、


「なんて、ジョウダンよ。行くわ、最後だものね」


 微笑みながら返す。


「冗談、言えるんだね」


 加藤が驚いたような顔で返すと、零もまた、驚いたような顔をして、


「加藤君、私を一体なんだと思ってるの?」


 笑いながら返す。零は、加藤に連れられてクラスの皆が集っている場所へと向かいながら思う。こうやって冗談だって言えるし、それを割とすんなりと受け入れてくれるような人たちも周りにいる。それどころか、自分のことを探してくれる人だっている──って、これくらいは当たり前かもしれないけれど……。と思い、クスクスと笑う。


「な、なに、おかしい? 俺」


 加藤がその笑い声を気にして零へと振り返る。


「おかしくなんてないわ。ただ、その──」


 その先の言葉は出てこない。零の心へ、モノタリナサが蘇ったからだ。


「? あ、着いた着いた。ここ。ほら、やっぱ最後といえば校門でしょ? 思い出すな~、国守さんがここで生徒会活動として挨拶運動をしてた頃のこと」

「そう? 確かにしたけれど、そんなに印象深い運動だったかしら、勿論、私は忘れていないけれど」

「あー、っはは。あ、そうだ、写真撮った後、その、少し話したいことがあるから、時間、いいかな?」


 話したいこととはなんだろう、と見当もつかない零であったが、この後早急にしなければならないことがある訳でもない。その申し入れに了承の返事をして、クラスメイトとの写真撮影にしばし興じる。

 零の人気は、彼女の自負よりもさらに高いものであり、クラスメイト全体で写真を撮った後も、しばらくの間はクラスメイトから声をかけられ、個別に写真を撮ってくれという声に溢れた。零はどの声にも快く答えると共に、ツーショット、スリーショット。きゃっきゃという女子高生らの歓声が場を包む。


「国守、お前は本当に素晴らしい生徒だったよ。お前を生徒として一年間見れて、先生はなぁ、先生はなぁ」

「何言ってるの先生~」


 今、国守へ話しかけている男性教諭。零としては特別な思い入れがあるという訳でもないのだが、彼にもまた零は感謝している。そんな彼が涙を流して自分を見送ってくれているというのは、嬉しいという感情を抱くには十分だった。


「ありがとうございます」

「え~、私たちには~?」


 周りの女子生徒が一斉に零に引っ付き始める。彼女らも目には僅かばかりの涙を浮かべている。相変わらず、自分は涙が出ないなと冷静に分析する零であったが、彼女たちを受け止めつつ、


「もちろん、ありがとう、皆」


 と、笑みを返す。きゃー、と黄色い歓声をあげる女子高生たち。

 そんなようなやり取りが続いて、けれども、時間が経つにつれ、クラスメイトたちはそれぞれの親友と呼べるべき存在と共に、校門から姿を消していく。なんてことはない、皆で感動の場を楽しんだ後は、特に仲の良かった者たち同士で再び語りあったり、将来のことを話したり、そんな時間を過ごすのである。そのことについては零もまた予測できた。零も、そんな経験をしてみたいとは考えたが、あいにく、それほど深い仲の友人がいる訳ではない。より長く、同じ時間を過ごしてきた人といえば、生徒会の人たちかもしれないが、それだって事務的な付き合いに過ぎない。何度も言うが、間違いなく、そこに友情というものはあっただろうと零は考えているし、それは紛れもない事実なのだが、相手は相手で自分よりも濃密な人間関係を持つ人が存在するのだ。

 さて、そろそろ、自分も帰るべき場所へと戻り、今後の予定のために学習でもしておこうかと零が考え始めた時、


「あの~、いいかな~」


 控えめに零の視界へと入ってきたのは加藤だった。大方の生徒が去った後の校舎。春。出会いと別れの季節。ここで、零は、多くの別れを経験したとともに、新しい感情に出会うことになる。


「こ、こっちに」


 零に場所を変えるように促す加藤。それでも零は、未だに加藤が何を考えているのか理解するには至っていない。なんとなく──なんとなくだが、これは、そう。

 校舎の影。生徒も教師も誰もない。二人を見守るのは校舎だけ。遠くから僅かに残る生徒たちの声が聞こえてくる他、大した物音もなく、僅かに傾きかけた太陽のせいで、完全に日陰になり少しだけ肌寒い。


「えー、っと、あのー」


 加藤がもじもじとして零をちらちらと見る。零はこの場での適切な行動を考えてみた。その一、相手が言わんとしていることを先に言う。これは多分ダメだ。これまで培ってきた高校生活の経験からそうみなす。その二、頑張って、と声をかける。ダメだと判断する。多分、それをしたら、目の前に立つ加藤のためにならない。人のためにならないことはなるべくしてはいけないのだ。その三、黙って待つ。今のところこれが最上の判断だろうと決定する。

