優秀な馬車馬と弱い乗り物。
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正直に言えば見知らぬ人の生死にさほど興味はありません。
あの場で資金協力を申し出なくても、わたしは見知らぬ人に対して全く後悔も後味の悪い思いもしなかったと思います。
あるとすればディアーナさんに対してほんの少しの後味の悪さくらいでしょうか。
医療が杜撰な事に一瞬腹が立ったというのも本当ですが、この世の理から外れている部分があると思われるわたしが、初歩的な概念や資金だけでどこまで影響を及ぼすかを確認する意味の方が大きいのです。
地球なら資金さえあれば、セオリーがあって3ヵ月でも会社組織的な形にできる可能性は高いでしょうが、概念的な助言はしますがこの世では一から手探りになるはずです。
ファル姉様にそんなこと話してみました。
『この遺跡は遠い過去とはいえこの世の理の内の産物ですが、この遺跡の方が私にはこの世の理から外れているように思えますよ?』
「…確かに。
このくらいは問題になりませんよね」
わたし達は遺跡…無人の完全環境計画都市を調査して回っています。
『報告ではありませんが、ディアーナ様の方で問題が発生したようです』
ディアーナさんが活動開始してから約1ヵ月。
問題がなかったわけもなく、わたしは大体を蒼を通したファル姉様から聞いてはいます。
「詳細を御願いします」
紅…ファル姉様に向き直ります。
『ジーナス教団が聖騎士百騎を前面に出して圧力をかけてきたようです』
この世は多神教ではあるけれど、単に教会と言えばジーナス教会を指す程のメジャー教団のはずです。
「なんでですか?」
『建前としては怪しげな邪技を使う集団のせいで魔物が寄って来るとの事ですね。
ディアーナ様達の会話によれば、ションサース帝国が結託して半分以上の放置状態地域とはいえ自国内で有力になりつつある勢力を潰す意図で、推定三百の兵で魔物を追い立てているようです』
「…ディアーナさん達が助けた分の人達は将来の帝国の税収に繋がるはずですよね?」
『ディアーナ様達は、帝国には将来を見越して投資する余力も侵略した占領地を略奪搾取する以外の統治能力もないと判断しているようです。
多国籍の基金出資者が思った以上に早く集まっているようで、有力な権力者に成り得る団体の存在の方が危険と判断されたようですね。
ジーナス教団上層部としても治癒の術は神秘であるべきのようで、理論的に統計やデータからアプローチする『国境無き医療ギルドを志す者』とは相容れない思想のようです』
「…誰ですか?その『国境無き医療ギルドを志す者』って?」
ディアーナさんが医療団で、あくまで一時的な代理人の立場を貫いているのは聞いていますが?
『強いて個人名を言えばインフィでしょうか?』
「わたしはそんなモノになった覚えはありません」
『名も立場も明かしていませんよ。
ディアーナ様が一時的な代理人の立場を貫くにあたって依頼人はユール商会を通した形になってはいますが、ユール商会への依頼人の存在をそのように説明しました。
初めてその名称を口にしたのもインフィですしね』
「…ディアーナさん…貸しが1コ増えましたよ…。
それでどう対応するつもりですか?」
『理不尽な言い分に思えますが…傭兵と討伐者を集めるつもりのようですが、帝国とジーナス教団相手では集まり辛い事が予測され、集っても間に合わないでしょう。
ですのでディアーナ様が自ら矢面に立って他の皆様を逃がす時間を作る御積りですね』
「蒼がいれば自分一人くらいどうとでもなるでしょうしね。
…想定より早い資金繰りが原因の弊害なら擁護の余地はありますね。
仕方ありません。少し手を貸しましょう。
それとなく近くにいる無名のゴーレム傭兵団が依頼を受ける体で申し出て下さい。
幸いもうすぐ夜ですし十時間程の時間稼ぎもです。
コレと強化ミスリルゴーレム百機を出します」
頭上の巨大な影を見上げます。
『声も表情も嬉しそうですよ?』
…姉として接してもらえるのは嬉いのですが、こういう時ちょっと微妙になります…。
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「…この世の馬車馬はそんな扱いなのですか?」
