始動
母さんと父さんに全てを話した。母さんにはとっても怒られたけど、これで心のわだかまりは消えた。
あの後すぐ、宇宙船は完成した。 予定通り夕方だった。
見た目は大き目の無人探査機に見える。
「24時間経たなかった。予定通りだ。」
ジニアは言ったことは必ず守る。
あれから兄貴に今日の朝に行くという事と、母さんと父さんに全てバレたってことを話した。
「あーバレちまったかー。ま、しゃーないな。」
兄貴はその位の事しか言わなかった。
いよいよ出発の朝だ。
コウデラ氏に連絡を取ると、急いでここまで来てくれた。
「データ計測用の職員を招集しておいたよ。突然打ち上げたら、他の職員に怪しまれるだろうからね。
君達が乗りこんだらその人達が来ると思うけど、気にしないでくれ。」
本来ならコウデラ氏こそ宇宙に行くべきなのでは無いでしょうか?とオレが尋ねたら、コウデラ氏は、
「もちろん行きたいよ。でも、僕は地位で人の権利を奪う人間が大っ嫌いでね。この権利はマコトくんのものだ、行っておいで。」
とだけ言った。
今から宇宙船に乗り込む所だ。
ジニアはオレと一緒に3人で宇宙船の横にあるハシゴを登ってから、外側のハッチを開けて入り口すぐの小部屋に入った。
「宇宙船か、なんだかわくわくするよ。スイッチとメーターがいっぱいあって…。」
オレはテレビでしか見たことの無い宇宙船のイメージを口にする。
「そのほうが良かったか?そんな風には作らなかった。」
「え、そうなの?」
やっぱりジニアの星の宇宙船は地球のものとは全然違うんだろうか。
「ミノルが過ごしやすいほうがいいだろうと思ったんで、こんな風にしたぞ。」
ジニアは宇宙船の内側のハッチを開け、宇宙船の中に入った。
そこはオレの部屋そっくりだった。
「すごーい、ミノルの部屋だー!」
オレが驚くより前にキドラが部屋に入っていった。
「あれーこの本読めないや。」
キドラが本棚の本を取ろうとしたが、本はまるでガッチリと固定されているかのように動かない。
「流石に丸々模倣はしていない。時間も掛かるし、部品はコウデラ氏から頂いてる訳だから潤沢に使う訳にもいかないんだ。」
扉に窓に電灯、本棚、ベッド、机の上のパソコン、何もかもがそのままだ。アニメのフィギアは流石に絵を描いただけみたいだ。
「あのパソコンは?画面は点いてるみたいだけど。」
しかし、見覚えの無いホーム画面だ。黒字に緑の線でこの宇宙船の簡略図が書いてある。
「あれで操縦するんだ。って言ってももう道順は入力してあるから、ほとんどやる事は無い。」
キーボードとマウス…近くで見ても本物にしか見えないが、これで道中色々と入力するのか。
相手がジニアじゃなかったら、オレをからかってると思っただろう。
「やる事無いなんてつまんなーい。」
外見だけそっくりでも、本は読めないし、パソコンも触れないから、キドラは退屈しそうだと思ったのかそう言った。
「ミノルのスマホがあるだろ、しばらくはそれでテレビでも見て我慢してくれ。充電くらいなら可能だ。」
「テレビ見れるの!?」
オレは、ジニアの言葉にびっくりして口を挟んだ。
宇宙に行ってしばらく地球を離れたら、見れなくなると思ってた。
「あぁ、あらかじめスマホのテレビの特性を調べて宇宙船の中の感度を上げておいたから、ルグジャ星に行く途中までは見れるだろう。」
「ルグジャ星?」
聞き覚えのない星の名前だ。
キドラは、そんな事も知らないの?と言いたげな顔をしている。
「あぁ、すまん。JASROの職員が来たようだ。詳しい飛行計画は道中で話そう。」
会話が外に漏れるということは無いだろうが、無人探査機という体で飛ばすんだ。何となく喋りたくないというのも解る。
JASROの職員は、しばらく宇宙船の周りで、何かを調べているようだ。