 待つ。零は待った。目の前の男子高校生が言葉を発するのを待った。しばらくの時間が経過して、加藤はぽつりぽつりと言葉を発する。


「そのー、さ。国守さんは、他の人とは違う、なぁって思ってたんだ、俺は。生徒会で、えーっと、色々、頑張ってたりして、あー、何言ってるんだ、俺」


 零はそれを見守る。別に馬鹿にしたり、嫌な気持ちを抱いている訳ではないのだが、何だか、心が落ち着かない。


「俺が、その、こんなこと言うのも、なんだっけ、えーっとな」


 何故心が落ち着かないのだろう、と考えたけれど、その思考は途中でストップする。答えにたどり着く術を、恐らく、今の零は持っていないからだ。


「好きなんだ! 卒業して、国守さんは大学へ行って、研究とか、そういうの、するんだと思うんだけど、俺が、ここで、こうやって告白して、何が起こるかなんてことは、分かんないんだけど、好きなんだ!」


 零は首を傾げる動作をする。


「いや、その、いいんだ、うん。じゃ、じゃあな! それだけ!」


 加藤は、その後、国守の顔を一度も見ることなく、うつ伏せながら、逃げるようにその場を去っていってしまった。その場に残されたのは零ただ一人。

 好き、という言葉を零は反復した。意味は分かる。友人としての好きではないだろう。恋愛感情という意味での好きだという意味に違いない。恋愛感情というものに共感できたことはなかった零であったが、恋愛感情というものが存在しているということは勿論知っていたし、理解もしているつもりであった。

 けれども、自分に対して、その恋愛感情とやらが向けられるとは思ってもいなかった。故に、零は、首を傾げてしまったのである。それには様々な理由があるが、ひとまずは、自分はあまり意味が理解出来てないですよ、という意思表示として首を傾げたのだ。

 結果として、加藤はこの場を去っていってしまった。卒業式最後の日、それでは加藤の心中を察するにあまりにも不憫だとは思ったし、今後、彼の人生に少なからず影響を与えてしまうだろうと予測できはしたが、かといって、加藤の言葉に答える術を持たない自分が、加藤を追いかけるというのも無責任な話だということにも零は気づく。

 となると、零が取れる行動としては一つしかない。今起きたことをそのままにしておくこと。残酷な答えかもしれないが、今、零が取れる行動の中では唯一合理的な行動だということに、零の思考は帰着した。

 こうして、国守零の高校生活は終わりを迎えた。

 彼女は、先述の通り実に模範的な一生徒として高校生活を終えた。なんら人と変わりない高校生活を終えた訳である。ただ一つ──

 ただ一つ、彼女が人間ではなかったということを除いては。




 ヒューマノイド。人そっくりの、という意味を語源に持つ言葉であるが、この社会においては分かりやすい言葉で説明するなら機械人間と表記するのがよいだろう。今、ヒューマノイドはこの社会になくてはならない貴重な労働力となっていた。

 20XX年に施行された人型機械参画社会基本法、通称、ヒューマノイド法は、当初、ヒューマノイドを機械化の追いついていない職場、かつ、人材不足が深刻な業界に投入することを可能にするための法律であったが、2100年代になってくるとそれらヒューマノイドはやはり人と同じように仕事をするには難しい存在であったということが明るみに出始める。問題は根深く、根幹にはヒューマノイドの円滑なコミュニケーション能力の欠如があげられた。

 人間と同じように指示を受け、行動することが出来るヒューマノイドであったが、一方で、言葉の細かなニュアンスの理解に支障をきたしたリ、機械化できないような職場において必須ともされるコミュニケーションにおいてはどうしても齟齬が発生するといったような事例が数多く発生したのである。

 それらの問題を解決する方法として、学者たちが考えたのは、ヒューマノイドにも人間が経験するような学生生活を行わせることによって、蓄積的に経験、知識を貯めさせるというものであった。ヒューマノイドは機械である。故に、最初から脳を司るシステムに膨大な知識を埋め込むことは出来るし、こういう場合は、こう行動する、ということをインプットすることもできる。しかし、結果として、細かな部分で問題が起きた。それならば、人間と同じように生活を通して学習させればなんとかなるのではないかということを思いついたのだ。

 ただちに政府はヒューマノイド法に新しい条文を追加。法的措置として、ヒューマノイドに就学を認めることとした。

 その結果──


「私がここにいる」


 その第一陣として試験的に高校へと入学し、無事卒業。その後も大学課程を通して学習し、今やヒューマノイド工学の権威として上り詰めた一人の女性型ヒューマノイド──国守零が存在した。

 零はけれども、研究室でキーボードを叩きながら、不満げな表情で呟いていた。


「……でも、私は……」


 彼女は頭の遠くに、あの日のことを思い浮かべていた。あの日、校舎の影で、自分がした経験。彼女の脳は鮮明に覚えていた。何なら、その時の映像をスクリーンに再生することだってできるだろう。けれども、まだ足りていない。自分には、何が足りていないのだろうか? その疑問は、どれだけの論文を発表しようとも、どれだけ世界に認められようとも、全く解決されない課題として彼女の胸に残り続けていた。

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