移動中にこの1ヵ月のディアーナさんの動きを少し深く聞いてみてのわたしの疑問です。
『いえ、もう少し休憩は与えられると思いますよ。
このタイムスパンなら馬では死んでしまいます』
最初の五日で王都での経験者を集め、リーフリールの森を囲む国々に支店を多数構えて中でも十指に入る大商会の…マイスターとの連絡が途絶えるまで五指だった…ユール商会伝手で営業マンというか基金への交渉スタッフと運営スタッフを揃えを交えて、趣旨説明とミーティグ。
同時進行で討伐者組合以上の規模で各街町の土地を抑えてとりあえず治癒院を建設開始。
合間に魔物討伐で資金の足しを稼ぐ。
次の五日で、ミーティグで決まった方針と具体的計画で、取り敢えず『3ヵ月資金』の範囲内で理解を得て正式契約も視野に入れた暫定契約で決まった最初期スタッフから、交渉スタッフには基金への交渉とスタッフ拡充に散ってもらい、研究施設も建設開始。
ディアーナさん自身と医療スタッフ五名他十五名は買い取った従ワイバーン六頭で現地へ。活動開始。
魔物からの護衛をしながら現地スタッフを面接。
更に次の五日で護衛も含めたスタッフが揃い始めて余裕ができたら、ある程度は移譲している資金の決裁書類の精査と対処をコッソリ始める。
3ヵ月資金の最終決裁権は『国境無き医療ギルドを志す者』であり、届ける事になってはいるけれど実際はディアーナさんなので。
それも誰かに任せれば良いと助言するファル姉様に「確かにインフィは腐らせて捨て金で傾向を見ればいいとは言ったけど、根本的な勘違いやミスは腐敗と違うから直さないと。それが預かったあたしの責任」と受け付けません。
…そこも含めて任せれば良いと思うのですが。
合間に魔物討伐で資金の足しを稼ぐ。
以降の半月で医療スタッフ五十名、他スタッフや離れ難い家族を含めて百名を超す大所帯を広範囲で試験運用等。
「ディアーナさんは有能な馬鹿なのですか?
だとしたらリーダーにしてはいけないタイプです」
『私なりに比較観察する分には演算・記憶力は早く正確で、対人能力・対人対魔物戦闘も人並み外れて優秀と分析します。
リーダーに向かないと自ら発言して、あくまでも一時的な代理人の立ち位置を貫いています。
インフィの言い方であれば「有能な馬鹿」ではなく「優秀な馬鹿」といった所でしょうか?』
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「ファル姉様、ディアーナさんゴーレム傭兵団として聖騎士はこちらで抑えるし、ゴーレムの増援を五十機送るので魔獣と帝国兵に集中して下さいと伝えて下さい」
想定よりかなり早く到着した事と、優勢な方が夜間戦闘を仕掛けるメリットが薄いので間に合いました。
『分かりました。
でも貴女の仕掛けである事はバレバレだと思うのですが…ほら、すぐにばれました。
ディアーナ様がインフィを出せと言っています』
「最後まで気付かないとは思っていませんでしたが、ノータイムでバレましたか。
…こっちのFSに繋いで下さい。
えーと、ゴーレム傭兵団です」
『ほらインフィじゃないっ。
ポッと出の傭兵が主戦場を任せろとかそんな馬鹿げたモノを飛ばす非常識はインフィに決まってるでしょ!』
紅とは別の偽装していないFSゴーレムのゴーレム間通信を通して発声器からディアーナさん確信していたような言葉。
はい、確かに馬鹿げたモノを飛ばせております。
高度五十m距離三百m。
遠目には、太い四足の地竜の背中に空竜の翼を付けた竜…の巨大な白い金属像が「伏せ」状態で飛んでいるように見えるでしょう。
全長の1/3近い尻尾を含めると全長全翼共に三百mを超える巨体は、希少な古竜種でも大型らしいのです。
…リーフリールの森には魔化したのが普通に居ましたけれど。
「その言い分には異論があります。
これはまだ誰にも…」
『御託は後にしてくれる?
怪しさ大爆発のゴーレム傭兵団って何っ?
ソレに乗っているのっ?ソレは何っ?』
「コレに百機のゴーレムが載っています。
傭兵団か謎の第三勢力である建前は通して下さい。
コレは古代の超文明の遺産で白竜機と呼んでいます。
コレとゴーレム五十機で聖騎士は抑えますから、制御し辛い魔物の方を先に始末した方が良いと思います」
ワザと言ってみましたけれど『古代の超文明の遺産』ってフレーズが安っぽい感じがするのはわたしだけでしょうか?
