帰宅
晩ご飯を過ぎてもジニアはご飯も食べなかった。
いくら普段食べない事も多いとはいえ、ジニアもそろそろお腹が空いていると思うんだけど。
さすがにトイレには行っていたみたいだけど、ちょっと心配。
こんなに美味しいのになんで食べないんだろう。
晩ご飯を過ぎた頃、といえばツウラ星に居た時ならそろそろ水浴びをしている時間だよね。
そういえば、ちょっと体が汗臭いや。
いくら1日中、部屋にいるといっても、汗はかくからね。
水浴び、したいな。
この国の”お風呂”っていうのに入れたら最高なんだけど。
そんな事を考えながら、今はミノルと一緒にドラマ”探偵 岩沢邦孝”を見てる。
いわさわ くにたか、って名前は主人公の高校生としては、日本では少し古くさくて、インパクトがあるみたい。
ドラマはツウラ星にもあったけれど、地球ならではの特徴があって、面白い。
この”探偵”というもの自体が、ツウラ星にはなくて、事件をなんでも解決出来てカッコいいと思う。
「このドラマ今、うちの学校でも流行ってるんだよ。
友曰く、逃げ道はない、悪人には!。って言うのが決め台詞なんだ。
ドラマの略称でもある”いわくに”と”曰く、逃”を掛けてるんだよ。」
ミノルは主人公の決めポーズをしながらドラマの説明を得意げにする。
インターネットから情報を入手しているから、もう知ってるんだけどね。
それでも、ミノルは表情豊かに話してくれるから聞いてて面白い。
それにドラマのストーリーも新しい文化だから、どんなものでも面白い。
この世に謎がある限り、探偵 岩沢邦孝は今日も行く。
探偵が最後に決め台詞を言うのがこのドラマの定番みたい。
名前と同じでやや古臭い。
ドラマを見終わるとミノルが、
「オレ、そろそろ風呂入るけど、君達も入るかい?」
と聞いてきた。
「入る!」
もちろんそう答えた。
やった!お風呂を初体験できるし汗も流せるからね。
「じゃあキドラ君とジニア君先に入って良いよ。」
ミノルはやっぱり優しいな。
「俺は風呂の前でキドラが入り終わるのを待ってるよ。」
ジニアはまだ心配しているみたい。
ミノルと一緒にテレビを見てていいのに。
お風呂はインターネットで使い方を覚えただけだけど、上手に出来るかな。
脱衣所にあるタオルを1枚取ってお風呂の中に入る。
まず、体をタオルで洗うんだよね。
ボディーソープを右手でポンプから出して、タオルで泡立てる。
まず右耳にタオルを掛けて、前後させる。
石鹸の良い匂いがする。
次は左耳。
それに水浴びでは洗えない所まで洗えてとっても気持ちが良い。
次は頭を洗おう。
タオルの両端を両手で持って左右から頭を洗って、次は前後から洗う。
前後からの時は、ちょっとタオルが顔に当たって息苦しいや。
でもこのゴシゴシした感触、癖になりそう。
次は背中だけど…。
ううん、これは羽の部分がこすれて少し痛いや。
羽の部分は避けて洗おう。
本当は羽もゴシゴシしたいけど、ジニアを呼んじゃ駄目だよね。
お腹もタオルでゴシゴシする。
お肌が全身ツルツルだから、ボディーソープで直接やっても泡立たないもんね。
後は足だね。
右足と左足を順番に上げて、太もものほうから足の先のほうへ前後を丁寧に洗っていく。
ちゃんと足の指と足の指の間も洗わなくちゃね。
そうだ!尻尾を洗うの忘れてた。
人間には尻尾が無いから、尻尾の洗い方なんて動物向けのものしか無いんだもん。
最後にやや前かがみになって、尻尾を洗った。
こうしないと、タオルで尻尾の付け根まで洗えないからね。
人間みたいに毛は生えて無いから、シャンプーはいらないや。
全身洗い終わったら風呂桶で、ボディーソープを流す。
それからゆっくりと湯船につかる。
さっぱりした状態で湯船に浸かると、体が芯まで温まるような気がする。
ポカポカして眠たくなっちゃう。
お風呂ってとっても気持ち良い。
水浴びだとこうは行かないからね。