データを取るための下調べか最終確認でもしているんだろうか。
しばらくすると、その職員も何処かに離れていった。
それを確認すると、ジニアはオレのスマホを机の上に置き、スピーカーホンでコウデラ氏に連絡を取り出した。
操作しやすくするためだろう。
「コウデラさん。もう出発して良いでしょうか?」
「良いよ。あ、ジニア君。携帯は繋げたままにできるかい?」
コウデラ氏は宇宙船の離陸前後は電波障害が起こるはずだと危惧したのだろう。
うっすらとテレビで聞いたことがある。
「問題ありません。」
しかし、それは地球の常識だったようだ。
「カウントダウンを聞かせて欲しいんだ、すまないね。」
「解りました。」
ジニアはそのまま、キーボードとマウスを操作しだした。
「た、立ったままでいいの?」
この宇宙船にテレビで見た地球の常識が通用するとは思えないが、
思わず口に出た。
「あぁ、そのままでいい。でも少し揺れるぞ。」
少しは揺れるらしいけど…それだけなんだ。
「では、行きます。」
ジニアの顔も少しだけ険しくなる。
「10…9…8…7…6…5…4…3…2…1…」
「発射!」
粗めの電車の発進。その位のイメージだった。
一瞬だけガクンと衝撃が来たけれど、それだけだ。
「めいっぱい制震したんだが、あの材料ではこれくらいが限界だった。」
窓の外を見ると、もの凄いスピードで景色が過ぎ去っている。
「窓は流石に開かないぞ?」
地球の丸みが把握出来る距離まで行き、地球の美しさに感心していたら、みるみるうちに地球が小さくなっていった。
「さて、落ち着いた所で今回の道程を説明しよう。」
ジニアは部屋の中央に正座する。
「はい。」
オレも続いて、正座した。
「はーい!」
キドラは体育座りだ。
「この即席宇宙船では、いっぺんに帰ることは出来ない。まずルグジャ星に向かう。」
「どんな星?」
出発前に聞いた名前だ。
オレにとって初めての異星になる。
「宇宙植物が生い茂る緑豊かな星だ。知り合いがいるからそこで燃料を補給する。俺たちの星へもそこでなら連絡を取れるだろう。」
「ルグジャ星の次が君達の星かい?」
頭のなかでルグジャ星、ルグジャ星と繰り返し、忘れないようにする。
「いや、トリッサ星、ワワーラ星、コロイ星、ジヴェル星と知り合いの星を経由して最後が俺達の星、ツウラ星だ。」
お、覚えられない。
「ツウラ星、だね。」
ひとまずはそこだけ覚えておこう。
「うん、私達の星ー!お城がいーっぱいあるの!」
キドラは立ち上がると、部屋中を駆け回りながら、
床近くに、手で半円を描いていく。
「そんなに沢山は無いだろう。」
「そういえば、このままで星に降りて大丈夫なの?」
「ちょっと待っててくれ。1つだけ必要だ。」
と言って、ジニアはベッドの下を漁りだした。
そしてジニアは、ジニア達が付けているのと似たような首輪を取り出した。
「これを付けてくれ。」
「翻訳機、だっけ?」
初めて来た日にたしかそんな事を言っていた。
「こいつにはまだ翻訳機能はない。空気だけを調整する簡易版だ。」
「空気?」
この機械の機能は言語を翻訳するだけじゃなかったらしい。
「装着者の周りだけ空気を調整している。
ミノルのは地球の大気に似せた空気が供給されるようになっている。」
「本当は重力と体感時間も調整してくれるんだよー!」
キドラは重そうな表情でゆっくり歩いた後、軽い普通の足取りをした。
「重力と体感時間?」
「キドラの言った通り、俺達の付けてる奴は、
俺達の星に合わせて、行った星の重力と時間を重力センサーや恒星の動きから瞬時に計算して、装着者にとって違和感がないように調整している。
といっても体感を調整しているだけで、実際に弱くなったり、短くなったりしているわけでは無い。」