『…分かった。
この場はできれば、謎の第三勢力で押し通して』
「五十機とかのコマンドはディアーナさんには荷が重いと思うのでファル姉様がサポートしてあげて下さい
交戦状態になれば騎士や兵はなるべく殺さず騎馬と足を狙って下さい」
「人は不殺という事ですか?」
ディアーナさんとも共通の意志疎通する為に紅の発声器で喋り始めます。
「謎の第三勢力としては特定勢力と感情的な敵対をしたくない、というのもありますが、生きている自力後退できない1人の足手纏いは動ける兵を1人か2人を戦闘に使えなくします。
半分程の足を潰せば攻めては来れないと思います。
見捨てたら見捨てたで、仲間内で不協和音を奏でる事になりますから、組織としての弱体化を図れます。
魔術で治療してすぐ出てきても『痛みの記憶』見捨ても『心に痛み』はあるのですから、『痛み』で心が折れるまで徹底的に足を狙って潰しに行きます。
ゴーレムと違って向こうには痛覚と感情があるのですから戦術レベルの心理戦では負けません」
実際、地球で小銃に使われる弾丸の主流が小径高速弾なのは、足手纏いを増やす方が効率が良いといった意味もあるのです。
『く、黒いわ…それは確実に感情的な敵対するんじゃない?』
「現場を見ている現場指揮官がする判断ですね。
現場を見ていない理解の浅い後方の上司が、足を殺されただけで心が折れる部下を、叱責したり懲罰を与える職場の空気はさぞ美味しい事でしょう」
『黒いけど反論できない…』
「黒くないです。
死ぬよりマシではないしょうか?
全員に死ぬ方がマシな事は誰もしないでしょうし」
「インフィ、私は貴女の思考を止める事はできませんし、咎める事もしませんが姉としては少し寂しいですね」
『同意ですね、ファルフィ姐さん』
「何でですかっ?」
魔物が集めらている森方面でミスリルゴーレム五十機を放出後、ディアーナさん達が拠点の一つとしている町と聖騎士達の間、聖騎士達の手前二百m辺りに白竜機を正対させて四足で着地。
板状の翼を1/3くらいに畳みます。
この白竜機、操縦兼乗務員室やゴーレム百機以上格納運用できる母機機能スペースを内蔵していますが、実はドラゴン型装甲ゴーレムとしても動けるのです。
残りのミスリルゴーレム五十機を出撃させて前方に並べます。
…わたしは出ませんけれど。
「何だこれは!」
「なっ!ミスリルゴーレムだとっ?!」
「何なんだっ!この数は?!」
リーフリールの森で強化因子を相当吸収しているものの、偽装なしの普通のミスリルゴーレムなので、見る人が見たらすぐ分かります。
…あっちでディアーナさんが似た事を叫んでいますが保留です。
オリハルコンゴーレム同様、国とかに秘蔵される1機2機の噂を耳にするくらいの貴重なコマンド可能なミスリルゴーレムを戦力利用なんて普通は考えもしないそうなので、討伐ランク百四十代の希少な野良の魔物扱いが一般的だそうです。
ですが白竜機の存在と五十という数が異常なのです。
「偽物に決まっている!
総員突撃!」
勇ましい指揮官の号令と共に聖騎士百騎が突撃して来ますが、こちらは歩行全身で予定通り射程に入り次第3連射版エネルギーボルトで騎馬と足を狙い潰します。
あれ?と思い、単発の射程・精度を倍掛けエネボに切り替えても余裕の殺傷力です。
…一応圧縮増量エネボとか、自作テンプレートも用意していたのですが?
基本の攻撃魔術のファイアボルトが魔術弾に熱を発生する術式を組み込むのに対して、エネルギーボルトは何も込めません。
熱の追加ダメージはなく、魔術弾の硬度が多少上がるだけです。
陶器の弾に一瞬の溶接バーナーを込めるのと、全ガラス弾みたいなイメージですかね?
