偶然?運命?因果?結構な大事です。
四日目。
今日は狩猟ライセンス試験。
…ですが想いは昨日の夕食と今朝の朝食に馳せてしまいます。
正直、美味しいのかどうかも良く分かりません。
感動のせいばかりでもありません。
ある意味、舌は鍛える感覚器官なのです。
よく味わって刺激を与える事で感覚器として味を意識して、多種類の味で味蕾を刺激する事で区別して覚えます。
他のホムンクルスはどうか知りませんが、フィのホムンクルスは生体構造としてはエルフそのものですが11歳相当のこの身体の舌は三日前まで感覚的経験値がなかったのです。
わたしには日本での記憶があり味の記憶もありますが、朝食で食べたふっくらしたパンの味と日本で食べた似たパンの味と比べられないのです。
香りは認識できるのに味は経験値ゼロなのは、危険を伝える感覚器としての必要性でしょうか?フィのホムンクルスは食事を必要とせず毒の類は障害になる前に分解してしまうので。
味覚が貯まる感覚は衝撃的なのです、知識的記憶として知っているだけに。
…食べますよ、いろんなものを。
老ギルド長が屋根のない荷馬車で討伐者組合で登録と試験の手続きをして待っているわたし達を拾いにきます。
「来ているな。さあ乗った乗った」
「おはようございます。今日はよろしく御願いします」
「おはようございます。補助同行します」
「ああ、頼む」
試験は実際に獲物を見つけて何匹か狩って見せる、というもので街道をリーフリールの森と反対側に外れて行った先の森で馬車を降りて行い、討伐ランク6以上は独力なら逃げても良いそうです。
…いくら初心者用の試験対象とはいえ、単独の普通のゴブリンやコボルトで討伐ランク6なので、討伐ランク8以下は存在しないリーフリールの森がつくづく恐ろしくなりますね。
馬車を降り、森に入って老ギルド長の合わせて探索して半時間、リーフリール以外の森でそうそう獲物がいるわけでもないらしく、ここまで軽い投石で仕留めたウサギ2羽と鴨くらいの鳥1羽くらいしか成果がありません。
魔術で小動物を仕留めると無駄に獲物を傷めそうなので。
『面倒ですね。ファル姉様とバーン君、獲物を追い立ててこちらに誘導をお願いしてもいいですか?』
『構いませんよ』
それから5分程。
「…交戦中の討伐ランク8の熊1体とランク6のゴブリン3体を感知しました。
少し走っても良いでしょうか?」
追い立てた獲物が遭遇してしまったようです。
「構わないが、俺は何も感じないし、大丈夫かね?」
「あたしはぼんやり何かのを気配が遠くに感じるくらいですね。
行ってみても良いと思います」
1㎞弱を走って五十m手前から普通のエネルギーボルト4発斉射、1発ずつで仕留めます。
「この距離でエネボ1発ずつ?」
驚く老ギルド長に違和感です。
「普通、エネボは五十mくらいなのでは?」
「魔力が有り余った魔術師が射程に倍掛けした場合ね、それは。
今のは1発で仕留める急所攻撃の為に、射程に2倍掛け、更に命中率に2倍か3倍掛け、更に4重起動くらいかしら?
あたしならアロウかジャベリンを4発ウェイティング起動させてホーミングするわね」
『それが妥当でしょうね』
「だって、それだと威力も上がって無駄に素材価値を落とすと思ったのです…。
すみません」
魔力効率が悪いと減点でしょうか…?
「いや、あたしがここでアドバイスするのは越権行為よ?
あたしには無理で、より高度だからこそ雑談雑学として言ってみただけよ?」
ディアーナさんが笑ってわたしの誤解を解いてくれます。
その時です。
かなり先の上空。
リーフリールの森の外周に沿った街道の西方面、王都があるという方角。
…魔力が集まる気配。
「…ファル姉様?」
『リーフリールの森の外れ王都方面で大型魔術起動を感知、その上空に魔力集中を感知しました』
「どしたの?」
「どうした?」
声に出してしまっていたようです。
「…あっちはエクリア王都があるのですよね?」
わたしはソノ方向に視線を向けたまま訊いてみます。
…ですが。
VUNN!!
