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賭け

最初は窓の景色を見ていたキドラも消灯時間になると瞬時に寝てしまった。

夜行バスに揺られながらミノルの事を横目で見る。

ミノルは宇宙に行くかどうかはまだ決めかねているようだ。

即決で判断出来る人間のほうが珍しいだろう。

しかし、ミノルもキドラも、もう宇宙に行った気でいるが、難しいのはここからだ。


どうやって説明するのか?

マスコミに知らされるんじゃないか?

地球では宇宙船は高価だ、部品を貰えるのか?

作れたとしてすんなり打ち上げできるのか?


この星では宇宙は近いようで遠い。


14万円で行けるのは往復する事を考えるとせいぜい1回、今回を逃したら何日間もバイトを続けなくてはならない。

ストウさんが繋がりを作ってくれたとはいえ、相手は多忙だ。

種子島宇宙センターのセンター長と会えるなんて滅多に無いだろう。

時間はせいぜい数分と思ったほうがいい。

今回を逃したら次は無いと思ったほうが良い。


更に相手が自分に好意を持って接してくれなければ、

自分にとっては危機でしかない。


それには一か八かの、勝負に出る必要があるだろう。

向こう見ずな事には気が進まないのは確かだが、この機会を逃さない為には、賭けに勝つ必要がある。

最初が肝心だ。

絶対に成功させる。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


縦にNIPPON、と書かれたロケットの模型が見えてくる。


近くにはかまぼこ状の建物。

かまぼこ状の建物の両端には四角い建物が付けられており、左側にはすこし離れて半円柱の建物がある。

上にはドーム状の建物がある、全体的に丸みを帯びた建物。

ここが、JASROの種子島宇宙センターだ。


「疲れたー!」


鹿児島の漫画喫茶で1泊したとはいえ、出る時はあんなにテンションが高かった

キドラもバスや船に丸1日も揺られて疲れ切ったようだ。

バスから下りると俺達3人は颯爽と受付へ向かう。


「すいません。京北大学宇宙工学学科のストウ アミさんからの紹介で、オチアイと言いますが…。」


「少々お待ちください。」


ミノルがそこまで言った所で受付の若い女性は、何処かへ電話を掛け出した。


「お待ちしておりました。オチアイ様、係りの者が来ますのでこちらでしばらくお待ちください。」


「しばらく、見てていい?」


ずっとそわそわキョロキョロしていたキドラがこっそり耳打ちする。

どうやら、見たかったのを我慢していたらしい。


「いいぞ。けど、あんまり離れるなよ。」


「はーい。」


今キドラは、人間っぽい装甲を被っているが、そんな状態でもキドラの嬉しそうな表情が目に浮かぶ。

キドラは、受付付近にある簡単な展示を見ているだけでも十分楽しいようだ。

俺とミノルが受付で待機していると、裏手の方から若い男性が近づいてきた。


「オチアイ様とお連れの方ですね?では、こちらへどうぞ。」


「ミノル、待っててくれ。呼んでくる。」


俺はミノルに耳打ちする。


「すいません、ちょっと待ってください。」


ミノルが誘導係りの男性を制している間に俺は小走りでキドラの元へ行き、


「キドラ、行くぞ。」


と囁いた。キドラは黙って俺に付いてくる。

そのまま先ほどの男性に付いて行き、俺達は関係者以外立入禁止のエリアに入り、エレベーターで上に登っていく。


エレベーターを降り、簡素な廊下を暫く歩くと、種子島宇宙センター長室と小さな字で書いた標識が付けられている部屋に付いた。

誘導していた男性が、部屋を2回ノックする。


「コウデラさん、お客様です。」


「どうぞ。」


中年男性の声が聞こえると、誘導していた男性は扉を開ける。


「では、失礼します。」


誘導していた男性は中まで俺達を引き入れると、そのまま退室した。

中には作業着の男性が佇んでいた。この人がコウデラ氏だろう。


「君がオチアイ君かい?」


コウデラ氏は気さくに話しかける。


「はい、オチアイ ミノルって言います。よろしくお願いします。」


ミノルはその男性に頭を垂れる。


「あんまり時間は無いんだ。手短にお願い。」


その男性は満面の笑顔でそう言う。


「今日はこの2人の付き添いに来ました。宇宙に行きたいと言う願いを叶える為にコウデラさんに話を伺いたいそうです。」


ミノルは背後から付いて来ていた俺たちを手のひらで示しながら紹介した。


「君達は?」


「(キドラとジニアって言ってくれ)」


俺はすかさず移動中に考えていた着想を実行に移すため、

ミノルに耳打ちする。


「(え?)」


キョウカとシノブ、って応えると想定していたであろう、

ミノルは少し戸惑っているようだ。


「(いいから。)」


大丈夫。きっと上手くいく。