ジニア達の翻訳機は想像以上にハイスペックだ。
「そうなんだ。」
「注意事項がある。重力の大きい星では疲れやすいから気をつけろ。
それと重力が極端に小さかったり大きかったりする星では使えない。」
そうか、体感しか変わらないんだから、体力は使ってるはずだ。
「慣れれば大丈夫だよー!」
「へ、へぇ。」
旅慣れしている人は時差ボケしにくくなると聞く、
多分そんな感じなんだろうか。
「この簡易版翻訳機では重力は調整できないが、幸い次に行くルグジャ星の重力は地球とさほど変わらない。
少し体が重たく感じる程度だ。ルグジャ星で本物の翻訳機を買うから心配するな。」
買う、って宇宙ではどういう風に買うんだろう。
彼らは事故で地球に来たはずだけど。
まぁ、宇宙でのことならジニアがなんとかしてくれるだろう。
「そういえば今、宇宙空間だよね?重力ってどうなってるの?」
「地球では部屋の床の部分が下だったが、宇宙空間に出た今は宇宙船の内部だけ90度回転して、
床は円筒の外側を向いている。つまり今いる宇宙船の部分は球体になっているわけだ。
そして直径約1800mの螺旋状の航路を約1分で1回転することで重力を再現している。」
「ぐーるぐるしてるのー。」
キドラは手で螺旋を描く。
つまり遠心力で重力を再現しているって事か。
「そっか…それでルグジャ星まで何時間くらい掛かるの?」
「明日の朝早くに着くだろう。」
朝飯前に出発したから、ご飯を食べていない。
「ごはんはー?」
3食分、どうするんだろう。
「お、そうだった。今、出す。」
ジニアがパソコンを操作すると、
本棚の下半分が前にせり出してきた。
それはそのまま小さな調理台だった。
「おー!!」
キドラは尻尾を振りながら、近寄って行く。
こんなギミックを作ってまでもオレの部屋そっくりにしようとする
ジニアはとっても真面目だなぁと感心する。
いや、もしかして単純にジニアの趣味だったりして。
「本棚の上半分は最低限だが、調理器具を入れてある。」
本棚の上半分は前面が跳ね上げ式の扉になっていて、
中にはフライパンが1つ入っていた。
本当に最低限だ。
「いつの間に?」
「鹿児島で1泊してるときに買っておいた。」
とジニアは涼しい顔で答えた。
調理台があるんだから、食材もどこかにあるに違いない。
「冷蔵庫は?」
「フィギアの棚が冷蔵庫になっている。」
「見たーい!」
キドラは、フィギアの棚の前面を前に引く。
「すかすかー!」
続いてオレも中を覗くが、せいぜい1日分の冷食しか入っていない。
「食材や他の調理器具はルグジャ星で買う。心配いらない。」
いつの間にかバイト代の残りを使って鹿児島駅の前で買っていたらしい。
装甲の中にでも入れていたのだろう。
これだけ設備があるなら当然トイレもあるはずだ。
「トイレもあるんでしょ?」
「もちろん、部屋の窓の部分を壁ごと少しだけ押してみろ。」
「こう?」
オレは少しだけ窓の部分の壁を押した。
すると、窓の部分が少し奥に行き、そのまま横にスライドした。
そこはトイレだった。
「こうなってるんだ。」
窓がトイレと繋がっているから、なんだか変な気分だ。
キドラはトイレには興味なさそうだ。
「窓の部分はモニターになってて、外のカメラと繋がってる。」
「へー。」
だから、本当は壁だけど外も見えるんだ。
「よし、説明は以上だ。何かあるか?」
「無いー!」
キドラは満面の笑みで返した。
「オレもないよ。じゃぁ、まず朝ごはんにしようか。」
明日の朝には見たこともない星に付いているんだ。
楽しいようでもあり、
少し不安でもある。
規模こそ大きいけれど、
なんだかこの感覚は、小学校の遠足の前夜に似ている。
オレは冷蔵庫から食材を取り出すと、朝ごはんを作り出した。