完成した術式から魔力結合と魔圧とでもいうのか、リーフリールの森に似た圧迫感。
数瞬秒遅れて微かに遠雷のような音、そして微かな地響き。
これはわたしが指した方向のせいでしょうか二人にも感じたみたいです。
『リーフリールの森、マイスターの術の劣化版に似た魔脈に干渉する魔術のようですね』
「規模はどのくらいですか?」
『制限する結界が確認できないので現在半径3㎞で増大中…今リーフリールの森に重なりました。
1㎞程重なる見込みです』
「影響は?」
『リーフリールの森には基本的に影響ありませんが魔力圧が近くなれば瘴化魔力ごと瘴気が漏れるかもしれません。
魔化生物や魔物が漏れる事はありませんが、中心の魔脈溜りの露出口付近は比較的早く魔化生物になります。促成魔化生物は1年と保たない短命ですが』
「…結構、大事ではないですか?」
『立場によりますね。
リーフリールのメインシステムとしては森の結界に影響がなければ、人為的魔術に積極的な対処・干渉は必要なしと判断しています。
また現在、対処・干渉手段も限られ大した事もできません』
「人為的…悪意のある魔術である可能性が高いのですね?」
『悪意の定義と立場によります。
付近住民にとっては不利益だと思われますが』
「バーン!ファル姉様!」
「ライセンス試験を延期できませんか?できなければ棄権します。
すみません。
ちょっと急がないと良くない事になりそうなので」
わたしの独り言を黙って聞いていたギルド長とディアーナさんに謝罪して、言い終わる前に走り出します。
『インフィには義理も義務もありませんよ?』
ファル姉様は否定してくれましたけれど、わたしのような立場ではこんな事を予期して目覚めた、みたいに運命論的な思考になり易いのかもしれません。
…因果、ではないですよね?
偶然ですよね?
「ちょっとっ?! 先刻の魔力関係?!」
言いながらディアーナさんが走って付いて来ます。
「とりあえず見に行きます。助けが必要なら助けます。
助けて良かったと思える人達である事を期待して」
すぐに全力の紅とバーンが飛んで来て合流。
『制限内の限り、支援します』
紅とわたしは速度を落としたバーンの背に飛び乗りますが、ディアーナさんまで飛び乗ってきます。
「わっと、勢いで飛び乗っちゃったけど、飛竜騎だったの?!」
「多分、危ないですよ?」
「お姉さんも素人じゃないよ?騎飛竜も乗った事あるよ?」
「…急ぎたいのでこのまま行きます」
瘴気を抜いてわたしの魔力だけを与えて強化したバーン君は、巡航に入ったら殆ど羽ばたかず魔術的推力で300㎞/hぐらいで揚力飛行します。
50㎞ぐらい先の王都まで10分少々です。
1㎞程手前でわたしが視認できる範囲に入りますが…。
「あれは…なんであんな所にあんなに魔物や生物がいるのですか?
魔力の瘴化も濃い気がします」
たかだか直系10kmに満たない範囲、それも半分位しか森はないのに数十の生物を感知しました。関所と続く城壁を含む草原にまで。
「人と何らかの手段で意図的に集めたのだと思われます。
制限結界の範囲は半径4㎞程度を確認。
魔化した生物も出始めていますね」
細かい説明はしていませんが後が面倒そうなので、ファル姉様は紅の発声器で喋ります。
エルフやドワーフ等を含む〈ヒト〉も魔化するのです。
大半が魔化に耐えられず死んでしまいますし、リーフリールの森では生存競争に勝ち残れないのでほとんど居ませんが。
「…何らかの手段には覚えがあるわね」
「匂い袋か魔導器の類でしょうか?
インフィが集中したいならディアーナ様やバーンも魔化の危険があります。
降りましょう」
魔化していないバーンがリーフリールの森で瘴気に侵されずに生きていけるのは特殊な事情ですから前向きに公開したくはないですし、本気で集中するのなら足手纏いなのは本当です。
…ディアーナさんが付いて来辛い理由付けが本命ですが。
「あたしは退魔護符を持ってるよ」
「今張った結界じゃ弱い気がします。
バーンと一緒に待っていて下さい」
バーンに待機を指示してわたしと紅は飛び降りました。
惨状というのでしょう。
十数人の死体とその瘴気、三十数体の魔化獣に魔物、数体の〈人〉が魔化した〈魔族〉。
制限結界は魔力しか制限していないので、生き残ったそれらは出て行く事もできるのです。
今は魔力や瘴気を貯めているようですが、そんなに時間も経っていない浅い状態なら、この場所に集中している「今」なら。
「[エナジードレイン] [エナジードレイン] [エナジードレイン]…」
わたしは片っ端からエナジードレインで成り立て魔族や魔化獣から瘴気と魔力を吸収し続けながら走り、紅は剣で魔物を始末しながら併走します。
でも…。
VUNN!!