上手く行かなかったら、何とかする。


「キドラとジニアです。」


「変わった名前だね?」


どう見てもアジア人にしか見えない出で立ちだ。


「とても遠い所から、来まして。」


「(ここからは、俺が話す。)」


そんなミノルにまた耳打ちする。

ここからは俺がコウデラ氏と話したほうが話が進むであろう。


「(解った。)コウデラさん。ジニアが聞きたい事があるそうです。」


「何だい?」


「コウデラ氏はなぜJASROに入ったんでしょうか?」


俺は前にストウさんにそうしたように、敬語で話す。


「子どもの事に読んだ本に、宇宙人が出てきてね。強くてカッコよかったんだ。

宇宙人に一目会ってみたいなぁ。と頑張っていたらいつの間にか所長になっていたよ。

今でも、電話が鳴るたびにうちの機関の誰かが宇宙人と接触したんじゃないかってウキウキするくらいだよ。」


ふむJASROのホームページの略歴から感じ取った通りの人物だ。


「もしその宇宙人が何らかの事情で自分の星に帰れなくなっていたらどうしますか?」


時間が無い上で、効果的に話を進めるのに一番いい方法は、

直球で話を進める事だ。もちろん大きな危険が伴う。


「全力でサポートするよ。私はそのために所長になったようなものさ。」


俺は期待通りの答えで一安心する。

よし、次の段階だ。


「それならそれを信じましょう。キドラも脱げ。」


身にまとっている人間のような装甲を脱いでいく。

俺は装甲の背中側から出て来る。


「え?」


ミノルはあまりの展開の速さに呆気に取られているようだ。


「うん。」


キドラは一言だけそう答えると、続いて脱ぎ出す。


「俺たちはその宇宙人なんです。さっき言った事情で宇宙へ行きたいんですが、手を貸して頂けますか?」


そして、要件だけを簡潔に伝える。

そんな俺たちをしばらく観察していたコウデラ氏だったが、

ふと何かを思い立ったかのように俺たちの近くに歩み寄る。


「ちょっと失礼。」


コウデラ氏は俺の背中や手を触り始めた。


「ふむ。」


それから、部屋の中を観葉植物の近くや額斑の近くを

何かを探すかのように隅々まで見始めた。

しばらくすると、納得した表情で、


「なるほど。いいよ。」


と言った。

危ない橋だったが、成功したようだ。良かった。

俺はホッと胸を撫で下ろす。


「やったー!」


キドラは今にも飛び上がりそうだ。


「ちょ、ちょっとまって下さい。色々と聞きたい事があるんじゃないですか?」


ミノルが、あたふたしながら、コウデラ氏に聞く。


「帰れずに困っている宇宙人、という以外に情報が必要かい?」


コウデラ氏は涼しい顔で、ミノルにそう返す。


「う、疑わないんですか?」


当然の疑問だろうが、俺はちゃんと短い時間の中でも段階を踏んで、正体を明かしている。

もちろん、こんな状況でもない限り絶対にやらない。


「ある事を証明するには、ありとあらゆる仮説を立てて、ありえない仮説を全て消去して1つだけ仮説を残せばいい。」


ミノルの兄上がそうだったように、研究者なら今起きている現象を嬉々として受け入れるだろうとは予想していた。

ましてや、コウデラ氏はミノルの兄上以上にがっつり理系な人だ、その可能性は高いだろうと踏んだ。


「え、えぇ。理系の常識です。」


ミノルは戸惑いの表情を隠せない。

踏んだ段階はいくつかある。

段階の1つ目、最初に本名をミノルに紹介して貰った。

後に名乗る手間を省略するためだ。


「彼らは地球の生命体には見えない。未知の生物か、作り物だろう。どうやら汗を掻いているようだし、おそらく未知の生物だろうと思った。」


段階の2つ目は今コウデラ氏が、言った通りこの外見。

この外見を見れば地球の生命体とは思わないだろう。


「なるほど、汗をかいているか見ていたんですね。」


生命体だと確認する方法は色々とあるが、あんな装甲に入っていたくらいだ、きっと汗をかいているはず、とコウデラ氏は踏んだのであろう。


「そのあと部屋を探していたのは何ですか?」


「これでも私は有名人だからね。物凄く手の混んだドッキリという可能性も少しだけ考慮して、

隠しカメラが無いか探してみたけど、どうやら無いらしい。そこで君達は未知の生命体だと確信した。」


3つ目がこの状況だ。コウデラ氏はストウ アミさんからの紹介でここまで来たことを知っているはずだ。

相手もこちらの素性を疑わないだろうし、しかも部屋には4人しかいない。

正体を明かすにはうってつけの状況だ。


「宇宙人、と決まったわけじゃ…。」


「未知の生命体がここまでわざわざ来るなんて、それこそ、その生命体が宇宙人だった場合だけだよ。だから信じた。」


更にコウデラ氏は東京からここまで来たことを知っているはず。


「詐欺という可能性も…。」


ミノルよ、気持ちは解るがその仮説はあんまりだぞ。