冬場とか入るのをめんどくさがって、よく怒られていたっけ。
一瞬だけパパとママの顔が浮かびそうになったけど、必死で打ち消した。
だってまた寂しくなっちゃいそうだったから。
お風呂から出たら、身体を洗ったタオルをランドリーボックスに入れてから、別のタオルで身体を拭く。
ふと、お風呂の前でこっちに背中を向けているジニアが目に入る。
なんとかジニアとミノルの距離を縮めなきゃ。
このままじゃジニアが飢えちゃう。
きっとジニアなら、そうなる前に自分自身でなんとかすると思うし、
ジニアは真面目だから、きっとタイミングを見計らっているんだろうけど、やっぱり心配だからね。
なにか、切っ掛けがあるといいんだけど。
なんとかしなくちゃ。
気を引き締めるために、洗面台で顔を洗ってから、湯船を出た。
「ジニアおまたせ!出たよっ!」
「じゃぁ次は俺が入るよ。」
ジニアは入れ替えにお風呂に入った。
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「ジニアおまたせ!出たよっ!」
キドラは相変わらずの満面の笑みで風呂場から出て来た。
「じゃぁ次は俺が入るよ。」
すれ違いざま、キドラから石鹸の匂いがした。水浴びの時には無い香りだ。
そのまま小走りで家の主の元に戻って行った。
そんなにテレビが面白いんだろうか。
時々”おー!”とか”すごーい!”とか反応している。
この国では、入浴の際は、先に身体を洗ってから湯船に浸かるらしいが、
いつも水浴びだけだし、湯を掛けるだけで十分だろう。
この国の風呂と呼ばれるものは熱く、
こうしてから入浴しないと急に暖まり過ぎて、身体に悪いらしい。
俺は掛け湯をしてから、手拭いを頭に乗せる。
食事の時、あまり強く止めるのは、家の主にもキドラにも失礼になると思って、黙っていた。
また、万が一何かあった場合は俺が何とかする。という気持ちもある。
朝ご飯から半日様子を見たが、なんの異変も無い。
しかし、念のためもう一日見たほうが良いのだろうか。
いや、慎重に成り過ぎか、そろそろ、2人だけの力じゃ戻れそうに無い事を話すべきかもしれない。
”鉄は熱いうちに打て”という言葉もある。
慎重に成り過ぎてしまうと、機を逃してしまう。
一秒でも早くツウラ星に戻らなくちゃならない今、
こんな所でいつまでも踏みとどまっている訳にも行かないだろう。
それに今のところはこの家の主は俺達に好意的だ。
”2人だけの力じゃ戻れそうに無い、手を貸してくれないか?”
伝えるならこれだけで十分だ。
キドラにこの事を伝えてから、家の主に話そう。
俺は手拭いを選択籠に放り込み、台所に戻ると、
そのまま家の主に、
「出たぞ、気持ち良かったよ。」
と伝えた。
「じゃぁ、オレも入ろうっと。
ジニア君はこのままキドラ君と一緒にテレビ見てていいからね。」
「やったー!」
俺は家の主がお風呂に入るのを見届けると、キドラに耳打ちする。
「家の主に2人だけの力じゃ戻れそうに無い事を明日話そうと思っている。」
「ほんと!?」
キドラは目がキラキラする。
「あくまで”戻れる当てはあるが、2人じゃ難しいから、手伝って欲しい。”
って事までだ、2人の素性はまだ秘密だ。」
「なんだ…。」
キドラは少しだけ残念そうな顔をした。
「でも良かった!とっても心配してたんだ!」
「そ、そうか、すまなかった。もう大丈夫だ。」
それを聞くとキドラはまたニコニコとした顔でテレビを見始めたが、
さっきまでの様に声を上げる事は無かった。
キドラも俺の事を心配していたって訳か。
「ちなみに戻る計画だけど。」
今のうちに簡単に話しておいたほうがいいだろう。
「うん。」
「まずはルグジャ星に行こうと思う。
おそらくこの星の物質ではいっぺんに戻れないだろう。
その為にもこの国の”JASRO”という機関とつながりの深い、