エネルギーボルトは魔術弾自体に質量はないので物理打撃力ではなく伝導しない局所破裂ダメージです。
聖騎士達のような金属鎧には熱は有効ですが、魔物は火炎吸収とか無効が結構いますし 魔術自体吸収とか無効の魔物もたまにいるのです。
なので、特効はなくても属性に関係なく平均的に効くエネボを多用しているのです。
こっそり長距離不可視の単発版本気エネボを混ぜて後方の魔術師の足も多少含めてほぼ一撃で半分の足が潰れました。
あっという間に恐慌・潰走。
足を潰された者を残して。
「あれれ?やり過ぎ?あれで?
聖騎士といっても所詮は教団、戦闘専門兵ではないという事でしょうか?」
全ゴーレムに前進を止めて元の位置に戻るように指示すると、足を潰された者達が這いつくばって後退して行きます。
「そうでもありません。
聖騎士達の鎧は特効無効等の魔術式が刻まれた、上位者に与えないと無駄にしてしまう高級品です。
現に帝国兵に同ランク以上の装備はほとんど見受けられませんし、そちらの撃退も今終わりました。
ミスリルゴーレムよりかなり格下というだけのようです。
ミスリルゴーレムの戦闘記録自体ほとんどありませんから推測が多分に混じりますが、おそらく普通の野良ミスリルゴーレムと比べても」
「あのね、野良ミスリルゴーレムが一体暴れたら百人規模の討伐騒ぎになってもおかしくないよ?
あたしも最近は蒼が上手く合わせてくれるようになって野良ならソコソコ自信はあるけど、あのミスリルゴーレムには蒼とコンビでもつらいかな?」
「ファル姉様?」
「私のサポート抜きで普通にゴーレムマスターとしての話ですね?
大丈夫でしょう。」
「いや、おだてられても戦わないよ?」
代理人として様子見と可能なら交渉をするという体で白竜機までディアーナさんが来たので中に入れての会話です。
会話できる者がいなかった事にするつもりですが。
「それにしても、結構一緒に残った人がいるのですね」
「有難い事にかなり本気になってくれた人達がいてね。
あたしには蒼がいるし危険だからって言ったんだけれど、あたしが離れた後の事とか色々気を回されちゃってね。
それにしてもコレ、白竜機?古代の超文明の遺産とか言ってたけど、何処でどうやって手に入れたの?」
「リーフリールの森の中の遺跡を発見して、ですね」
「やっぱりリーフリールの森なのね…。
…あたしが森と森の魔女・フィリル・カーラに特別な想いがあったのは分かっているとは思うけど、結局は帝国を歯牙にも掛けず無視できる強さなのよね…。
森にはこんな白竜機まで眠ってるし」
「良かったら暫く防衛を命じてここに置いておきましょうか?
ゴーレムとして白竜機自体の権限を貸しても良いですよ?」
「また…なんでまた?」
「連れて帰っても強化ミスリルゴーレムを二十機くらい付けないと自力でリーフリールの森を出入りできないので、使う機会があまりないのですよ。
大き過ぎて目立つから狙われ易いので」
「弱いの?コイツ?」
「リーフリールの森の中では。
ウチの強化ミスリルゴーレム1機に負けます。
いくら強化しても地力の…ポテンシャルの方向性の問題で。
ディアーナさんもリーフリールの森に思う所があるのなら、余裕ができた時にでも蒼と一緒に腕試しに入ってみたらいかがですか?
別に立ち入り禁止というわけでもありませんし」
ディアーナさんの浄化魔術も、瘴気を浄化できる段階にまでなっています。
「お姉さん、自殺する程絶望してないからっ」
「蒼はウチの強化ミスリルゴーレムとスペックは同等か少し上ですよ?
ディアーナさんと蒼なら魔化ミスリルゴーレムくらいは倒せると思います。
すぐ出られる浅い所を瘴気を浄化しながら耐性をつけつつ、じっくり慎重にやれば相当良い修業になりますよ?
でもやるならファル姉様に一声かけて、本当に慎重にしてください。
わたしも未だに開拓しないと…しても気軽にはウチに出入りできませんから」
「えっとぅ?その…蒼って…?」
「あ、聞かない方が良いと思いますし…わたしも今更言いづらいですから今まで通り気軽に使ってやって下さい」
「ああ…そう。聞かない方が良いんだ?
そう…言いづらいんだ?」
乾いた笑みを浮かべて蒼を見るディアーナさんです。