「ははは!わざわざアミとまでコネクトを作ってそんな大金掛けてまでここに来る詐欺師が居たら、今後の参考のためにも会っておきたいよ。」


おや、アミと呼び捨てにすると言う事はコウデラ氏はストウさんの…


「それもそうですね…あれ、アミ?ストウ アミさんですか?」


「え、あぁ、聞いてないのか。アミは私の娘だよ。」


コウデラ氏とストウさんの関係性に付いては間接的な知り合いから、直接繋がってる可能性まで色々と推測していたが、親子だったらしい。


「え!?」


「娘ー!?」


ミノルもキドラも本当に驚いている。


「あの子はネットはおろか、他人に言うのも嫌がってるみたいでね。親しい人もほとんど知らないみたいだ。」


インターネットで収集出来る情報には限界がある。特に個人情報に関わる事に付いては、近年は厳しくなったようで、本人が開示していない情報の収集は不可能になった。 


「それで、具体的に私は何をすればいいんだい?」


「宇宙船の部品を少しだけ頂けないですか。今は出来ませんが、きっとお返しは致します。組み立てなら出来ますから心配はいりません。」


お返しの相手はコウデラ氏に、ミノルの兄上、ストウさん、もちろんミノルもだ。

転送装置をもう一台作れば地球とツウラ星でも問題無く行き来はできる。

交流はしないだろうから、地球に来るのは恐らくそれっきりになるが。


「ジニア凄いんだよー!」


キドラは俺が褒められた時は本当に活き活きとしている。


「なるほど、勿論それは他の人にバレないように、だね?」


「すいません。」


この地球と交流を続けない以上、あまり大勢の人に俺達の事を知られる訳にはいかない。


「ちなみに宇宙船のサイズと制作期間は?」


「大きさは直径5m、長さ5m位の円筒形です。制作期間は1日を想定しています。」


一応、ミノルが乗れるくらいのスペースは確保している。

この星の素材でもこの位の大きさあれば十分だろう。


「こーんなの。」


キドラは手で大きな円を描く。


「この部屋より少し大きいくらいだね。その位なら何とかなるだろう。

それじゃぁ無人探査機のテストって体で打ち上げられるだろう。」


「だ、大丈夫なんですか?」


ミノルは心配性だ。


「ははは!宇宙船の打ち上げ期間ってのは長めに申請するんだよ。今は丁度そのくらいの大きさの宇宙船なら打ち上げられる期間だ。問題ないさ。

それにこれでクビになるなら本望だよ。制作は、今は使ってない格納庫があるからそこを使ってくれ。

部品も潤沢にあるはずだ。部品は僕のポケットマネーでこっそり補っておくさ。」


「きっとお返しは致します。」


俺は先ほど言った台詞を繰り返して、強調する。


「お返し、か。期待しておくよ。…あ、そうだ。宇宙人が来たら聞いてみたかったんだ。この星をどう思う?」


どう思う?か。

この星にあるものは体長が低いと使えないものが多く、宇宙人に優しいとは言えないが、あった人は皆、いい人だった。


「アニメとかドラマとかすごい面白いねー!」


”そらまほ”、”バトリ”それに”いわくに”キドラは今まで見ていたテレビの決めポーズの真似をする。


「そうですね、宇宙人には住みやすい星とは言えませんが、良い星です。…でも、」


「でも?」


俺は初日にパソコンでこの星の情報を大量に収集出来たことを思い出す。その時になんて無防備なんだと思った。


「あの”パソコン”と呼ばれる機械には気をつけたほうがいいでしょう。悪意を持った宇宙人が来たらこの星の情報をあっという間に把握されてしまいます。

俺だったら異星人が操作出来ないように作ります。」


悪者にとってこんな好都合なことは無い。


「なるほどね、異星人とのやり取りは想定外だ。知り合いにパソコンを作ってる会社があるからそこに今度言っておくよ。」


コウデラ氏は顎に手を当てながら、上を向いてそう答えてから、一拍置いて、


「じゃぁ、行っておいで。」


と笑顔で言った。


「あ、これを持って行くと良いよ。」


とコウデラ氏はJASROの仮の社員証を手渡した。


「すいません。多大なるご好意に感謝します。」


俺は正座し、三指を付く。


「良いって、お礼を言いたいのはむしろこっちだよ。ずっと会いたかった宇宙人がまさか向こうから来てくれるなんてね。JASROの所長で良かったよ。」


コウデラ氏は感慨深い顔をした。


「事故だったんだけどねー。」


キドラは落ちる真似をする。


「あ、出発前は連絡してくれよ?」


コウデラ氏は笑顔で手を振る。

俺は無言で頷くと、装甲を着直してから、部屋を出て行った。


あと1日で地球を出られる。


しかし、ミノルはどうするのだろう?


俺はミノルを横目で見ながら目的の格納庫に向かった。

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