再び魔脈に干渉する魔術の発動と魔力圧。
魔脈に巨大な杭を打つような感覚と軽い地震。
「近い」
『位置的にエクリア王都とこの結界とでリーフリールの森までを、瘴気と瘴化魔力で繋ぐ意図が推察されます』
「やられました。
さきにあっちの露出口をなんとかしなきゃ。
ファル姉様、アドバイスをお願いします」
もう一つ魔脈の露出口に向かいながらファル姉様と相談です。
『現時点でインフィにできる手段は時間をかけて魔力ごと術式までを吸い続けるか、高いレベルで魔術解体か魔術封印を習得している高位魔術師を呼んで待つ以外はないと思われます。
後者は王都なので居る事は居るでしょうし放置しても時間はかかるでしょうが、そのうち来ると推測されます。
ディアーナ様にその辺りを御願いするにしても、やはり多少の時間はかかると思います』
「やれる事はやりましょう。
紅をディアーナさんの所へ、ファル姉様、伝令を御願いします」
『了解しました。
やれる事はやるというでしたら、やれる事はもう一つありました。
インフィが魔術解体か魔術封印を習得する事です』
まだほとんど拡散していない魔力を吸いし続けながら考えます。
「魔術解体とはどういった術なのでしょう?」
魔術式を自動探知して解体する魔術式のようです。
魔術式を見つけてドレインすればいいと思うのですが、それなら今やっている事です。
魔力密度が高すぎて魔術式を探知できないのです。
術式のみを探知。しかも自動。更に解体。
「ちょっと想像できません」
わたしの馬鹿高い魔法力で丸覚え行使すると、先にわたし自身に不具合があるかもしれないので丸覚え行使はやめなさいとの事。魔法生命体なので…。
魔法とは術を超えた理法で編まれた堅固な大系の技術です。
現代では再現もほとんど出来ない強固で難しい技術なので普通には魔術解体は術理的に効果はないのですが、わたし自身が浅い理解力で丸覚えですとわたし自身を含めてしまいますから、行使すると多少は修復不能かもしれない影響が出るかも知れないのです。
では魔術封印はどうでしょう?
魔術は基本的に放射するモノではなく固めるか収束するもので、魔術封印の場合は魔術式を自動探知して固めるわけですが、これも「自動」と「探知」でひっかかります。
魔脈溜りの露出口は口径70㎝くらいで地面上が黒く変色していますから、周囲2mぐらいまとめて魔法力ものをいわせた力技…!…って、封印って何?
魔術式は結晶封印より単純で一部似てはいますがクリスタルシール自体丸覚えなのです。
魔術式自体に意味はないと学んでいるわたしは、似た辺りで単語として意味がありそうなスペルを探します。
…うーん…凝縮…隙間…?
…隙間…空間…?魔力的空間断裂…違いますね。結晶封印とも整合性がとれません。
…ん?ああ、アロウやジャベリンを凝縮形成保持してるシールドを形成すれば良いのですね。
魔術封印と魔術式は変わってしまいますが、リーフリールの森の結界みたいに噴出する魔力をエネルギー源に大きく三重に露出口辺りにあるはずの魔術式を塗り潰すように包んでシールドを形成…これならやってみましょう。
魔術解体は魔法力勝負な部分が大きいらしいので、簡単に解除されないように本気で魔力を注込んで、できるだけ強固に…直前にドレインをやめて…。
「[スペルシールド](仮)!」
止まった…かな?
…成・功・です。
『…確かに魔力噴出は止まっていますが、何故こんな強引な術式になりました?