京北大学の人間と繋がりたいと思ってる。」
「うん。」
「残念ながら、この家の人間に京北大学の関係者はいないようだ、
まず家の主に心当たりが無いかどうか聞くことからだな。」
「そうなんだ。」
キドラの反応はやけにあっさりとしていた。
俺はキドラと一緒にテレビを見始める。
「え!?急に?」
キドラと静かにテレビを見ていると、
風呂場のほうから大声が聞こえてきた。
驚いてそちらを振り返ると、お風呂から上がったばかりの家の主が、
スマホを持ちながら、申し訳なさそうにして出て来た。
物静かな家の主があんな大声を上げるなんて…。
…いったい何があったんだろうか。
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キドラ君のテレビの感想は1個1個が新鮮でとても面白い。
今日は結局食事の支度以外は、キドラ君と1日中テレビを見ていた。
あの子は信用しても良さそうだ。
きっと連れのジニア君も信用出来るのだろう。
しかし、ジニア君はオレに心を開いてくれていない。
もっとも、未知の星にたった2人で来てしまったんだから、
あのくらいの距離感が普通なのかもしれない。
ましてやまだ1日しか経っていない。
今日ジニア君は晩ご飯過ぎまでずっと掃除をしていたが、
その間もオレからは目を離さずにいた。
さらに、キドラ君は朝昼晩とオレの作った食事をしっかり摂っていたが、
ジニア君は結局1口も食べていない。
オレが麦茶を飲んで安全だと示したら、ようやく飲んでくれたくらいだ。
一体どうしたら信用して貰えるだろうか。
そんなことを考えながら、風呂から出て脱衣場で着替えているとスマホに電話が入った。
着信は母からだった。
いつもなら嬉しいのだが、こういう状況なので、
オレは少し胸がざわざわする。
「え!?急に?」
急に帰ってくるという話を聞いて、
オレは思わず大声を上げてしまった。
何だってこんな時に。
どうしよう。
まず、ジニア君とキドラ君を何とかしなくちゃ。
隠せそうな所と言えばどこだろうか。
オレの頭の中にはこの家の部屋の場所のイメージがぐるぐると回る。
駄目だ、考えがまとまらない。
最初に、ジニア君とキドラ君に伝えなくちゃ。
「ジニア君、キドラ君、話があるんだ。聞いてくれ。」
「どうした、急に?」
ジニア君が神妙な面持ちで聞き返してくる。
「実は、明日急に母さんが帰ってくる事になった。」
「ミノルのママと会えるの!?」
”それはまずい事になった”とでも言いたげなジニア君とは裏腹に、キドラ君はとても嬉しそうだ。
「いやいや!パニックになるだけだろうし、出来れば会わせたくない。
母さんはなんと言うか普通の母さんなんだよ。」
「なーんだ。会えないんだ。」
キドラ君はとたんにガッカリした顔になる。
そんなキドラ君をジニア君はやや不思議な生き物を見るかのような顔で見てから、
「期間はどの位だ?」
と聞いてきた。
「昼前から夕方までだってさ。」
「なるほど。」
ジニア君は何かを思案する顔になるが、オレは慌てて
「とりあえず、明日の朝までにはなんか考えとくから、
ジニア君は何も考えなくていいから!」
と言った。
「しかし、俺達にも…。」
「大丈夫だから!何とかするって!」
「そうか、解った。」
ジニア君はそこまで強くは突っ込んで来なかった。
「とりあえず、明日は朝早くから買い物に行こうと思ってるんだ。
食料も買いに行かなくちゃいけないし。」
「じゃぁ俺達は家で待っていれば良いんだな。」
こういう時にオレは冷静で居られないし、どっちかというと隠し事も苦手だ。
ジニア君の冷静かつ慎重なところを少し見習いたい。
今日は、とにかくネットで隠し場所について色々と調べてみよう。
オレがなんとかしなくちゃいけないんだ。
そしたら、明日は朝早くから買い物だ。
大丈夫、きっとなんとかなると思う。