広範囲魔術封印なら丸覚えで良いのですよ?』
「あれ?…そうですね…。
…フィールド化テンプレート術式噛ませれば対象が地面になるから、それで良かったのですね…。
…早い目に教えて下さい、ファル姉様。何の意地悪ですか」
『意地悪ではありません。魔術解体を理解習得しようとしてるのかと思っていました。
なのに詠唱なしで出てきたのは強引な新型結界魔術モドキ。
魔術式を塗潰す発想や術式アレンジの才能はあるのですが、まず基本アレンジからアプローチを心掛けましょう』
「…ハイ…」
ファル姉様の指導にちょっぴり心が折れそうにますが、のんびりもしていられません。
最初の露出口にも範囲魔術封印を施すべく駆け出しました。
最初の露出口に向かうわたしの四時方向3㎞、エクリア王都の都市城壁からも3㎞くらいで森までもう少し辺り。
緊急でとりあえず出した偵察隊でしょうか、あまり強くはなさそうな十数人と、仕掛けた側でしょうか、退却するこちらもあまり強くはなさそうな殿の護衛らしい武器を持った人達と退却専念の魔術師っぽい人達、合わせて五十人近くが戦闘を始めていました。
「計画性はあるのに撤収を見つかるような杜撰さは、捨て駒だったという事でしょうか?」
『計画を完遂していたら、この辺りの魔物の方が優先順位が高かったのではないでしょうか?』
「ああ、そういう事ですか。
でも、失敗した場合を想定しないのも、やっぱり杜撰ですよ」
『そうですね。
…ディアーナ様は伝手があったようですね。
高位魔術師だけを連れてバ-ンで行くか、戦闘員を連れた対策隊を出してもらうか尋ねていますが、この調子なら対策隊を出してもらって紅と合流してバーンには隠れさせる方がいいでしょうね』
「そうですね。
そうして下さい」
さあ、広範囲魔術封印して吸えるだけ吸って駄目なら本気エネボ(2㎞制限版)で殲滅です!
「見たわよ」
「あちゃあ」
こっそり城壁内に入れないかコソコソしていたらディアーナさんに見つかってしまいました。
結構前から気付いていましたが振り切って逃げる意味もないのです。
「インフィが手を振るうだけで離れた魔物がズタズタになるのを」
「あっちゃあ」
手を向ける動作はいらなかったですね。
「紅が見ただけで離れた魔物がズタズタになるのを」
「あっちゃちゃあ」
紅のフルバーストインパクトは、わたしの魔力でファル姉様が紅の視界と制御魔石で起動という手順で行使するので素直に頭を向けてしまうのです。
「騎飛竜が森へを疾走して去るのを」
「あっちゃちゃちゃあ」
バーンは走れる強化ワイバーンなのです。
「…まあいいわ。
すっごく気になるけど、おいといて、何でこんな所でコソコソしてるの?」
「いえ、今の状態で正面から街に入るのは無理があるかと思いまして、忍び込める所はないものかと…」
「何か身分証は持ってないの?ギルドプレートでもいいか…ないんだっけ」
「究極的に身元を証明する手段はあるのですが、簡単ではないのです。
ユール商会という所に言伝をする御遣いなので、通り掛かる人にでも頼んでみ…」
「あたし、今通り掛かったね」
「そうです、ディアーナさん。
本当に子供の御遣いみたいで申訳ないのですが、わたしに雇われて貰えませんか?」
「伝言?いいけど?なんて?」
「リーフリールの森のインフィ・カーラが契約の件で訪ねて来たと、なるべく偉い人に面会の希望を伝えてください。
反応がなかったり、知らないと言われたら、それはそれで構いません
それで一応義理は果たした事になります。
この辺りで3日くらいは待っていますから反応をわたしに伝えて下さい」
「…リーフリールの森のインフィ・カーラ?
フィリル・カーラのフィ…?
やっぱり、〈フィのホムンクルス〉なのね?」
「知っているのですか?
いえ、知っていたのですね?」
「いやいやいやいや!
〈フィのホムンクルス〉が〈ユール商会〉に話があるなら、絶対に会わないとマズイでしょ!
一回面会希望して駄目なら義理は果たした、はマズイでしょ!
門を強引に突破してでも、脅してでも絶対に会わないとマズイでしょ!」
「いえ、命令ではなく自主的な判断ですので、そこまでの事は…」
「いやいやいやいや!
あたしが連れてってあげる。
というか送らせて!
どんな事してでも会わせます!
リーフリールの森の魔女と連絡が途絶えて、関係諸国の上の方がどれだけ混乱してるか分かる?!」
「…やはり大事になっているのですね…」
想像はしていたのですが、大事に関わりたくはないのですけれど。
日本的心遣いとか律儀さとか、要らなかったかもしれません。